2019年6月17日月曜日

リグーリア人はフォカッチャをカフェラッテに浸す美味しさがわかるのが自慢

粉物の知識がやたら専門的に普及しているパスタとピッツァの国で、フォカッチャ王国のリグーリアのパンを紹介する本、『リグーリアの発酵生地』では、

フォカッチャに最適な粉を紹介するのも、やたら専門的です。
フォカッチャ以外にも、イタリアの小麦粉を理解する時には欠かせないことなので、訳してみます。
こんな感じ・・・。

小麦粉の強さを理解する唯一のシステムは、Wというシンボルで表される。
Wとはタンパク質の含有量を表している。
タンパク質の含有量が10%以下(W130~170)は、一般的な弱い小麦粉。
ビスコッティやケーキに適している。
11、12%(W170~240)は中程度の強さ。
13%(W240~350)は強い小麦粉。
14、15%はとても強い小麦粉(Wは350以上)。
またはスペチャーレ。
オーソドックスなパネットーネのような長時間発酵させて作る生地に適している。
よくある誤解は、Wで表示される強さを、精錬具合やふすまの含有量の割合と勘違いすることだが、これらは00や0、1、2という番号で表される。
2は全粒粉で、00番はふくまをほぼ含まない真っ白な粉だ。

つまりイタリアではタンパク質の含有量で粉を、薄力、中力、強力、最強力に分類し、ふすまの含有量で00~2に分類するのですね。
この本のリチェッタでは、小麦粉はすべてWか00番などの表記がついています。
タンパク質やふすまの量をすばり指定しているので、理系の人にはスッキリするのでは。

さて、使う粉が決まったところで、本は、最も重要なのはこねる作業だ、と続きます。

この作業こそが、発酵生地特有のあの香りと香ばしさを生み出す。
小麦粉の不溶性タンパク質がグルテンの網目を作り出し、空気を含んで酵母の働きが活性化する。
完璧な堅さ、つまりなめらかで弾力のある生地になると手や台からから簡単に剥がれるようになる。
強さが同じでも小麦粉はいつも同じではなく、水は徐々に加える必要がある。
5%は残しておいて、生地の状態を見て加えるようにする。
こねる時間と温度も重要だ。
こねすぎると繊維質になり、温度が高くなる。
こねが足りないと温度は低くなる。
こね終わりの生地の温度は二次発酵のために重要だ。
25~26℃程度が適切。・・・

さらに発酵の方法の説明があり、手でのこね方の説明があって、ようやく、ビーガ(発酵種)を使ったフォカッチャ・ジェノヴェーゼのリチェッタが始まります。

フォカッチャ・ジェノヴェーゼをカフェラッテに浸して食べる朝食の美味しさがすんなり理解できるのは、つまり塩味の食べ物を甘い飲み物に浸す美味しさがわかるのは、リグーリア人だけだろうと、冒頭から、かなり排他的。

これがジェノヴァ人の朝食。
フォカッチャの塩とオイルとミルクの脂肪の関係を真剣に解説しています。

ジェノヴァにいるみなさん、ぜひトライして、感想を教えください。




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2019年6月14日金曜日

ジェノヴァの食文化に深く根付いたフォカッチャ

リグーリアの発酵生地』は、大雑把に言えばリグーリアのパンの本ですが、まずフォカッチャの章から始まります。

今回は、章の冒頭の、「フォカッチャとは」、という部分をざっと訳してみます。

focacciaとは、パン生地に各種の材料を、トッピングする、生地に練り込む、生地ではさむなど様々な方法で加えて味付けしたもの。
その歴史はパン同様古く、語源はfocus(fuoco/火)で、火で焼いたものという意味。
紀元前5世紀にかまどが発明されて、熱した石の上か灰の下で焼くようになるまでは、挽いた穀物の粒と水を混ぜた生地を焼いて食べていたが、それがフォカッチャの前身だ。
カルタゴではファッロや硬質小麦の粉に卵、チーズ、蜂蜜を加えた生地で作っていて、ローマのフォカッチャより美味しいと言われていた。
やがて時と共にフォカッチャはあらゆる階層、地方へと広まっていく。
フォカッチャは、夜通し働いたパン屋が、空腹と暇を持て余してまだ発酵していない生地を少量取って直接かまどに入れて焼いたパンとか、かまどの温度が適温か見るために生地からつまみとった小片を型に入れずに直接かまどの底に載せて焼いたもの、と言われている。
リグーリアにはこの種のパンがたくさんあり、書物に残る最古のものは、ルネサンスの時代に遡る。
薄い詰め物入りトルタもfocacceフォカッチェと呼んでいたので、スキアッチャータタイプの薄焼きパン全般を意味したのだろう。
ジェノヴァのフォカッチャは、all'olio/オイル風味が多い。
フォカッチャの典型でいちばん有名なものといえば、これだ。
ベースは軟質小麦粉、イースト、水、オリーブオイル、塩で、
これにセージ、ローズマリー、オリーブ、玉ねぎなどを加える。
すでに16世紀のジェノヴァでは広く普及していて、パン屋では早朝から売っていた。
バールではカップッチーノに添えた。
昼の軽食、学生の間食、ビーチで食べる夕食など、一日のあらゆるタイミングでフォカッチャを食べた。
リグーリアの最も古いストリートフードでもある。

なるほど、この歴史を無視すれば、フォカッチャのライバルはハンバーガー、と言い切ることもできますね。

本では、粉、酵母、発酵、焼成と、さらに詳細な内容へと続いていきます。
あの美味しさを生み出すには、この部分が重要。


上の動画の職人さんたちは14歳からパンを作っているそうですよー。
完璧な手作業で、若手でも手慣れたもの。
年配の親方風職人さんは、フォカッチャも女性もきれいに化粧した美人がいい、と言いながらフォカッチャにオリーブオイルを塗ります。
この手の話は、うんざりするほど必ず聞かされますが、レポーターの女性は初めて聞いたみたいにニコニコ笑ってますねー。
この対応。素晴らしい。
焼き立てフォカッチャのかっこいい食べ方もありました。

ジェノヴァのフォカッチャもフォカッチャ・ジェノヴェーゼとしてのブランド意識に目覚めたようです。

この奥手な感じがリグーリア人ですねー。




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2019年6月13日木曜日

ガラパゴス化するリグーリアのフォカッチャの本

初めてジェノヴァを訪れた時、フォカッチャ天国ぶりに驚きました。
ナポリで初めてピッツァを食べた時、それまで食べていたピッツァは偽物だったんだ、ということに気がついて愕然としましたが、それと同じくらいの衝撃がありました。
そしてリグーリでは、食べ物のガラ系現象が起きる、ということにも気が付きました。
ピッツァがナポリ人と共に世界中に広まり、世界中からナポリに本場のピッツァを食べに人が集まる、という現象は、ある意味、奇跡なんですね。
フォカッチャは、確か世界中に広まりました。
でも、ピッツァ・ナポレターナのように、伝統を頑なに守る、という行動が綺麗サッパリ抜けていました。
その結果、フォカッチャて何?
という質問の答えがあやふやになり、フォカッチャの本場はジェノヴァだということも、ろくに知られていないという現状では。
ジェノヴァの産物に対するこだわりも少なく、世界中どこでも作れるパンとして広まりました。

でも、ジェノヴァや近隣の人にはめちゃくちゃこだわりがあります。




この、ジェノヴァ人があまり声高に主張しないこだわりを本にしたのが、新入荷の本、
『リグーリアの発酵生地』です。

本にもリグーリア人のアピール下手が現れているようで、ナポリ・ピッツァだったら立派な大型本にするような専門的な内容なのですが、ぎゅっとコンパクトにそっけなくまとめた本で、リグーリアの外に広める気、ないですねー。

本は、まずパンの大まかな説明から入っていきます。
この話、なかなか面白いですよ。
ヨーロッパにパンが広まる経緯が分かります。

「パンは小麦粉、水、塩、イーストをこねた生地をオーブンで焼いた食べ物で、香りと味が混ざり合い、過去の記憶や象徴としての価値、宗教的、地域的意味も含有した、栄養的、文化的側面も知らなくては語れない食べ物。
その歴史は人間が穀物の栽培を始めた時代にまで遡る。
約2万年前、人は穀物を水に浸して柔らかくして、または炙って食べていた。
粉にする技術が発明されると(最初はエジプトで、石臼で挽いた)粉を粥状にして食べた。
さらにこれを熱した石板で焼くようになる。
このガレットが、パンのルーツと考えられている。
おそらく忘れて放置された生地が偶然発酵し、それを焼いたところ、ふんわりして軽い味の良い食べ物になったのだった。
・・・
第二次大戦直後まで、パンは家で下ごしらえをして、村の共同かまどに運んで週に1回焼いていた。
60年代の好景気の後は、パンを直接パン屋で買うようになり、精製した白いパンが良い暮らしの象徴になった。
現代は情報が行き渡り、再び自家製パンや天然酵母の良さが知られるようになり、全粒粉パンや天然酵母パンが再評価されている。・・・」

イタリアの食文化は、第二次世界大戦とその後の好景気の時代を経て大きく変わります。

さて、次回はいよいよフォカッチャの話です。


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2019年6月10日月曜日

ティジェッレとクレッシェンティーナの違いは人間国宝とバイトの違い

エミリア・ロマーニャの薄焼きパン、ピアディーナ。
そしてピアディーナにそっくりで具を挟んで焼くカッソーネ。
ピアディーナにそっくりと言えばクレッシェンティーナcrescentinaとティジェッレtigelle。

ティジェッレ

モデナのクレシェンティーナ専門店

生地は小麦粉、水、塩、オリーブオイルかラード、イースト。
どちらも小型のフォカッチャの一種。ピアディーナとの違いは、ピアディーナが具をのせて半分に折って食べるのに対して、モデナ名物のストリートフード、クレッシェンティーネは、焼いてから2枚に切って具をはさむ、というあたりでしょうか。
ティジェッレは上の動画で紹介しているようにティジェッラという、“花びらが6枚のバラの形”がついた型を暖炉で熱し、そこに生地を挟んで焼きます。
比較的最近までこの方法が用いられていましたが、鉄や金属製で電気で加熱する方法が普及してモダンな製法が広まるとあっという間に姿を消してしまいました。

当時の具は刻んだ豚のラルドにローズマリーとにんにくのみじん切りを加えたペストを塗り、パルミジャーノを散らして食べました。
つまりメインはラルド(背脂の塩漬け)です。
生ハムやサラミよりずっと安くてボリューミーな食材でした。
その他の具は、肉の煮込み、サルーミ、チーズ、ジャムなど。
具をのせる、はさむ、塗る、と、形によって違いが生まれたんですね。

1001スペチャリタ』によると、


クレッシェンティーナはモデナの山の食べ物で、現在ではモデナ地方を象徴する名物になっていて、あらゆるバールやリストランテ、収穫祭で出しているそうです。
ティジェッレに入れて焼くと直径12cm、厚さ1~2cmのフォカッチャになりました。
今ではティジェッレで作っている人は人間国宝なみの貴重で頑固な職人。
ティジェッレを使わなければバイトでも焼けます。

さらに複雑なことに、ボローニャのクレッシェンティーナはモデナではニョッコ・フリット、パルマではトルタ・フリッタと呼ばれる全く別の食べ物でした。

そう、生ハムの相棒ですね。


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“ストリートフード”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.30~に載っています。
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2019年6月7日金曜日

トロイ戦争とピアディーナの神がかったつながりは・・・

今日はストリートフードの記事から、カッソーネです。
北伊の、といってもロマーニャ地方ですが、ストリートフード。

この地方の名物ストリートフード、ピアディーナの仲間。
詰め物入りピアディーナです。

上の動画では、
トマトソース入りのロッソ、
ほうれん草入りのヴェルデ、
サルシッチャとじゃがいも入り
の3種類のカッソーネcassoneを紹介しています。
総合解説」ではサルシッチャとじゃがいも入り、ほうれん草入りの2種類のカッソーネをミニサイズのカッソンチーニcasoniciniにアレンジしています。
伝統的なカッソーネはピッツァサイズ。

ピアディーナ→カッソーネ、クレッショーネ、ティジェッレは、
どれも同じ生地を薄く伸ばして同じ具を挟んで同じ形に閉じてテストで両面を焼きます。
ピアディーナは焼いた生地に具をはさむタイプ、残りは具を詰めて焼くタイプ。
どうやら全てのルーツはピアディーナですね。

テストを使ったピアディーナ作り。


イタリアの地方料理のウンチクの本、『1001 スペチャリタ』によると、


ピアディーナは、発酵させない、オーブンでなくテストというテラコッタの皿で焼く、という点から、ピッツァよりもっと質素なパンのストリートフード、という立ち位置。

テストは中世に広まった道具ですが、ピアディーナには、もっと壮大な歴史があるのです。

主役は、アイネイアースというギリシャ神話に登場する半神の英雄。
彼はトロイ王の息子でしたが、木馬で有名なトロイ戦争に敗れて、お告げに従ってイタリアを目指して船で逃げます。
そしてたどりついた場所に町を作りました。
これが後のローマと言い伝えられています。
ギリシャ神話がからむとよく知っているローマの話とは大分違うのですね。

船で逃げていた時、アイネイアースは船員たちの飢えを満たすために、普段は皿として使っていた小麦粉と水で作った平らな丸い生地を食べることを許可します。
これがピアディーナのルーツだそうです。
もちろん諸説あり。
料理を乗せる皿がパンのルーツという話は、ピッツァの歴史あたりでよく登場するので、実は神話の世界の話だったとわかっても、ころっと信じちゃうなあ。

カッソーネについても書いてありました。
カッソーネはリミニや沿岸部で人気の食べ物で、内陸部ではカボチャ、じゃがいも、リコッタの具などもあるそうですが、最近は生ハムとグリル野菜、またはナポリのカルツォーネ風のモッツァレッラとトマトが人気。
ピッツァが人気になるにつれて、ピアディーナとピッツァが合体したピダーツァpidazaなるものも生まれたそうです。
ピアディーナの生地にピッツァ風トッピングをしたものです。

軽い気持ちでピアディーナの歴史を調べたのですが、ギリシャ神話の世界にどっぷり浸ることになるとは、想定外な壮大さ。
クレッショーネとティジェッレの話は次回に・・・。


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“ストリートフード”の記事とリチェッタは「総合解説」2017年3/4月号P.30に載っています。
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2019年6月5日水曜日

強力な影響力を発しているジュゼッペ・ダクイノシェフ

今月のシェフはジュゼッペ・ダクイノ氏。
ヴェローナ県のガルダ湖畔のバルドリーノにあるインターナショナルなワイン・ルレのリストランテ・ロゼレータのシェフです。
アマルフィ、アメリカ、ドバイ、フランスで腕を磨いた後にイタリアに戻り、ロゼレータのシェフになりました。
イタリアの上質食材を活かしたシンプルな地中海料理を作ります。


アーティストと職人のマインドを持ったインフルエンサーといった感じですね。
ルールや常識に取らわれない自由な発想で料理する人です。

そのことは、「総合解説」にのせた彼のリチェッタからも感じられました。
たとえば、スパゲッティは、塩ではなくコラトゥーラを加えた湯でゆでたり、
フォアグラの上に生のマグロをのせる、という自由さ。

ロゼレータのゴージャスなプランゾ。

は~。優雅でんなあ。
ホテルは5つ星。

デザート、“チョコレートとラズベリー”のリチェッタの日本語訳は「総合解説」P.47にのせました。
ラズベリーのムースとゼリーをプラリネのベースに重ねてチョコレートのクーポラで覆った1品。



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“シェフ~ジュゼッペ・ダクイノ”の記事は「総合解説」2017年3/4月号P.44に載っています。
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2019年6月3日月曜日

ベネチアの影響を受けたパドヴァのドルチェ

パドヴァがこんなに話題が豊富な街だとは、全然知りませんでしたよ~。
個人的には、ルクサルドのマラスキーノの瓶が、ムラノ製、つまりベネチアングラスだったなんて、驚きです。
もちろんパドヴァ県に移った今は違うんだろうけど、もしそうだったらもったいなくて瓶捨てられないよ。
あ、その前にルクサルドのマラスキーノ買ったことなかったのでした。

パドヴァはべネト州にあり、ベネチアにも近いので、その影響をたっぷり受けています。
その一つがカフェ文化。

パドヴァの老舗カフェ、ペドロッキ。


パドヴァの記念碑的建物で、ヨーロッパのカフェの中でも重要な1軒。
5年前に経営者が変わって、歴史的だけどwifi完備のモダンなカフェになりました。
昼も夜も営業していたので、ドアのないカフェcaffè senza porteと呼ばれていました。
1831年創業です。

パドヴァのお菓子もベネチアの影響大。
とうもろこしの粉とベネチアから届くスパイス入りのビスコッティ、ザレーティzaletiは、ベネト州の名物。
ポレンタクッキーという英語の名前も美味しそう。


さらにパドヴァでパスティッチェーレと言えば、1997年のパティシエのワールドカップで優勝したルイジ・ビアゼット氏。

パドヴァのパスティッチェリーアで一番売れているのはドルチェ・デル・サント。

パドヴァの守護聖人、聖アントニオに捧げたドルチェです。
上の動画のリチェッタでは、パイ生地にあんずジャムを塗ってオレンジのカンディート、レーズン、アーモンドを入れ、ホイップした卵と砂糖に溶かしバター、振るった小麦粉と片栗粉を加えた生地を流し入れ、パイ生地で閉じてオーブンで焼きます。
典型的なイタリアの田舎風ドルチェですね。
スポンジ生地で作るバージョンやアマレッティ入りバージョンもあります。

締めはパドヴァ料理の一つ、コウイカのトマト煮のポレンタ添え。(音無し)
ホテル学校の生徒が作ります。

・ポレンタを作ってアルミのカップに入れる。
・玉ねぎのみじん切りをオリーブオイルでソッフリットにしてローリエを加え、色がつかない程度に煮る。
イカの細切りを加えて混ぜ、白ワインをかけてアルコール分を飛ばす。
・トマトペーストを加えて40分煮て塩味を整える。
・皿にポレンタをあけて横にイカを盛り付ける。縁にトマトの粉を散らしてイカにイタリアンパセリを散らす。

おすすめ本はグイド・トンマージシリーズの『ヴェネチア




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“グルメ気候~パドヴァ”の記事は「総合解説」2017年3/4月号P.52~に載っています。
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2019年5月31日金曜日

アメリカから伝わったスイートポテトや世界的なチェリーリキュールの産地、パドヴァ

パドヴァにタコ好きが集まる街のイメージ、なかったなあ。
今月のグルメ紀行「パドヴァ」P.52では、この街の食文化の以外な一面を知ることが出来ます。
例えば、パドヴァ南部には馬を飼育する伝統があり、馬肉を出すトラットリアも多いんだそうです。
馬肉の料理の一例のスフィラッチは、馬のももの赤身肉の薄切りを15日間塩漬けにしてから約1ヶ月間天井から吊るしてスモークしたものを叩いて繊維をほぐしたもの。
馬肉を間違って長く干しすぎて硬くなってしまい、高級な肉なので捨てるわけにもいかず、叩いてほぐしたものをポレンタと一緒に食べたら美味しかったというのが誕生のきっかけ。

パドヴァの馬肉のサラミメーカー

パドヴァの珍しい家畜と言えば、ゴージャスな見た目の鶏、ガッリーナ・パドヴァーナ。
飼育数は2000匹足らずととても貴重なのに、外国からも注文が来て、最近の顧客は中東諸国だそうですよ。
もともとイタリアの土着品種ではなく、ポーランドから伝わった鶏です。

野菜なら、グルメ御用達食材のブルスカンドリ。
ホップの芽のベネトでの呼び方です。

ビゴリのブルスカンドリ入りカルボナーラ

さらに、パドヴァはイタリア最大のパタータ・ドルチェ、またはパタータ・アメリカーナ、つまりさつまいもの産地。
イタリアのパタータ・ドルチェは、日本でさつまいもの栽培が広まった18世紀より後の19世紀にイタリアで栽培されるようになりました。
最初に中米から伝わった時は、気候が合わなくて根付かなかったのです。

知ってるさつまいもとはちょっと違うかも。

マラスキーノのメーカーとして知られるルクサルドは、1821年創業で戦争によってベネチア近郊からパドヴァ地方に本拠地を移しました。

18世紀のカクテル文化の誕生とともに世界中に広まり、ルクサルドのマラスキーノはカクテルには欠かせないリキュールになりました。
マニュアル・デル・バーマン』にも、

マラスカチェリーのリキュールマラスキーノは、イタリアの伝統的リキュールの1品として説明されています。

パドヴァって、アメリカのポテトも、マラスカチェリーも根付いちゃうし、ポーランドのゴージャスな鶏も育つ奇跡の気候なんですね。
さくらんぼをリキュールにするためには、グラッパ造りの伝統が活かされました。
ボトルは貴重なムラノガラス製だったので、こもで包むようになったそうです。
ルクサルドのマラスキーノのカクテル、飲みたくなってきた~。

ルクサルド・スプリッツ・ビアンコ


いやーパドヴァの食文化がこんなに面白いなんて、知らなかったなー。
紹介したい動画もっとあったけど、とりあえず、次回に続きます。


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“グルメ気候~パドヴァ”は「総合解説」2017年3/4月号P.52~に載っています。
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2019年5月29日水曜日

歴史的市場、名物食前酒、イタリアを代表する菓子職人の街、パドヴァのグルメ旅ガイド

今月のグルメ旅はパドヴァです。
『クチーナ・イタリアーナ』誌より。
今月の「総合解説」2017年3/4月号のP.52~のビジュアルガイドです。

パドヴァの名物と言えば、スプリッツ、ガッリーナ・パドヴァーナ、カフェ・ペドロッキ、ルイジ・ビアゼットと彼のセッテヴェーリ、ソットサローネあたりでしょうか。

パドヴァは美しくて小さな歴史のある街。

記事の最初に登場するソットサローネは、中世で最初の商業センター。
ところが最近ではスーパーに押されて苦戦中。

次は、ベネトの名物食材、フォルペッティfolpetti。
タコpolpoじゃなくて、小ダコのモスカルディーニmoscardiniのことだそうです。

タコ祭りsagra di folpo

北東イタリア中のタコ好きが集まる祭りだって。

フォルペットをストリートフードにした有名店(屋台)、ラ・フォルペリア。
ピアッツァ・デッラ・フルッタにあります。

2016年8月号の今月の食材でも紹介した潟のカニの受精後の卵を抱いた状態のもの、マサネーテ(3:30)もありましたねー。
このカニのオスの脱皮直後のフリットがモエケです。
食べ方、参考になるなあ。

カニに脱線しそうになりましたが、ぐっとこらえて、食前酒の話でも。

シニョーリ広場で軽食をつまみながら飲むのは、スプリッツ。
ジモティは赤色の濃さでカンパリかアペロールかがわかる。

今日紹介したフルッタ広場もフォルペリアもみんなソットサローネの近く。
シニョーリ広場でフォルペッティつまみにスプリッツ飲んで、カニの話でもしたいものです。

パドヴァの話、次回に続きまーす。

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“グルメ紀行~パドヴァ”の記事の日本語訳は、「総合解説」2017年3/4月号P.52に載っています。
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2019年5月27日月曜日

フォンティーナの組合のチーズ、個人のチーズ

今日はチーズの話。
最近、朝ドラで牛乳と組合の話を見る度に、そんな問題があるんだ、大変だなあなんて漠然と感じていたのですが、「総合解説」1/2月号のビットの記事の、製法で生産者が対立して一部が組合から脱退した、という話を読んで、俄然現実味が湧いてきました。
それ以来、チーズの記事に頻繁に登場する組合の文字がやたら気になります。
イタリアの伝統チーズ作りは、今、岐路にさしかかっているようです。

今月の「総合解説」で取り上げているチーズはフォンティーナです。

どんなイメージがありますか?
多分、溶けるチーズ、フォンデュー(フォンドゥータ)のチーズ、といった内容ではないでしょうか。
記事(『ガンベロ・ロッソ』)の冒頭は、こんな内容でした。
「フォンティーナは昔ながらの、あまり今どきではないチーズと感じる人もいる。
せいぜいが溶けるチーズか、ハムと一緒にサンドイッチにはさむ用のチーズ、程度の認識だ・・・。」


上の動画を見て、今までなら、ハイジが出てきそうだなあ、なんてことしか感じなかったのですが、今は、こういう自分たちでチーズ作りも熟成も行う作り手は、一見小さな造り手に見えても、とても優秀で研究熱心で貴重だということが分かります。
小さな造り手の場合、造り手ごとに独自の製法も取り入れています。

でも大抵は、自分たちで何でもやることは難しく、協同組合がミルクを集めてチーズを作り、熟成も流通も行うのです。
フォンティーナの場合、全てが自分でできる造り手は、わずか10軒程だそうですよ。

この記事が訴えているのは、フォンティーナの価値を見直そう、ということ。

フォンティーナDOPダルペッジョは、ヴァッレ・ダオスタでのみ作られているDOPチーズ。
つまり放牧、搾乳、製造の全てを山で行う山のチーズです。
5月から9月の夏の間に標高1600m以上の放牧地で、干し草と山の新鮮な草を食べたヴァッレ・ダオスタ土着の、山を歩き回る頑丈な3品種の牛の、加熱殺菌しない、脂肪、タンパク質を始めとする栄養分と風味が豊かなミルクから作ります。

全てのベースは山。
このチーズを作り続けるということは、山の環境を守り続けることを意味しているのです。
改めてフォンティーナを見てください。
そのラベルに描かれているのは、そう、山ですねー。
マッターホルン、イタリア側から見ればモンテ・チェルヴィーノ。

管理組合のPV

組合では、会員からミルクを集めて、チーズを作り、熟成、流通を行っています。
今回の『ガンベロ・ロッソ』のテイスティングで1位になったのは、フォンティーナ造りの中心にいる生産者組合。
約200軒の会員のミルクで年間約30万個のフォンティーナを造っています。

ズッキーニとフォンティーナ入りポテトコロッケ

・じゃがいも4個をゆでる。
・ズッキーニ2本をおろす。
・じゃがいもを潰す。
・ズッキーニ、おろしたパルミジャーノ50g、小麦粉200g、溶かしたバター30g、塩を加える。
・打ち粉をした台に移して麺棒で平らにする。
・三角形に切って底辺に小さく切ったフォンティーナを置き、コルネット型に巻く。
・たっぷりの油で揚げる。




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“フォンティーナ・ダルペッジョ”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.50に載っています。
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2019年5月24日金曜日

リッチなイタリア料理の代表、ミラノ料理

パンの話が出たところで、今月から『クチーナ・イタリアーナ』で始まった新連載記事、“イタリアのパン”の話です。

最初のパンはミラノのミケッタ。


正直言うと、ミケッタより最初にローマでロゼッタに出会ったので、イタリアのパンと言うと、ロゼッタ。
ミケッタはロゼッタにそっくりのパン、という印象でした。
でも、ミケッタは2007年にミラノのDe.Co.に認定された、正真正銘ミラノのパン。
ちなみにDe.Co.はDenominazione Comunaleの略。
特定の地域の名産品にその地域が与えた名前のことです。
記事によると、ミケッタは最近は印象が薄くなりつあるそうで、ちょっと残念。

その詳しい歴史は「総合解説」をご覧いただくとして、ルーツはローマのロゼッタではなく、オーストリアのカイザーゼンメル、つまりカイザーロールです。
ロゼッタのルーツがミケッタなんですね。
ミラノは18世紀初頭から19世紀半ばまで、オーストリアに支配されていました。
この間に、カイザーロールやウインナーシュニッツェルことコトレッタが伝わります。
ちなみにウインナーシュニッツェルの話は、以前、ブログで取り上げていました。
こちら

カイザーゼンメルは成型の仕方がカッコイイパン。

外見は似てるけど、中にはふんわりしたクラムが詰まっています。

ミラノはイタリアでは、最もヨーロッパらしい街と言われています。
さらに、イタリアで最も外国に開かれた街です。

ニュートンのお手頃価格の地方料理シリーズのミラノ料理の本の序文には、

「・・・バター、生クリーム、マスカルポーネといった脂肪分の多い地元の産物を使った料理はヘルシー志向の現代人に敬遠され、世界中からやてくる外国人が持ち込む外国の食材がミラノ料理に入り込み、本物のミラノ料理は消えつつある。
70年代までは庶民的な値段で典型的なミラノ料理を出すトラットリアがたくさんあった。
サフランのリゾット、ミネストローネ、コタレッタなどのその料理は、ミラノの枠を超えてイタリアを代表する料理になるほどだった・・・」
とあります。
対象的に、ヘルシー志向にぴったりはまった南イタリアの料理が、今やイタリアを象徴する料理です。
確かに、ミラノの料理はリッチな料理です。
イタリアの経済の中心地で、主な農産物は牛肉と乳製品。
さらに薪が豊富に取れた地方で、ストーブにかけて長時間煮る鍋も各家庭に広まっていて、煮込み料理が生まれる下地が整っていました。
オッソブーコのような、肉の高級な部位以外を使った煮込み料理も生まれました。
ケルト人が伝えた豚の飼育も広まり、各家庭で1頭は豚を飼育していました。
豚肉はミラノ料理の王様になりました。
豚肉とサボイキャベツの煮込み、カスーラも、ミラノを代表する料理です。
さらなる特徴は、魚料理がない、あるいはあっても淡水魚かバッカラで、キリスト教の肉食を断つ習慣のために食べられている程度でした。
ミラノ料理によく使われる野菜はカルドン、アスパラガス、サボイキャベツです。
そうそう、ミラノ人はポレントーニと呼ばれるくらいポレンタが好きでした。
ミラノは米の名産地の近くで、パスタより米をよく食べます。
さらにパンも好きです。
こうして見ると、ミラノ人の食事、現代人にかなり馴染んでいましたねー。

オステリアのミラノ料理

北イタリアの料理もなかなかおもしろいです。



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“イタリアのパン”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.48に載っています。
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2019年5月22日水曜日

復活祭のサルデーニャのパンに込められた意味

マルケのパスクアのパンはチーズケーキのようなパンでしたが、イタリアの復活祭には甘いパンが欠かせません。

パスクアのパンの特徴は、複雑で美しいその形。
典型的なのは三つ編みですが、美しい形にこだわるイタリアならではの複雑な形のパンを、「総合解説」(P.40~)では説明しています。
手先の器用さは全く要求されませんが、文字で説明するのは不可能なので、過程の写真も「総合解説」に載せました。

パスクア(イースター=復活祭)に、なぜパンなのかというと、発酵させて膨らんだパンは、春の豊穣さを象徴しているからです。
あるいは、小麦は冬に種をまいて夏に収穫しますが、このサイクルが、冬は暗い地中で死んでいても、まばゆい夏の光の元で再生する、という、新しく実をつけるために死んで再生する、ということの象徴になっています。
これがキリストの復活にも繋がります。
パンで作る複雑な形は、小麦の穂なんですね。

イタリアのパンは、宗教儀式と結びついています。
サルデーニャでは、結婚式を村で一番のパン屋の手が込んだ複雑なパンで飾るのも伝統。
家庭で焼く復活祭のパンの定番は、三つ編みパンや卵を抱いた鳩。

上の動画のパンの材料は
 ぬるま湯・・270ml
 セモリナ粉・・500g
 塩・・小さじ1
 ゆで卵・・5個
 生イースト・・15g

焼き色は薄くつく程度に焼きます。

アートなパスクアのパン



サルデーニャのパンは、パン生地を陶器のように細工します。
中にはゴジラの第2形態みたいなのもあるけど・・・。
素晴らしくて、いつまででも見ていられます。

サルデーニャのパン屋さん。

パンに宗教的な意味なんて感じたことなかったけど、サルデーニャで暮らしていたら、バリバリに感じそうですね。


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“パスクアの甘いパン”のリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.40~に載っいます。
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2019年5月20日月曜日

ランゲの最高の産物をモダンな伝統料理にしたピエモンテの伝説の店、グイド

新入荷の本のご案内です。
『グイド・エ・グイド』

言うまでもなく、ピエモンテのレジェンド級の名店の本です。
北イタリアを代表する料理とワインに出会うためにランゲ地方を訪れた世界中の人が、訪れたに違いない有名店です。
店があるコスティリオーレはイタリア料理のインターナョナルスクールもあるので日本の料理人にもおなじみの場所。

コスティリオーレ・ダスティ


本の序文には、グイドのオーナーシェフ夫妻、グイドとリディアが店を始めた経緯が書かれています。
1961年、コスティリオーレ市役所の向かいにある、現在はグリンザーネ賞文化広場本部になっている名もない建物の小さなトラットリア、カフェ・トラットリア・エウローパで、リディアとグイドは出会います。
ちなみにグリンザーネ・カヴール賞は青少年を読書に親しませることを目的として1982年に創設された文化機関。

リディアはこのトラットリアを経営する母親のピエリーナから、後にリデイアの代名詞的料理となるアニョロッティ作りを教わりました。
グイドは、地元の素晴らしさを、最高の産物のみを使う料理を通じて世間に紹介したいと考えていました。
当時は最先端の発想です。
ピエリーナの店はリディアが受け継ぎました。
1階はリストランテで、2階はカフェ。
そこには「ノンナ・ピエリーナのジェラート」という看板が。

グイドは妥協せずに信念を貫く頑固者でした。
店の入り口には、教会のような厳格さが漂っていました。
予約をしない客は、席が空いていても断りました。
リディアがびっくりしてなぜ断ったのかと尋ねると、
グイドにとってレストランで食事をするというのは熟考が要求されることで、店を偶然に選ぶものではない。だから絶対に予約が必要なのだ!と答えたと言います。

グイドの品質を追求する姿勢や、地元の産物に向ける愛情は、国境を超えて認められていきました。
村の無名のリストランテは次第に有名になります。
リディアはロサンジェルス・タイムズによって“クイーン・オブ・アニョロッティ”と呼ばれるようになりました。
イタリアでも人気の高い日本人の作家吉本ばなな氏が、グリンザーネの招待を受ける条件としてグイドでの食事を2回、予約してほしいとリクエストした、ということもありました。

グイドは地元のエンブレムになりました。
そしてこの本にはコスティリオーレのグイドが作り上げたエノガストロノミアが詰まっているのです。

グイドの厨房でアニョロッティ・デル・プリンを作るリディア・アルチャーティ。


リディアのアニョロッティ、ヴィテッロ・トンナート、ペペローネ・リピエーノといったグイドの名物料理のリチェッタも収録されています。
ちなみに、60点以上あるリチェッタの1つ、鰻のカルピオーネは、ヨーロッパの鰻料理とは思えないほど繊細で美しい1品です。



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2019年5月17日金曜日

マルケのチーズ・ピッツァ、レッコのフォカッチャ、ロマーニャのピアディーナ

ナポリ風、ローマ風、そして最後に残ったマルケ風ピッツァです。

ピッツァの第3の流派として、マルケ風、というのがあるなんて、『サーレ・エ・ぺぺ』で読むまで知りませんでした。

とりあえず、マルケの地方料理でピッツァと言えば、パスクアの朝にサラミと一緒に食べるチーズ入りのパンのような、パネットーネ形の食べ物、別名クレッシャとも呼ばれるものがあります。
クレッシャという名前は発酵によって生地が膨らむ(crescereクレッシェレ)ところからつけられました。
イタリア中部には、パスクアのピッツァという名前のこの種のパンが他にもあります。
中世の修道院で生まれたので、ナポリのピッツァとは何の関係もなさそう。
この他、クリスマスにもクリスマスのピッツァと呼ばれる甘いパンを食べます。
この場合のピッツァとは、トルタtorta/ケーキの意味があるのかも。

ピッツァ・ディ・パスクア

材料/直径22cmのピッツァ2台分
 00番の小麦粉・・1.05kg
 卵・・7個
 塩・・15~20g(ペコリーノの塩分によって加減する)
 ペコリーノ・・105g
 パルミジャーノ・・105g
 オリーブオイル・・225ml
 ドライイースト・・3個(水1/2カップ強で溶く) 

・材料を混ぜる。
・台に移して10分こねる。
・ボールをかぶせて30分休ませる。
・ガス抜きして半分に切り、バターを塗って小麦粉をまぶした型に入れて約3時間発酵させる。
・型一杯に膨らんだら180℃のオーブンで50分焼く。
・型から出し、アルミ箔をかぶせてオーブンで約10分休ませる。

一般的にイメージするチーズのピッツァとは全然違いますね。
サラミがよく合いそうです。
生地に硬質チーズを入れてこねるタイプ。
チーズが美味しいパンはまだあります。

リグーリアのレッコのフォカッチャは、フレッシュチーズを挟んだ薄焼きフォカッチャ。


材料/6人分
 00番のマニトバ粉・・600g
 水・・300ml
 リビエラDOPのEVオリーブオイル・・100g
 フレッシュチーズ・・1kg
 塩
・マニトバ粉、水、塩、オリーブオイルをこねた生地を麺棒で薄く伸ばす。
・油を塗ったオーブン皿にかぶせる。
・フレッシュチーズの小片を並べる。
・その上に薄く伸ばした生地をかぶせて押さえる。ところどころ穴を開けて空気を抜く。
・余った生地を切り落とし、塩少々とオリーブオイルをかける。
・薪のオーブン(または300~350℃になるオーブン)で約6分焼く。

いわゆる典型的なフォカッチャとは違うけれど、フレッシュチーズを美味しく食べるために考え出された形。

ロマーニャ地方のピアディーナは、コンロで焼く薄焼きパン。
チーズやハムをはさむのに最適。


piadinaの材料は
 小麦粉・・500g
 ラード・・100g
 塩・・8g
 重曹・・3~4g
 水・・200~240ml
 ルーコラ、生ハム、クリームチーズ、パルミジャーノかグラナ・パダーノ、ミニトマト

・材料をこねて100~120gにカットし、布巾で覆って約15分休ませる。
・厚さ3mmのできるだけ正確な円形に伸ばす。打ち粉は必要ない。
・生地をピケし、熱した鉄板かフライパンで片面2~3分ずつ焼く。
・クリームチーズを塗り、生ハムとルーコラをのせて削ったパルミジャーノを散らす。半分に折って半分に切る。

マルケのチーズのピッツァは、今ではパスクアだけでなく一年中作られているので、ズッパ・ディ・ペッシェのついでに忘れずに味見を。

おまけの動画。
イタリアンのレストランが舞台のこんなPVありました。
『ジプシー・クイーンズ/イタリアーノ』





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2019年5月15日水曜日

ピッツァ・ナポレターナとローマ風ピッツァの生地作り

前回は、ストリートフードの王道、パニーノの歴史をざっと振り返りましたが、その中で気になる言葉がありました。
ピッツァに、ナポリ派、ローマ派、マルケ派などのスタイルが生まれた、というもの。
マルケ派は置いといて、ナポリとローマのピッツァの違いを動画でざっと確認。

ナポリ派は言うまでもなく、ピッツァの元祖にして本家、ピッツァ・ナポレターナ。

ナポリを代表するカリスマ・ピッツァイオーロ、ジーノ・ソルビッロのピッツァ・ナポレターナは、


 カプートの0番のオーガニック小麦粉・・1.55kg
 塩・・45g
 水・・1L
 生イースト・・1.5g
トッピング;
 オーガニックトマトのパッサータ
 ナポリタイプのフィオルディラッテ
 EVオリーブオイル
 バジリコ

・小麦粉をマディアmadia(伝統的な木製のこね桶)に入れる。
・水1Lにイースト1gを加えて溶く。
・小麦粉に塩を加えて混ぜる。
・イーストを溶いた水を小麦粉に少しずつ加えながら混ぜて適量の水を粉に吸い込ませる。手や木製の桶にあまりつかなくなるまで混ぜる。最初は持ち上げると柔らかくてたれる状態だが、次第にグルテンによってまとまり、混ぜ終わると打ち粉をした台に取り出せるようになる。マディアはきれいにする。
・打ち粉をしながらこねる。生地の塊を伸ばし、台に落として半分にたたむ。こうして水分を多く含む生地の内側を表面に出し、そこに軽く打ち粉をする。こうして生地の水分が均等になったら出来上がり。
・生地をマディアに入れて蓋をし、発酵させる(今回は約1時間)。
・生地を取り出して切り分ける。ピッツァ・ナポレターナは1枚280g、ピッツァ・フリッタは150g。まず棍棒状に切り分け、モッツァレッラのように片手で丸く押し出して区切りながらちぎり分ける。
・1個ずつ手早く丸めてケースに入れ(15個)、8~9時間発酵させる。材料を混ぜた後は、時間をかけて発酵させるうちに材料同士が混ざり合って変化し、280gの生地は300~320gになる。
・1個ずつ切り離して台に置き、打ち粉(生地と同じ粉)をしながら手で広げる。この方法は“スキアッフォschiaffo/平手打ち”と呼ばれる。片手で生地を台に打ち付けながらもう片方の手で伸ばしていく。
・裏漉しトマトを中央にのせ、縁は開けて円を描きながら広げる。バジリコとほぐしたフィオルディラッテをのせてオリーブオイルをまわしかけ、ピッツァ用スコップ/パーラpalaにのせる。
・伝統的な薪のピッツァ窯の入り口に入れた時は約55秒~1分で焼き上がる。

いやーソルビッロさん、熱く説明してくれる人ですねー。

ローマ派ピッツァと言えば、薄いカット・ピッツァ。
最近ではガブリエレ・ボンチさんの活躍もあってその美味しさが知れ渡りました。


 セモリナ粉・・200g
 ファッロの全粒粉・・800g(ファッロは農薬を必要としない穀物)
 水・・600ml
 EVオリーブオイル、塩
 イースト・・少々(粉1kgに約2g)

・ボールに粉を入れてイーストと60%の水(600ml)を加えて木べらをボールに触れさせながら休まずに混ぜる。中央に塩を入れる。
・生地がまとまったら台に移し、オリーブオイル少々をかけ、生地をたたみながらオイルが均一に行き渡るようにこねる。
・18~20℃で18時間発酵させる。
・指先でくぼみを作りながら四角く伸ばし、角に握りこぶしを置いて腕を生地の上に渡す。反対側の角を腕にかぶせて裏返し、天板に移す。油は塗らない。引っ張って天板いっぱいに広げる。
・じゃがいもはスライスして水にさらし、冷蔵庫に24時間入れてカールさせる。これを生地の上に広げる。薄く切ったエリンギも加えて塩をする。290℃のオーブンで15分焼く。
・ピッツァをカットし、炒めたエリンギ、ホップ、スイスチャード、炒り卵、ハム、パセリをのせて出来上がり。

ボンチさんのピッツァはトッピングが特徴的。
ローマ風はナポリほど厳格にリチェッタが定まっていないので、アレンジがかなり自由で豊か。

ローマ風の生地の伸ばし方


伸ばし方が全然違いますね。
指を使って伸ばし、腕を使って裏返します。

最後に残ったマルケ風ですが、マルケ風ピッツァて、なんですか?
チーズ入りのパンのような伝統的なパスクアのパンのことでしょうか。
そう言えば、伝統的なチーズピッツァは、イタリア各地にありますよね。

マルケ風は次回に・・・。

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“ストリートフード”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2017年3/4月号に載っています。
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2019年5月13日月曜日

パニーノの歴史、トラメッジーニからピッツァへ、そして21世紀は・・・

今日はストリートフードの話。
今月の「総合解説」の“ストリートフード”の記事(P.30、『サーレ・エ・ぺぺ』より)は、イタリアで、ストリートフードがブレイクしたこれまでの歴史や、今後どこへ向かうかが、よく分かる記事でした。
21世紀は、ストリートフードと言えど、食材にこだわり、添加物や大量生産と戦いながら進化していくようです。

リチェッタの最初の料理はその象徴のようなタコのパニーノ。

パニーノは、バールで食べる定番の軽食でした。
バールの軽食と言えば、まずはトラメッジーノ(サンドイッチ)。

命名者は作家のダンヌンツィオ。
下の動画は、イタリアのトラメッジーノ発祥の店と信じられているトリノのムラッサーノ。


1926年に誕生したそうです。
当初はホットサンドだったようですね。
最初はバターとアンチョビ、パプリカとアンチョビ、サラミのようなシンプルな具をはさんでいました。
それが次第に、ロブスターのサラダ、サーモンとトリュフクリームとマカルポーネ、ヴィテッロ・トンナートと豪華になっていきました。
パンも特製です。
店の人はこのパンがポイントだと言っていますね。
一番人気はロブスターのサラダだそうです。

次に革命を起こしたのは、ピッツァです。
20世紀に広まりました。
ピッツァの最大の特徴は、仲間と食べるもの、ということ。
家族や友人たちと、イベントの前後にワイワイ賑やかにつまむ食べ物でした。

ピッツァの歴史


この動画によると、
ナポリのピッツァは17世紀に、パンのスキアッチャータをもっと美味しくしようという職人の工夫から生まれました。
最初は、にんにく、ラード、粗塩、またはカチョカヴァロ、バジリコで調味していました。
新大陸からトマトが伝わると、新しいピッツァが生まれます。
トマトとモッツァレッラのピッツァが初めて作られたのは19世紀でした。
公式には1889年となっています(ヴェーラ・ピッツァ・ナポレターナ協会)。
なんでこれだけはっきりしているかと言うと、
イタリア王のウンベルト1世と王妃のマルゲリータがナポリを訪れた際に、当時の最高のピッツァイオーロと言われたラファエレ・エスポジトが3種のピッツァを作り、
ちなみにpizza Mastunicola(マストゥニコラ/ラード、チーズ、バジリコ),
alla marinara(マリナーラ/トマト、オリーブオイル、にんにく、オレガノ) 、
イタリアの国旗と同じ3色で後に王妃の名前をつけたpizza margherita(マルゲリータ/トマト、モッツァレッラ)
の3種でした。
この3番目のピッツァがナポリで大流行し、第二次大戦後に北イタリアにも広まり、その後の移民の増加に連れて世界へと波及していったというわけです。

そして今や、天然酵母や小麦粉の研究が進み、ナポリ派、ローマ派、マルケ派などが生まれています。
ピエンノロのトマト、チェターラのイワシ、アジェロラのフィオルディラッテと、食材へのこだわりも強くなっています。


ティレニア海のチェターラのイワシはアドリア海のイワシより脂肪分が少なく、塩漬けに適しているのだそうです。
下処理も塩漬けも手作業、熟成は3~6ヶ月。

アジェロラはソレント半島のアマルフィの近く。
水牛のミルクではなく牛乳から作るモッツァレッラ、フィオルディラッテ作りの中心地です。
こんな村。


世界中が憧れる地中海式ダイエットの地ですね。
締めはピエンノロトマトとアジェロラのフィオルディラッテのピッツァ





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 “ストリートフード”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.30に載っています。
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2019年5月10日金曜日

ヴェネチアのバーカロのタコ料理

タコ料理の話、続けます。

グイド・トンマージの『ナポリ』から、
ナポリのタコのパスタをどうぞ。

■タコのアッフォガートのパスタ/VERMICELLI CON SUGO DI POLPI AFFOGATI(P.44)

4人分
 スパゲッティ(ヴェルミチェッリ)・・400g
 小ダコ・・150~180gが4杯
 トマト・・正味500g、または生が手に入らない時期は缶詰
 にんにく・・2かけ
 EVオリーブオイル・・大さじ5
 唐辛子(好みで)、塩

・大鍋でにんにくと唐辛子を油で軽くソッフリットにする。焼き色がついたら取り除く。
・下処理したタコを頭を持って入れ、数分炒める。
・トマトを加えて火を弱め、蓋をして20分煮る。
・その間にパスタを固めのアルデンテにゆでる。ゆで汁は少量取っておく。
・パスタをタコの鍋に加え、ゆで汁少々を加えてマンテカーレする。
・仕上げにイタリアンパセリのみじん切りを散らす。

ヴェネチアもタコ料理が美味しい地方。
ヴェネチア名物のバーカロでも人気のつまみの一つです。

グイド・トンマージの『ヴェネチア』からは、

■小ダコのボイル/FOLPETI CONSI(P.122)
4人分
 小ダコ・・12杯
 EVオリーブオイル・・大さじ6
 にんにくのみじん切り・・1かけ
 レモン・・1個
 ローリエ・・数枚
 塩、こしょう

・タコはくちばしを取り除いて洗う。
・大鍋に水を張り、ローリエと粗塩少々を加えて沸騰させる。タコの頭を持って湯に2回浸し、足をカールさせる。強火で柔らかくなるまでゆでる(約15~20分)。
・取り出して縦に半分に切り、塩、こしょう、にんにくのみじん切り、オリーブオイル、レモン汁で調味する。イイダコも同様に調理できる。

タコはベネチア訛りだとフォルポになるんですね。
ポリポって言うのはどこだっけ。

タコのルチア風の美味しい店として『サーレ・エ・ペペ』誌がお勧めするのは

まずはバコリ(ナポリ)のラ・カターニャ。
カターニャとは、漁師言葉でタコの隠れている場所のことだそうですよ。
こんな名前の店のタコ料理、期待しかない。


さらにサンタガタ・スイ・ドゥエ・ゴルフィのロ・ストゥッツィキーノ。



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“タコのルチア風”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号に載っています。
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2019年5月8日水曜日

ナポリのタコのルチア風

今月の地方料理1品めはタコのルチア風Polpo alla luciana。
ナポリの名物料理の一つです。

ルチアとは、サンタ・ルチアのこと、かつ、その地区のタコ漁をする漁師のこと。
ナポリのタコ漁は、テラコッタの壺を夜にしかけて、翌朝引き上げるという方法。
タコをテラコッタの鍋で水を加えずに、タコから出た水分でじっくり煮る歴史の古い料理が、サンタ・ルチア名物のポルポ・アッラ・ルチャーナ。
典型的な漁師料理です。

そう言えば、グイド・トンマージの地方料理シリーズの新着本は、
ナポリ』ですが、これがかなりのタコ推し。
P.28の写真は、真っ黒に日焼けした腕の、まさにナポリのタコ漁師。

サンタ・ルチアは有名な歌から、世界中の人がイメージするナポリ。
こんな風景。卵城の近く。
例の歌を聞きながらサンタ・ルチアを御覧ください。
 ↓

2015年のサンタ・ルチア
 ↓

ナポリにやって来た世界中の観光客が集まる場所のよう。

ナポリの人は日本人よりタコ食べますよねー。
私もナポリで初めてタコ料理を注文したら、小さめのタコが丸々1匹、皿にのって出てきてびっくりしました。
でも、柔らかくてペロッと食べることが出来ましたよ。
この感動は、ナポリで初めてピッツァを食べた時に匹敵しました。



この料理に使うテラコッタの鍋はピニャティエッロpignatiello。
豆を煮る時に使う鍋と同じです。

・鍋に油、潰した皮つきにんにく1かけ、崩した唐辛子1~2本、ケッパーを入れてソッフリットにする。
・その間にミニトマトを小さく切る。おすすめのトマトはピエンノロ・ディ・ヴェスビアーニか皮むきサンマルツァーノ。なめらかな煮汁にする時は裏漉しする。
・ソッフリットにイタリアンパセリの茎を加える。
・下処理したタコを頭を下にして入れる。頭には水分がたっぷり含まれているので、こうして熱して水分を出す。
・オリーブとトマトを加えて少量の塩を加える。オリーブやケッパーはトマトの甘味とのバランスをとるために加える。
・蓋をして火をやや強めて水分を軽く沸騰させる。水分が全部出たら弱火にして約25分煮る。布巾やぬらしたオーブンシートを挟んで鍋に直接材料が触れないようにしてもよい。
・25分煮たら裏返し、蓋をして弱火でさらに20分煮る。裏返したタコの足が柔らかくなって煮汁に沈むようになるまで煮る。
・火を消してイタリアンパセリのみじん切りを加え、15分休ませる。
・皿に盛り付けて煮汁をかける。
・煮汁に浸すパンを添えてサーブする。

小さなタコで作る料理なので、パスタにもよく合います。

ナポリのタコの話、次回に続きます。



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“タコのルチア風”の記事の日本語訳は、「総合解説」2017年3/4月号P.11に載っています。
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2019年5月6日月曜日

段々畑から生まれる甘口オリーブ、タッジャスカ

今月の「総合解説」は3/4月号です。
春の号になると、リチェッタが途端に多くなって、楽しいですねー。

今日は、イタリア料理初心者の人でも、超簡単に料理に地中海の風味を加えることができる料理、オリーブのパテの話です。

あまりの簡単さに、私も作ってみようという気になりましたよ。
詳細は「総合解説」P.8を読んでください。
ただ、材料がオリーブとオリーブオイルの2つだけということは、当然、出来上がりは材料の味に左右される訳です。
お勧めのオリーブは、リグーリアのタッジャスカ。
黒と緑が半々ぐらいの小粒のオリーブで、主にオイル用です。
フルーティーな香りで、甘口でマイルドなオイル。
魚料理やサラダによく合います。
リグーリアのオイルといえば、この甘口でマイルドなタッジャスカのオイルと言えます。
栽培の中心はリグーリアの西の端、インペリア。


海と山にはさまれたリグーリアには平地がわずかしかなく、狭い段々畑でオリーブを栽培するのは、かなりの重労働。
生産量も限られていて、必然的に値段も高め。
そのせいか、リグーリアの農産物は、一手間かけた品質にこだわっているものが多いような気がします。
作り手の情熱も熱くて、リグーリアの製品はなぜマイナーなのに値段が高いのかを、外国人に一生懸命説明してくれます。
タッジャスカの場合は、甘口でフルーティーなオリーブの中では世界一だ、というのが自慢。
オリーブに興味がある人は、リグーリアのインペリアで、ぜひ、タッジャスカオリーブの畑を見てください。
リグーリアの農産物は生産量が少ないために地元の外にあまり出回っていないものが多く、リグーリアに行ったらこのオリーブの味見もおすすめです。

リグーリアの段々畑
 ↓

リグーリアのオリーブ栽培は、この地を支配したローマ人が伝えました。
実は、オリーブの栽培は、ぶどうや他の野菜ほどは広まらなかったのです。
栽培を細々ながら支えたのは修道院ですが、14世紀から19世紀にかけて、段々畑を作る技術が広まって、ようやくオリーブの栽培は爆発的に広まります。

このリグーリアの段々畑で栽培されたタッジャスカオリーブと地元の他のオリーブからとるオイルが、DOPのオリーブオイル・リヴィエラ・リグレです。

タッジャスカオリーブ
 ↓

リグーリアの美味しいもの。
 ↓

タッジャスカ・オリーブは生食でも美味しく、一番簡単なアペリティーヴォは瓶詰めの塩水漬けですかね。
 ↓

2番めに簡単なのが、オリーブのパテ。
下の動画はにんにく入りの南イタリア風。
詳しくは「総合解説」を御覧ください。


ペースト・ジェノヴェーゼはリグーリアの香りで、タッジャスカオリーブのパテは地中海の香り。
オリーブのパテににんにくや唐辛子を加えると南イタリア風、アンチョビとケッパーを加えるとフランスのタプナード風。

リチェッタの1品目は、子羊のコストレッタ。
塩、こしょうした肉にオリーブのパテを塗ってオーブンで焼きます。
これ、絶対に美味しいやつ。




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“オリーブのパテ”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.8~に載っています。
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2019年5月3日金曜日

一口サイズのイタリアンのパーティー料理

「総合解説」3/4月号のホームパーティー料理は、『サーレ・エ・ペペ』誌の創刊30周年を記念した内輪のパーティー料理(P.3)。
お洒落で楽しい、一口サイズのパーティー料理です。

ホームページの「総合解説」のページにちょっとだけ写真も載せました。
1品目はラビオリのフリット、2品目はプンタレッレのテンプラ、3品目はミニモッツァレッラのマカロンです。

ラビオリの詰め物はグラナ・パダーノ入りマッシュポテト。
甘い詰め物のラビオリのフリットはカーニバルの定番。
これはヌテッラのラビオリのフリット。
 ↓


じゃがいものラビオリ
 ↓


プンタレッレのテンプラは、カラフルなピーマンも加えた赤・黃・緑のテンプラ。
小麦粉を菜箸でダマが残るようにざっと混ぜる、という説明がイタリアの料理書に載るなんて画期的。

かつては時々見かけていたプンタレッレですが、最近ではあまり聞かなくなったなあ。
プンタレッレはチコーリアの芽。
下処理してないのを買うとちょっと大変。
 ↓



ミニモッツァレッラのマカロンは、一口大のモッツァレッラを半分に切ってソラマメのペストをはさんだだけ。
ほんとにマカロンみたいに見えます。



こちらはハンドメイド。
フリット、スピディーニなど、使い方は無限。
 ↓


デザートは写真なしですが、レイヤーケーキです。
レイヤーケーキはイタリア語ではtorta multistatoトルタ・ムルティストラートと言います。
でも、段を重ねただけじゃなくて、それをレース模様のホワイトチョコレートの網で覆うというのがイタリア流美意識。


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“記念日のホームパーティー”のリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2017年3/4月号P.3に載っています。
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2019年5月1日水曜日

春はフレッシュチーズの季節

総合解説」2017年3/4月号発売しました。
春の号になりました。
冬が終わって近づく春の息吹が楽しくてしょうがない、というイタリアの季節感に満ちた号です。
地中海の本領が発揮されだしたようで、リチェッタの数も多くなりました。

恒例、3/4月の食材(P.2)は、まずはちょっと意外だったコリアンダー。
タイ料理に使うイメージが強かったので、東南アジアの香草と思い込んでいました。
地中海原産で、しかも歴史の古ーい香草だったんですねー。

野生のコリアンダーの花


次は、ジュンカータ。
白が背景だとよく見えなくて申し訳ない。
ヤギのミルクから作るフレッシュチーズなので真っ白。


カードを包むのが葦(giunco)なのでこの名になりました。
伊達巻に似てますねー。
この巻きす、中国製かも。

ジュンカータよりもっと白くて見えにくいのが、プレシンセア。


産地でしか味わえないチーズを求めてイタリアを旅する人も多いと思いますが、私にとって、このチーズはそんなチーズの1つでした。
レッコのフォカッチャやトルタ・パスクアリーナの具として欠かせないフレッシュチーズですが、日本で簡単に見かけるものではなく、ジェノヴァで実際口にするまで、その味をあれこれ想像していたチーズです。


ジェノヴァに行ったら忘れずにお味見を。


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“今月の食材”の日本語訳は、「総合解説」P.2に載っています。
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2019年4月29日月曜日

ダヴィデ・オルダーニシェフの本は、地方料理<イタリア料理

新着本です。
メイド・イン・イタリー

序文:ダヴィデ・オルターニ、となっていますが、序文にはイタリア料理とは、という大きな問題に対するオルダーニ・シェフの考え方が書かれています。
本の内容もこの考えに基づいているので、事実上、彼の本です。
長年イタリア料理の本を売ってきましたが、いよいよ時代が変わった、と強く感じさせる本が登場しました。

序文は、いきなり、「私の料理はクチーナ・ノン・レジョナーレ・イタリアーナだ」という発言から始まります。
これまでのイタリア料理は、地方色が強くて保守的で、故郷と家庭を強く感じさせる料理でした。
でも、21世紀になって、イタリアの地方料理が変わってきました。
先日のブログで紹介したナポリのストリートフード店も、それを象徴していました。
つけで買えた貧しい庶民の家庭の味が、今ではシャンパンを飲みながら立喰する料理になりました。
昔ながらの家庭の味でも、今の地方料理には貧しさがありません。
かつてはイタリアから世界に出ていった移民たちが広めたイタリア料理も、今や世界中からやってくる観光客によって世界中に広まり、世界中に広まらなかったイタリア料理や食材は、姿を消しつつあります。
ちょっと前のイタリア料理は、消えつつある料理や食材を救うのに情熱を注いでいました。
チーズの記事で最近度々話題になるのが、協同組合の現実的なチーズか、規定を厳格に守った限られた個人にしか作れないチーズか、といった問題でした。
朝ドラの話じゃないですよ。
今求められているのは、美味しくて、美しく、食べやすくて、お得で、ヘルシーな料理です。
今までのイタリア料理を現代的でグローバルな視点で見直すと、この『メイド・イン・イタリー』で取り上げているような料理と食材が、イタリア料理として21世紀に残るのかも知れません。
ダヴィデ・オルダーニという人は、いつも人と違う物の考え方をするなあ、と感じていましたが、過激な遊び心は今回は抑えたようで、とてもまじめな本になっています。
超前衛的なものは1mmもありません。





ノン・レジョナーレとは言っても、本では、章は地方ごとに別れています。
北から南まで、イタリアを代表するイタリア料理が、わかりやすいイタリア語で載っています。
地方料理が1冊にまとまった本て、ありそうでなかったんです。


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2019年4月26日金曜日

ナポリとパレルモのお勧め店

今月の「総合解説」のグルメ紀行はナポリとパレルモ。
お勧め店の中から、動画の見つかったものを紹介します。


ナポリのプレビシート広場の新名物、プロジェクションマッピング


ナポリはダイナミックに変化している街ですね。

まずは、一昔前ならナポリに初めて行った人は大抵が行った有名店。
ミミ・アッラ・フェロヴィア


ミシュランの星付き店との対比として、地元民に愛される家庭料理の店として登場しています。
ナポリの飲食業は改革と伝統のどちらを取るのか、というのがこの動画のテーマです。
外国人からすると、ナポリではインターナショナルな高級星付き店より、庶民的な伝統料理のほうに断然興味があるのですが、ナポリの若手シェフにとっては、もっと現代的に脂肪を減らした料理、伝統を踏まえた上でシェフのオリジナリティも加えた料理を作りたいと思い、一方、ミミのような伝説的な老舗は、伝統を1mmたりとも変えないと頑なです。

最後は庶民料理の新しい形。
ナポリのストリートフードの新しい発信地。
オ・スフィツィオ・ダ・ノティツィア(webページ)
シャンパンを飲みながらナポリのストリートフードを味わえる店。
今どきのナポリっ子に支持されてます。
揚げピッツァで有名なエンツォ・コッチャの店。


イタリアのピッツァ大使ことエンツォ・コッチャの『ピッツァ・フリッタ

ナポリ料理初心者も入りやすい店なのでは。
しかもその分野のマエストロの料理なのだから、人気なはずです。

パレルモ観光のお勧めは、5つある歴史的な市場。
もっとも人出の多いヴッチリアには、モダンな伝統料理で人気の店があります。

ガジーニ・ソーシャル・レストラン


GWにナポリやパレルモを旅行する方は、安全で美味しい旅になりますように。


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2019年4月24日水曜日

アラブに支配されたスペインに支配されたナポリの料理を広めた人物は・・・

100ラグー』の続きです。

マストロ・マルティーノ、あるいはマルティーノ・ダ・コモという名前は、イタリア料理に興味のある人なら、なんとなく聞いたことありませんか。
でも、何をした人だっけ。
イタリア料理史ではそこそこ有名な人なはずなんだけど・・・。
『100ラグー』の著者、マリアさんに言わせると、ルネサンスの初期にイタリア料理を破壊した人だそうですよ。
wikiにはこう書いてあります
この小難しい内容を大胆にまとめると、イタリアで最初のイタリア語の料理書を書いた人です。
その本は、『Libro de Arte Coquinaria

マルティーノは、北イタリア生まれで、ローマに行き、さらにスペイン人に征服されたナポリで活躍し、スペインや地中海の息吹をたっぷり吸収した人です。
当時のスペインは、アラブの支配が長く続いた直後でその影響を強く受けていました。
また、当時ヨーロッパでもっとも洗練された料理というのはアラブ風アンダルシア料理だとみなされていた時代です。
彼によって、イタリア料理にナポリ(南)と地中海の香りが加わったのです。
マッケローニやタリエリーニ、ヴェルミチェッリも加わりました。
ビアンコマンジャーレはカタルーニャ生まれ。
南だけでなく、“アッラ・ジェノヴェーゼ”や“アッラ・フィオレンティーナ”と呼ばれる料理も紹介しました。
さらに権力者の料理人だった彼は、ルネサンスの特徴である奇抜な盛り付けで客を楽しませることにも長けていました。
ちなみに彼の一番有名な料理は、孔雀のローストだそうです。

本はさらに、トゥルヌドで有名な作曲家、ロッシーニのラグー、ボローニャの商業会議所に保管されている公式ラグー、マッシモ・ボットウーラシェフの低温調理のラグー、キアニーナのラグー、などへと続いていきます。




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2019年4月22日月曜日

モデナのセレブのマダムが本気で集めたラグーのリチェッタ

新着本の紹介です。

100ラグー』という本です。

ラグーは、トマトソースと共にイタリアが世界に誇るソース、別名ミートソース。
著者のマリア・ベナッサーティさんはモデナの実業家の一族出身。
当然、エミリア地方のラグーこそ、正統なラグー、と信じていますが、ナポリ風ラグーや魚や野菜のラグーの存在も認めています。
マリアさんのおじいさんは国際的な石油会社の創業者。
マリアさんはアートに造詣が深く、モデナでアートギャラリーを経営していました。
スポレートの音楽フェスティバルを主催するなど、音楽の分野でも知られた人です。
セレブ一家のお嬢様は、そのコネをフルに活用して、ラグーのリチェッタを100人分集めたようです。
コネだけでなく、幅広い知識で、歴史的なラグーのリチェッタも調べ上げました。

本に載ってる一番最初のラグーは、al-Baghdadiのラグーです。
誰この人。
そして本には何と、「この人のことはよくわからないのでググりました」ですと。
さすがはセレブなお嬢様。
堂々のカミングアウトです。
私も早速ググってみましたが、なにこれ、危なそうな人が出てくるんですけど。
バリバリテロリストじゃないですか。
いやいや違いますからね。同名の他人です。
変な動画に誘導されないでね。
正解はこの人です。wikiのページはこちら
アル=バグダデイさん。
何の罪もない、善良な、トルコ人に愛されたアラビア語の料理書(1226)の著者です。
後の世のテロリストと同名だったばかりに、立派な功績を残したのに、この先苦労するだろうなあ。
なんとこの本には、世界で初めてパスタが登場するんだそうです。
そのパスタはitriya(イトリア)。
・・・この話、聞いたことありますよ。
アラブからシチリアに伝わった初期のパスタはイトリアと呼ばれるスパゲッティーニだったという話。
これは有名ですが、そのソースはラグーだったというのは初めて知りました。

マリアさんはアル=バグダディさんのリチェッタを再現してみたそうです。
比較的簡単で美味しかったと書いていますが、唯一の問題が、松やに。
松やにといえばギリシャワインに独特の風味を加えるあれですが、これが13世紀のトルコでは大はやりしていたそうです。

最初のラグーのパスタ、怖くて動画検索ができないので、マリアさんが作った料理の写真は、とても参考になりますねー。

2品目は、マストロ・マルティーノのラグーです。
マストロ・マルティーノ、これも聞いたことありますよ。
イタリアで一番古い料理書(1460頃)を書いた人です。

詳しくは次回。


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2019年4月19日金曜日

イタリア料理のベース、『スーゴとサルサ』

新着書籍『スーゴとソース』の紹介です。


イタリア料理アカデミーAccademia Italiana della Cucinaの、食文化ライブラリーBIBLIOTECA DI CULTURA GASTRONOMICAシリーズの第1冊目の本です。

この本について語るイタリア料理アカデミーのパオロ・ペトローニ会長。



彼の代表的な著書、大作の『イル・グランデ・リーブロ・デッラ・ヴェーラ・クチーナ・トスカーナ

パスタのお手軽な本、『スパゲッティ・アモーレ・ミオ











最大の疑問は、スーゴって何?サルサとどう違うの?てことですよね。

ペトローニ会長による本の前書きによると、
サルサ(ソース)と言えばフランス料理、フランス料理はソースをたっぷり使う。
この分野ではフランス人シェフが第一人者であることは否定しない。
しかし、70年代のヌーヴェルキュイジーヌ、さらに最近の新世代のシェフたちによる、シンプルな料理はフランス料理からソースを減らす傾向にある。
とは言え、イタリアにも豊かなソースがあり、古典的なフランスのソースとは全く違う使われ方をしている。

パスタや米料理の味付けをするスーゴは、イタリア料理の独特で典型的なもので、イタリアの食文化の伝統を象徴するもの。
シンプルなものから複雑なものまで、地方料理に大量に見られる。
イタリア料理の調味のベースはバターやオリーブオイルといった油脂の他に、ハーブや香味野菜、スパイスといった各地の産物やビネガーなどと実に幅広く、ソースやスーゴを研究することは、イタリアの地方料理の豊かな食文化のベースを知ることにほかならない。

これがこの本のテーマです。
前書きの後は各州ごとのソースやスーゴの話になるのですが、
さすがは料理アカデミーだけあって、リチェッタよりウンチクの方が多いです。
ウンチクが膨大なので、じっくり読み込んでください。
全部訳すとかなりな量なので、抄訳でどうぞ。

ピエモンテの章は、1854年にサヴァイア家の宮廷の料理人が書いた料理本の引用から始まります。
ピエモンテには「美味しいソースは、魚より高い」という格言があるそうです。
フランス料理はバターを調味料としてたっぷり使うことで有名ですが、ピエモンテ料理はフランスの影響を強く受けています。
19世紀のピエモンテ料理の本では1章に渡ってバターについて書かれています。
ピエモンテでは、家庭料理だけでなく、高級レストランでもバターをたっぷり使います。
バターは豊かさの象徴でもありました。
農民の伝統に基づいたバターがベースのリチェッタとして紹介しているのは、“バーニャ・デル・インフェルノbanga dl'inferno”。
バターで塩漬けニシンと卵をソッフリットにした熱いソースです。

一方で、ラルドlardoとラードstruttoは貧しい料理の象徴でした。
現代では動物性油脂は植物性油脂に姿を替えました。
しかし、刻んだラルドを加えたミネストローネの美味しさや肉の柔らかさは、誰も否定できません。
ピエモンテではオリーブの木は14世紀までは広く栽培されていましたが、気候の変動によって姿を消しました。
しかし、隣のリグーリアとの交易でオリーブオイルとその料理は生き残りました。
気候も穏やかになり、現在ではピエモンテにオリーブオイルが戻ってきています。
そしてピエモンテの農民料理の王様、バーニャ・カウダでは、オリーブオイルは主役になりました。

オリーブの栽培が難しかったピエモンでは、たっぷりあったくるみから油を取りました。
くるみ油は風味の特徴もオリーブオイルに似ていたました。
さらに、動物性油脂の代用品でもありました。

くるみ油

オリーブオイルが大量生産されるようになると、家庭で少量作っていたくるみ油に取って代わります。
第二次大戦の食糧難の時代には、ピエモンテにたっぷりあったもう一つの木の実、ヘーゼルナッツからも油を取るようになりました。
今では珍しい油として知られてきています。

ヘーゼルナッッ油

と、こんな調子で続きます。
さすがは料理アカデミー。
詳細にとことん調べ上げています。
あくまでも研究が中心でリェッタや写真が少ないのが残念。


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2019年4月15日月曜日

ナポリ最後の貴族のためのズッキーニのパスタ

新入荷の本、グイド・トンマージの『クチーナ・ディ・ナポリ』は、
リチェッタの前後の短い解説が面白い。

例えば、ヘアバンドにサングラスのナポリ風?謎ファッションのおじさんが掲げ持っているズッキーニのパスタ(P.49)が気になったので、リチェッタを見てみました(P.46)。
料理名は“ジェッピのネラノ風ヴェルミチェッリ”です。
前書きの解説には、
「南部の男は料理を作る時は一連の儀式をまじめに守る」
とあります。
このリチェッタを提供したジェッピことジュゼッペも、ネラノ風パスタのマエストロで、子供の頃からこの料理を食べているそうです。
ジュゼッペGiuseppeのニックネームがジェッピGeppyなのか!

後書きの解説には、この料理は1950年代初めに有名だったシリニャーノのプリンチペ、プペット・カラヴィータのために考え出された・・・。
とあります。

???ですよね。
プリンチペ?直訳すれば王子?
何やら、この王子がある晩ネラノにヨットでやってきた。
ネラノというのはアマルフィとカプリ島の間にあるビーチで知られる村。



ところがその時、王子が訪れたリストランテ・マリア・グラツィアには、畑のズッキーニとカチョカヴァッロなどのチーズの残りしかなかった。
そこでこれらを使って作り出し、今や世界中に広まったのがこのパスタ、だそうです。

まずはシリニャーノのプリンチペ。
プリンチペというのは王子という意味もありますが、公爵や伯爵のようなイタリアの爵位の一つ。
サンタンドレア・ディ・シリニャーノの観光局のこちらのページによると、シリニャーノのプリンチペという名称を受け継いできた貴族の最後の血筋が、ナポリの最後の貴族と言われているプペット・カラヴィータさん。
この人です。
純粋なナポリを象徴する人でした。

イタリアの王政は1946年に国民投票で廃止されているので、1950年代に活躍したというのは、没落貴族の遊び人だったという意味にもなりますねえ。
実際テレビによく出たり、自叙伝が売れたり、自動車レースに何度も勝って、知名度は高かったようです。
20世紀の一番有名なナポリ人と言う人もいます。

シリニャーノはナポリの東にある海のない町で、決して豊かではなく20世紀にはこの町から大量の移民がアメリカ、特にサンフランシスコ、フランス、スイス、ドイツに渡ったそうです。

シリニャーノとパラッツォ・カラヴィータ



ナポリ近郊の村で領主様ということは、村の社交の主役で文化の中心で村の誇りだったのですね。
戦後の厳しい時代に派手に遊ぶお殿様は、輝いて見えたかも。
彼が所望して、ありあわせのもので作ったパスタ(ネラノ風スパゲッティ)をジェッピのリチェッタでどうぞ。

ネラノ風パスタ、ジェッピ風Vermicelli alla nerano di Geppy
材料/4人分
 ヴェルミチェッリ・・400g
 ズッキーニ(サン・パスクアーレ種)・・1.5kg
 おろしたパルミジャーノ・・100g
 おろしたプロヴォローネ・・50g 
 バター・・50g
 揚げ油用EVオリーブオイル
 フレッシュのバジリコ
 粗挽き黒こしょう

・ズッキーニを薄い輪切りにして揚げる。
・冷めたらちぎったバジリコ数枚とバターを加える。
・パスタをアルデンテゆでる。
・パスタのゆで汁少々をズッキーニにかける。
・パスタの水気を切る。鍋にズッキーニ、パスタ、ズッキーニの順で入れてマンテカーレする。
・混ぜたチーズとパスタのゆで汁をかける。
・仕上げに挽きたてのしょうとバジリコを散らしてサーブする。

スパゲッティ・アッラ・ネラノ



ヘアバンドにサングラスのジェッピが印象的で読み始めたリチェッタでしたが、思いがけず面白い話でした。



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2019年4月12日金曜日

『クチーナ・ディ・ナポリ』のトマトソースのスパゲッティ

新着書籍のご案内です。

久しぶりにグイド・トンマージの地方料理シリーズの、新作が出ました。
今回はナポリです。
相変わらず空気感がいいんだなあ、このシリーズ。

料理の背景に地元の人たちがちょいちょい写り込んでるという、このシリーズの得意の手法は、今回も絶好調。
まずは表紙の写真、見てください。


ちょっと前に映画『l'oro di Napoli』の動画をこのブログでも紹介したばかりだったので、すぐに思い浮かびましたよ。
女性の胸の谷間があらわになっちゃう、このゆるゆるのワンピース姿。
谷間を見ただけで、自動的に顔はソフィア・ローレンの揚げピッツァ屋の女将さんで補完されていました。


もしナポリの黄金のソフィア・ローレンがパスタをサーブしたら、まさにこの表紙の姿の通りになったはず。
これこそが世界共通のナポリの女性像。

そして2番めに目が行くのは、料理。
どう見てもシンプルなトマトソースのスパゲッティです。
リチェッタは本のP.38にあります。

トマトソースのパスタは、ナポリが、いえイタリアが世界に誇る食べ物。
この本には、
SPAGHETTI AL POMODORO
SPAGHETTTI CON I POMODORI CRUDI
SCARPARIELLO
の3種類のトマトソースのパスタが載っています。

シンプルなトマトソースに3種類ものバリエーション。
最初の2品は、生のトマトが出回る夏の時期と、瓶詰めや干しトマトを使う冬のトマトソース。
季節によってトマトを使い分ける、トマトの産地ならではのこだわりのリチェッタです。

トマトの保存方法は品種によって最適な方法が違います。
ミニトマトの保存方法の一つ、干しトマト、ピエンノロ。
ポモドリーニ・デル・ヴェスビオを干したのがピエンノロ・デル・ヴェズビオ。


生トマトの代表格は、サン・マルツアーノ。


3品目のスカルパリエッロは、本によると、ナポリのスペイン人地区の靴屋の職人(スカルパーリ)が考え出したと語り継がれている料理。
手軽に作れて経済的で美味しいという、ナポリの庶民が生み出した1品。

手軽で経済的で美味しい料理、それはつまり、残り物を有効利用した料理です。
ベースの日曜日のご馳走のソースに、チーズを加えてボリュームアップ。
靴の代金をチーズで払う客もいたので靴屋にチーズはたっぷりあったんだそうです。
ホントかいな。

結局、いつものトマトソースの味をupさせる秘密は、ペコリーノでした。
ナポリのトマトソースにペコリーノを使う発想はなかったなあ。
缶詰のミニトマトを使うので、トマトの産地でない場所では一番現実的なリチェッタです。
パスタはショートパスタを使います。


基本のトマトソースの次は、プッタネスカ、カーチョ・エ・ウオヴァ、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ、ヴォンゴレと続いていきます。
それでもまだほんの冒頭です。
さすがはパスタの街。
ナポリ料理は面白いですねー。



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2019年4月8日月曜日

豚の脂身に職人技が詰まったグアンチャーレ

今日のお題はグアンチャーレ。

アマトリチャーナやカルボナーラには欠かせない、豚の頬肉と喉肉を塩漬けにして熟成させたもの。

Guanciale at the market today

三角形に切りそろえた、中央に赤身の肉の層があるレンガ状の柔らかい脂身で、こしょうで薄く覆われています。
豚肉、こしょう、スパイスの風味が特徴。

代表的な産地のアマトリーチェが地震で被害を被って世界的に注目され、グアンチャーレの需要が増して生産が追いつかないほどになったため、一部のメーカーは、熟成期間を早めに終わらせた製品で対応したというから、なんとも皮肉な話です。

アマトリーチェのグアンチャーレメーカー


今回訳したのは『ガンベロ・ロッソ』の各種の製品をテイスティングして点数をつけるという記事。
さて、グアンチャーレはどんな点をどんな風に評価するのでしょうか。

今回1位になったのは、同点で3点でした。
その中の一つ、リミニのコッレマッジョーレというメーカーのもの。
www.collemaggiore.it
 ↓


自社で飼育した豚肉を使用、熟成は標高650mの丘陵地で130~150日。
味と香りのバランがよく、脂身は白くてかすかにピンク色。
香りは甘くて優しく、スパイスやワイン、カンティーナや煙突のスモーク香も感じられる。
ミルクやバター、生クリーム、ビスコッティ、トーストしたナッツの香りもある。
食べるとジューシーで口の中でとろける。
軽い辛味と脂のクリーミーさが感じられ、強くて持続する味。

豚の脂身の甘さを、こんなに豊富な言葉で例える時代がやって来ようとは、変わるもんだなあ。

トラディツィオーネ・グスト・パッシオーネ/1巻』で、

アマトリチャーナを紹介しているのは、サン・チェーザレのオステリア・ディ
サン・チェザーリオのシェフで、真っ赤なコック帽がトレードマークのアンナ・デンテシェフ(P.398)。シェフのwebページ
 

アマトリチャーナの女王と呼ばれている人です。

食材にこだわるのがこのシンプルな料理のポイント。
パスタは、トスカーナのピチによく似た地元のパスタ、コーダ・テゾーロ。
グアンチャーレはシンプルな味のもので熟成は中程度。
ペコリーノはラツィオ産のペコリーノ・ロマーノ。
トマトはコルバリーニかピエンノロ。
カンパーニア産でナンバー1と信頼しているもの。

・小さく切ったグアンチャーレを熱した鍋で炒め、ちぎった生唐辛子とローリエを加える。
・白ワインをかけてアルコール分を飛ばす。
・裏漉ししたトマトを加えて弱火で1.5~2時間煮る。
・パスタをゆでる。
・ソースから唐辛子とローリエを取り除き、パスタを入れる。
・おろしたペコリーノを加えてマンテカーレする。
・皿に盛り付けてペコリーノを散らす。最近では炒めて脂を溶かした後のグアンチャーレを散らすシェフも多い。


ソラマメとパンチェッタまたはグアンチャーレ
 

・グアンャーレ200gは皮を取って小角切りにする。
・小さく切ったトロペアの赤玉ねぎ1個と一緒にフライパンに入れてオリーブオイルを加える。
・さらにソラマメ、塩と水少々を加える。
・蓋をして10~15分煮る。
・仕上げに余分な水気を飛ばす。


アスパラガスとグアンチャーレのパスタ


・アスパラガス500gの軸の硬い部分は取り除いて穂先を切り離し、残った軸は15分蒸す。
・アスパラガスの軸と蒸し汁少々をミキサーにかけてクリーム状にし、保温する。残りの蒸し汁は取っておく。
・エシャロット1個のみじん切りをオリーブオイルでソッフリットにする。
・グアンチャーレ120~140gの小角切りを加える。
・脂身が溶けて透き通ったら生のアスパラガスの穂先を加えてソッフリットにする。
・塩・こしょうで調味する。
・アスパラガスのクリームを加えてなじませる。
・アルデンテになる2~3分前までゆでたパスタを加えて好みの硬さまで火を通す。必要ならパスタのゆで汁ではなくアスパラガスの蒸し汁を加える。

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“グアンチャーレ”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年1/2月号に載っています。
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2019年4月5日金曜日

プーリアのパンツェロッティ、ナポリのピッツァ・フリッタ

今月のスクオラ・ディ・クチーナ1品目は、パンツェロッティpanzerotti。
揚げ物のストリートフード。
ドルチェ、サラート共に様々なバージョンが、様々な地方で作られています。

揚げ物のストリートフードと言えばナポリ。
パンツェロッティの本家はプーリアという説が有力のようですが、これまで見てきたように、家庭料理がルーツのイタリア料理は、発祥地や考案者を特定するのはまず無理。
かっちり厳格に発祥地を決めようと思うと、底なし沼にハマって抜け出せなくなります。
ちなみに『クチーナ・イタリアーナ』の記事では、発祥地がナポリともプーリアとも書いておらず、地方によって様々なバリエーションがある、とお茶を濁しています。

ナポリではこの種のパンはピッツァ・フリッタと呼ばれていました。
プーリアとナポリでは、世に出ている情報量がぜんぜん違うので、
今回は、ナポリのエンツォ・コッチャの『ピッツァ・フリッタ』から、揚げピッツァにまつわる話を訳してみます。


“揚げる”について書かれたイタリアで最初の本は、1300年前後にナポリで出版されました。
著者は不明です。
19世紀初め、ヨーロッパ第3の都市になっていたナポリには、17軒の揚げ物屋があったそうです。
当時はオリーブオイルは高価だったのでラードで揚げていました。
20世紀初めになると、フリッジトーレ、パンツェロッターロ、ロスティッチェーラといった専門店が登場し、戦後も広まっていきます。
ビットリオ・デ・シーカ監督の映画、『L'oro di Napoli』(1954)で知られる貧しい庶民が8日のつけで買う、という意味の“oggi a otto”という言葉も生まれました。
この映画でのソフィア・ローレンは揚げピッツァ売りの女将さんです。


揚ピッツァのポイントは、油、時間、温度の3点。
揚げたピッツァにラードを取った後の豚肉やリコッタをのせたり、日曜日に作ったラグーの残りのトマトをのせて半分に折って食べていました。

揚げピッツァ作りのタブーを説明するエンツォ・コッチャシェフ


ナポリの人口の多さは揚げ物屋が生まれる大きな要因だけれど、オリーブの産地のプーリアでは揚げ油が豊富にあったとも考えられるし・・・。
プーリアでも、パンツェロッティは毎日の食事の残りやトマトとチーズの切れ端を詰めた庶民のピッツァ、として誕生したと語り継がれています。
ピッツァという言葉を使うと有無を言わさずナポリのものになりますが、パンツェロッティと呼ぶとプーリアのものになるという不思議な食べ物。
パンツェロッティが広まったのにはアメリカで広まったことが影響していそう。

ちなみに「総合解説」では北イタリアのヴァルテリーナ風のリチェッタも紹介しています。
前回のテーマ、ビットの産地です。
具には、もちろんビットとサボイキャベツが入っています。
ご当地の名物を入れれば、イタリア中どこでも名物パンツェロッティの出来上がり。

(プーリアの)パンツェロッティ




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“パンツェロットのバリエーション”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年1/2月号P.17に載っています。
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2019年4月3日水曜日

大量生産か伝統の固持かで2つに別れたチーズ

今日はビットの話。
仮想通貨じゃないです。イタリアのチーズです。

ビット


21世紀に造られているチーズとは思えないような、古~い伝統の香りがするチーズです。
チーズ作りは山の放牧地にいる夏の間のみで、熟成は最低70日から10年。

この、メイド・イン・イタリーの食材の中でもマイナーなチーズが、過去20年に渡って、一悶着あったなんて、知りませんでした。
サーレ・エ・ペペ』によると、スローフードに支援された歴史的ビット派と、ジェローラ・アルタとアルバレードというヴァルテッリーナの小さな地域の何世紀にも渡る伝統に忠実で時代と共に変化してきた製法をとる飼育農家の間で、対立が起きていたのだそうです。
伝統と時代の変化というテーマを、このところのブログでは取り上げてきましたが、この問題は、イタリアでも深刻のようです。

古代ローマを侵略して一部がヴァルテッリーナの山奥に隠れ住んだガリア人(ケルト人)が伝えたと語り継がれているビット。
1001スペチャリタ』によると、ビットの語源はケルト語で永続する、という意味のbitu。

放牧やチーズ造りのエスパートの彼らが長期保存を目的として造ったのがビットでした。
現在もガリア人の伝統を守って造られています。

歴史的ビット派は、昔ながらの製法を厳格に守るからこそ、あのビットの味は生まれるのだと信じています。
でも、現実的にはかなり厳しい話です。
ビット問題は結局、歴史的ビット派がDOPから抜けてチーズの名前もストリコ・リベッレStorico Ribelleと変えるということで決着したようです。

下の動画によると、放牧地の草だけでなく飼料を与えてもよい、人口のレンネットを添加してもよい、などのDOPの規定への拒否反応が原因のようです。
部外者の素人には、何のことだかわからないような点でも、大問題だったのです。
チーズが世界中に広まれば、部外者の素人はもっと増えて、伝統を多少変えてでも時代にあった作り方をするべきだという声が大きくなるでしょう。
大量生産を拒否して先祖代々の製法を守る、という決意は、相当なものだと想像できますが、伝統の製品を作っていて同様の決断を下す人がどれだけいるでしょうか。
イタリア人の伝統を守るという気持ちは、ほんと半端じゃない。


15軒の生産者が管理組合から分離したのが2006年。
熟成に最長で10年かける2006年のチーズが出来上がるのは、2016年。
伝統に忠実な頑固な造り手たちが、プライドをかけて造ったチーズが出回るのは、もうそろそろでしょうか。

10年ものビットのカット。


歴史的な製法を守るために、地元の団体から分離して新しいブランドを名乗るというスローフードの試みは今後、どうなっていくのでしょうか。

ビットと言えばピッツォッケリ。
来月の「総合解説」にはピッツォッケリの記事も登場します。



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“ビット”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年1/2月号P.35に載っています。
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