地方の伝統の家庭料理がベースのイタリア料理に訪れた革命、ヌーベルキュイジーヌは、宮廷と天才料理人が作り上げたフランス料理に憧れるイタリアの料理人を伝統から解き放つます。
その第一人者が、イタリア最初の三ツ星料理人、グアルティエロ・マルケージでした。パスタに関しては、彼が起こした衝撃は強烈でした。
例えば、トラットリアの料理に求めるのはお腹いっぱいになること、という時代に、彼はペンネが8本とアスパラガスの穂先が8本という料理を発表します。さらに、スパゲッティは火傷するほど熱々の皿に湯気を立ててサーブされるという時代にオマールやキャビアをのせた冷たいパスタを作ります。
ただ熱くないパスタということ以上のメッセージがそこにはあったのでした。
当時の彼の料理は現代の若い料理人にも受け継がれています。
マルケージ・オマージュのキャビアのパスタ。
ラビオロ・アペルトも彼のパスタの代表作。
伝統的なラビオリを、天才の感性で現代風にアレンジするとこんな姿にもなることが可能だと世の中に衝撃を与えました。
さらに、ミラノの伝統料理サフランのリゾットも彼の感性でアレンジしました。金箔をのせたリゾット、“リゾット・オーロ・エ・ザッフェラーノ”は彼の代表作として大ヒットします。
ヌーベルキュイジーヌの次にはスぺイン人が生み出した分子ガストロノミーのブームが起きます。
フェラン・アドリアのエル・ブジ。
パスタをゆでるのは料理ではない、というのはフランス人がイタリア料理を揶揄する言い回しだが、若手料理人たちは、自らのアバンギャルドを表現するようになった。こうしてパスタはアルタ・クチーナやリストランテの料理として認められるようになる。
1985年にマルケージが発表したキャビアのスパゲッティは、ただの冷たいパスタであるだけでなく、イタリア料理の歴史のターニングポイントとなった料理でした。現在の料理人から、マルケージ・オマージュと呼ばれるほどの革命がそこにはあったのです。
(CIR/8月号P.18)の冷たいロングパスタのリチェッタは、パスタを家庭料理からレストランの料理にしたきっかけが、パスタの温度だったことが分かるようなリチェッタばかりです。
“スパゲットーニのアスピック、ブラッディ―マリーとムール貝風味”、“柑橘フルーツ、ガンベロ・ロッソ、ビーツのガスパチョのリングイーネ”、“ズッキーニ、ミント、アボカドのペーストのブカティーニ”、“シーフードとキャビアのスパゲッティ”、“トマト水、バジリコ、アーモンドのスパゲッティーニ”と、どれも作る人の感性が感じられる力作です。
ちなみにブラッディマリーのスパゲッティは、案外普及していましたが、スパゲッティのアスピックというのはかなり斬新。
地中海や貧しさと強く結びついていたパスタは、料理人が、国際的料理コンクールに出そうと思うような料理ではありませんでした。敢えて言うならストッキングのようなもので、脚を強く締め付けても破れなかったのです。でも、料理人も客も、ストッキングからの解放を望んでいました。
ちょっとでも破れだすと、脚はあっという間に根本的に大きく開放されました。パスタ造りに限界がなくなったのです。
パスタの話、次回に続く。
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