2019年8月16日金曜日

プーリア料理は美味しいけど聞いたことないものばかり。今日はルスティコ・レッチェーゼ

今日の料理はルスティコ・レッチェーゼ。
レッチェーゼと言うからには、レッチェの料理ということはよくわかります。
レッチェって、どこにあったっけ。
そうだ、プーリアです。
実は初めてレッチェに行った時、素晴らしいバロック建築や、バールやカフェやパン屋やロスティチェリーアと、どこで食べてもスーパー美味しい食べ物に大感激したくせに、数年後には、話題に登ることが全く無くて、すっかり忘れているという残念なくらいのマイナーさ。
ルスティコ・レッチェーゼも、聞いたことないなあ。


南のフィレンツェと呼ばれているんですね。

「総合解説」の記事は『サーレ・エ・ぺぺ』からですが、
なんとこの記事、
「ルスティコはサレント半島のストリートフードの王様だが、プーリア以外では、いやプーリアでもサレント半島以外ではあまり知られていない・・・」
と、いう自虐ネタで始まります。
レッチェではどのバールやパスティッチェリーアでも売っているそうですが、私は食べた記憶は・・・ない。

レストランのメニューには滅多にないそうですよ。
あくまでもストリートフード。

見た目はヴォロヴァンのよう。
詰め物にはトマトとモッツァレッラにベシャメルを加えます。
どう考えてもフランス風。

ナポリ料理の時にさんざん登場した、ブルボン王朝の影響です。
南イタリアは両シチリア王国(首都はナポリ)の領土でしたから、プーリアにもモンズー(貴族に仕えるムッシューことフランス人料理人)がいたのです。
フランスの貴族料理が南イタリアの庶民の料理と結びついて生まれた料理です。

ルスティコ・レッチェーゼのお勧めの店の一つ、ロスティッチェリーア・モスカータ


もう1軒、カフェ・アルヴィーノ。

パ、パラダイスだ~。





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“ルスティコ・レッチェーゼ”のリチェッタとショップガイドは「総合解説」2017年7/8月号P.25に載っています。
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2019年8月14日水曜日

サルデーニャのビーチでカボチャのスキアッチャータ、コッコイ・エ・コルコリーガを

夏になると海、ですよね。
ヨーロッパには、ブルーフラッグビーチというビーチの格付けがあります。
イタリア語ではバンディエラ・ブルーBandiera blueと言います。
世界40カ国以上で実施されている30年前から続くシステム。
2017年は342箇所のビーチが選ばれました。
当時日本のビーチは皆無でしたが、今は4箇所が選ばれているそうです。

水質だけでなく、サービスの質も評価されます。
人手が入りにくい、アクセスが困難な場所にあるビーチが多いです。
今月の「総合解説」で紹介しているのも、初めて聞いた名前の場所ばかり。

さあ、それでは行った気になれる動画をどうぞ。
まずはサルデーニャのカーラ・ゴロリッツェCala Goloritzé。

次はプーリアのヴィニャノティカ湾。

最後はカラブリアのバイア・ディ・アルコマーニョ。

どこも、周囲の自然と合わせて素晴らしいビーチですね。

さらに、「総合解説」で紹介しているビーチの名物は、ビーチで食べたら美味しそうなものばかり。

まずはサルデーニャの野菜のスキアッチャータ、“コッコイ・エ・コルコリーガcoccoi e corcoriga”

粗くおろした野菜と小麦粉を混ぜて平らに広げて焼きます。
カボチャとズッキーニ入りのお好み焼きみたいですね。
子供の頃、プールに行った帰りに食べた干しエビのお好み焼きが、まさにこんな薄焼きで、四角く切ったのを新聞紙で巻いてあったっけ。
見ただけで夏の思い出が蘇ってくるなあ。
サルデーニャ版はオーブンで焼くのがヨーロッパ的。

この動画のリチェッタは、
小麦粉・・240g
玉ねぎ・・1個
トマト・・1個
にんじん・・小3本
カボチヤ・・1/4個
ズッキーニ・・2本
オリーブオイル・・大さじ4
塩・・小さじ3

野菜と油・塩をよく混ぜて小麦粉でつなぎ、
オーブンシートで覆った天板に広げて平らにしたら
200℃のオーブンで20分焼きます。
冷めて固まったらカットします。

コッコイとはサルデーニャの装飾的なパーネ・ドゥーロの生地のパンのことですが、この料理のようなスキアッチャータもコッコイと呼ぶのですね。
コルコリーガはカボチャやズッキーニなどウリ科の野菜のこと。

プーリアのビーチの料理として紹介していたのは、おなじみ、白インゲンとムール貝のブルスケッタ。
ムール貝のブルスケッタという発想、なかったな。

白インゲンとムール貝の場合、
・にんにく2かけをEVオリーブオイルでソッフリットにし、トマトソース大さじ2を加えます。
・にんじんとセロリ各1片といんげん豆の汁少々を加えて煮詰めます。
・イタリアンパセリのみじん切りと粉唐辛子少々を加えます。
・カンネッリーニ(白インゲン)大さじ6~7を加えてなじませます。
・ムール貝20~25個を加え、蓋をして熱して貝の口を開けます。
・にんじんとセロリを取り除いてパンにのせてサーブします。

一度でいいからビーチで食べてみたい。


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“ビーチの名物”のリチェッタは「総合解説」2017年7/8月号P.22に載っています。
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2019年8月12日月曜日

タリアータとメイラード反応とフロッラトゥーラ

今日のお題はタリアータtagliataです。
「総合解説」2017年7/8月号P.18を御覧ください。
これらの美味しそうな料理の元は、牛のサーロインです。
表面の焦げた焼き色は、メイラード反応のお手本のよう。
香ばしい香りが伝わってきそうです。
スライスすると、ジューシーなアルサングレの赤身肉がぷるぷる現れて、なんて素敵な光景でしょう。
暑くて食欲がなくても、こんな料理を見ると元気が湧いてきます。

サーロインはイタリア語ではコントロフィレットcontrofiletto。
アル・サングエal sangueはレアのイタリア語。

料理学校に通ったことのない私が、メイラード反応Maillard reactionというものを知ったのは、カルロ・クラッコシェフの本、『ディーレ・ファーレ・ブラザーレ』でした。

この本は、料理の基本テクニックについて語った本です。
“焼く”についての考察の中で、メイラード反応についてじっくり語られています。
料理の基本中の基本で、学校では必ず教わるのでしょうが、私はこの本を読むまで知りませんでした。
それ以来、私の中ではメイラード反応を教えてくれた人はクラッコシェフです。

美味しいタリアータを作るには、メイラード反応の知識は不可欠。
でも、記事によると、もっと大切なのが肉を熟成させることだそうです。
家庭の冷蔵庫では限界がある肉の熟成。
調理以上にプロの仕事。
 ↓

30日と60日熟成させた肉
 ↓

美味しいタリアータ作りは、熟成のうまい肉屋を探すことから始まるのでした。
肉が手に入ったら、肉本来の味とジューシーさを引き出すように調理します。
「総合解説」には4点のリチェッタをのせています。



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“タリアータ”のリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年7/8月号に載っています。
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2019年8月9日金曜日

イタリア料理の大きな魅力、個性豊かな地方料理

「総合解説」の話に戻ります。
“『クチーナ・イタリアーナ』のリチェッタ”P.6~は、地方料理のリチェッタを中心にピックアップしました。
イタリア料理の大きな魅力の一つ、地方料理の世界を楽しめます。

最初の1品は“トスカーナ風クロスティーニ”。
パーネ・トスカーノは、手に入りやすい食パンで代用します。
イタリアでも、トスカーナ以外ではトスカーナのパンは手に入れにくいんですね。
パンは代用しても、脾臓は代用しないのでした。
イタリア語ではミルツァmilzaと、消化器系内臓とは思えない素敵な名前。
ちなみにバレルモ名物のパーネ・カ・メウザは脾臓のパニーノのこと。
つまり脾臓はメウザ。

私はフィレンツェに行くまで脾臓なんて、見たことも聞いたことも、当然食べたこともありませんでしたよ。
それどころか、鶏のレバーのクロスティーニも知らなかったなー(遠い目)。
内蔵をパンにのせたりはさんだりする食べ方は、考えてみると、すべてフィレンツェで初体験しましたねー。
その後、パレルモでも内臓のパニーノまみれになりましたが、フィレンツェの内臓料理は、とても食べやすかった気がします。


脾臓は子牛のものを使います。


次の地方料理はパッサテッリ。
とても個性的なプリーモで、エミリア・ロマーニャやマルケの農民料理のミネストラ。

次は、グラノ・アルソのシャラティエッリ。
グラノ・アルソはプーリアの名物ですね。
刈り株を焼いた後の畑で集めた小麦のこと。
貧しい農民の中でもさらに貧しい人々の食料でした。
現代では、小麦をトーストして人工的にスモーク香とほろ苦さを加えています。
記事にはそば粉でも代用できると書いてありました。

グラノ・アルソのパスタはプーリアを旅すればかなりの確率で出会うはず。
私はなんの知識もなかったので、色が黒い、程度の印象しか覚えていません。
もったいなかったなあ。
一方、シャラティエッリはカンパーニア生まれの歴史の短いパスタ。
この人のおかげで国際的に有名になりました。
 ↓

南イタリアのレストランや食文化を紹介する素晴らしい本、『トラディツィオーネ・グスト・パッシオーネ2

によると、シャラーレscialareはナポリの方言でたっぷりという意味。
伝統的なリチェッタは、小麦粉、卵、水のパスタですが、
地元アマルフィ海岸のサンタガタ・スイ・ドゥエ・ゴルフィのリストランテ・ロ・ストゥッツィキーノでは、シェフの父親が、水の代わりに牛乳を使ってリッチ(ある意味たっぷり)なパスタにしていたそうです。
牛乳入りパスタのリチェッタは本のP.168に載っています。
よく知られているのとは違う説です。
ちなみに、シェフのパオロはドン・アルフォンソで長く働いていました。
この町の山上にある修道院は、2つの湾を見渡せる眺望で有名ですが、歩いてしか行けないので、登って降りてくると、お腹が空いてストゥッツィキーノ(軽食)が欲しくなる、というので店の名前を決めたのだそうです。
親子でダシャレ好き?

こんなアマルフィのパスタも、グラノ・アルソを使うとプーリアのパスタになっちゃいますね。

最後にオリジナルのリチェッタから、グリーンピースのコロッケのいちごのマヨネーズ添え。
マヨネーズにイチゴが入ると、魔法のようなピンク色のソースになります。
とても小さく丸めたグリーンピースのコロッケもかわいい。
写真は「総合解説」のページにあります。

イタリアの旅は美味しい料理と出会う旅。
どの料理にも人それぞれの楽しい思い出が・・・。




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“『クチーナ・イタリアーナ』のリチェッタ”は、「総合解説」2017年7/8月号P.6に載っています。
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2019年8月7日水曜日

ナポリ料理が地方料理からイタリアを代表する料理になったのはある意味フランス料理に似ていたから

新着本のご案内です。

ルチアーノ・ピーニャターロ著『リチェッテ・ディ・ナポリ』です。


ルチアーノ・ピーニャターロさんはナポリの“イル・マッティーノ”という新聞の記者。
ヴェロネッリ賞を受賞したこともある有能なジャーナリストで、ナポリ、及び南伊の食とワインに造詣が深く、レストランやワインの格付け本の編集にも携わっています。
現代のナポリ料理を語るには、ぴったりの人。

“Napoli e cibo”と題されたこの本の前書きは、ジャーナリストらしい、こんな話で始まります。
「地方料理の集合体のイタリア料理は、ナポリ無しでは存在しない。
ナポリの食は、トスカーナの言葉、ピエモンテの政治統一、ミラノの経済のようなものだ」
その後の文章には、かつてはパリに次いで世界最大の都市だったナポリ、という言葉が度々登場します。
「大都市のナポリにはバリエーション豊かな食文化が花開き、貧しい庶民のために食べてすぐお腹が一杯になるパスタや、モンズーが作るフランスからの豪華でバロックな料理が生まれた。
ナポリのモンズー料理は、肉の代わりにマカロニと野菜を駆使した。
味の専門家の職人が作る肉体労働者のためのストリートフードも広まった。
家庭料理が家庭から外に出るとガストロノミー(美食学)が生まれる。
美食学は特定の分野に秀でた料理人のグループを生み出し、リチェッタを集める評論家を生んだ。
田舎で親から子へと口伝で伝えられていたリチェッタを、集めて文書にする必要が生まれたのだ。
ナポリ料理は、フランス料理と同じく、優秀な料理なのだった」

地方が発展して労働者階級が生まれると、地方の家庭料理が大都市の料理になります。
家庭の母親から専門知識を持った料理人へと食文化の担い手が変わり、ガストロノミーが誕生します。
なるほどです。
しかも、貴族料理が存在したナポリ。
両シチリア王国の支配者、ブルボン家の貴族料理を担ったのが、その料理人たち、モンズーです。
ナポリ料理とフランス料理の類似性を、これほどズバリと指摘されると、今までなんでそう考えなかったのか、逆に不思議になりますねー。
余談ですが、ブルボン朝が成立した時の財力は、カテリーナ・デ・メディチがイタリアから持ってきたメディチ家の財産に支えられていたそうです。
因果はめぐりますねー。

前書きはまだ続くのですが、面白いですよー。
ほとんどのリチェッタは、提供元のレストランのシェフの名前つき。
リチェッタはとてもシンプルで読みやすいです。
約650品収録と、とても分厚い本ですが、写真は一切ありません。

ナポリ料理の本をチェックする時はトマトソースのパスタのリチェッタを見るのですが、
ナポリといえばピエンノロのトマトのスパゲッティ。
この本で紹介しているのはピエンノロ2010の受賞者のリチェッタだそうです。
さらに、昔と今の2種類のリチェッタをのせています。
どこが違うかというと、パスタのゆで方。
昔のやり方でゆでている人の中には現代風のやり方には異論もあるだろう、と書いてありますねー。
これも参考になりました。
ガラ系からスマホに切り替えられない昭和世代、て感じでしょうか。
パスタのゆで方も、昭和世代はそろそろついていけなくなるかも。
現代の"passive"(受動的)なゆで方。

さらに詳細に

専門知識を追求する職人の集団が美食学を担い、親から子へと口伝で受け継がれた家庭料理でないイタリア料理が生まれるのでした。




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総合解説
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2019年8月5日月曜日

トマトソースのスパゲッティはバロックだ。

今月の「総合解説」を訳していて、一番印象に残った言葉は、
前回にもちらっと出てきましたが、『サーレ・エ・ペペ』編集長の記事に登場した名言です。

「私たちは食べたものでできている。
つまりイタリア人はトマトソースのパスタでできているのだ」

こう言い切れるには、どれだけトマトソースのパスタを食べてきたんだろうなあ。
多分、ほぼ毎日でしょうねえ。

編集長のエッセイは、あるイタリア人の作家が、トマトソースのスパゲッティを
“バロックだ”と語ったというエピソードも紹介しています。

黒川記章が奥様の若尾文子の美しさを、「バロックのような人だ」と例えたというのは有名な話。
バロックとは何かというのはとてもむずかしい話ですが、この話を知って以来、私は、バロックというのは癖のある美を言い表す言葉だと、単純に信じ切っていました。

トマトソースのスパゲッティはバロックだ。by ピエロ・キアラ。

残念ながらピエロ・キアラさんのことは何も知りませんが、トマトソースのスパゲッティがバロックだという発想の裏を考えた時、美しさ、いびつさという表面的なこと以上の意味がこの言葉には込められているのかも、ということに初めて気が付きましたよ~。
料理雑誌の編集長にイタリア人はトマトソースのパスタでできている、と言わせ、言葉のプロの作家にバロックだと言わせるトマトソースのパスタ、もちろん、シェフたちも様々なトマトソースを考え出してきました。
編集長は、様々なシェフの料理を引用していますが、最初に揚げているのがカルロ・クラッコシェフがその本『クールにしたいならエシャロットを使う』で赤裸々に語ったトマトソース。

昔、このブログでも紹介ししていました。こちら
考えてみると、イタリア人にとってトマトソースのパスタを語るということは、母親や子供時代を語ることにほかならないようで、それぞれが、最大限の評価と愛情を捧げているのがひしひしと伝わってきます。

さらに、常に新しいリチェッタを考えているシェフたちの間で、最近ではあこちで見かけるのが“acuqa di pomodoro”。
ハインツ・ベックシェフはトマトをミキサーにかけて漉して取った水、トマト水でパスタをゆでるんだそうです。

トマト水の作り方は人それぞれですが、トマトをミキサーにかけて漉すのが一般的。


編集長にとってのトマトソースのパスタは、母親が作る家庭の味だそうです。
クラッコシェフを始めとする多くのイタリア人に共通のイメージなんでしょうね。

「総合解説」にリチェッタが載っている“スパゲッティ・ピッツァ・マルゲリータ”は、コンバル・プント・ゼロのダヴィデ・スカヴィンシェフの1品。
革命的なリチェッタを集めた本、『パスタ・レボリューション』にも載っています。


かなりクセのありそうなシェフですが、
最近ではスパゲッティ・ピッツァ・マルゲリータの名前を目にすることも増えてきました。

夏の“編集長のメニュー”は、
“トマトソースのパスタ”、
“進化系パンツァネッラ”、
“チェリーモッツァレッラのマリネ”、
“ミニレモンスフレ”、
と続く、暑い季節の、家庭の思い出も感じられる都会向きのメニューでした。



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“編集長のメニュー”の日本語訳は、「総合解説」2017年7/8月号P.3に載っています。
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2019年8月2日金曜日

ナポリの赤い金ことトマトは、やばすぎる火山に挟まれた火山の落とし子でした

夏の食材の続きです。
「総合解説」P.2を御覧ください。

まずはポモドリーノ・デル・ピエンノロ・デル・ヴェズヴィオ。

7月に収穫して、こうして干すと6~7ヶ月保存できます。
何度見ても飽きないなあ。

イタリア料理の基本中の基本、トマトソースのパスタですが、これにはいくつかバリエーションがあります。

以前、ナポリ料理のお勧め本、『クチーナ・ディ・ナポリ

を紹介したときにも触れました。こちら

トマトソースの基本その1は、生トマトで作るトマトソース。
バリエーションその1は、生のトマトが出回らない季節、つまり夏以外の、干しトマトや瓶詰めトマトで作るトマトソース。

このバリエーションその1の中でも、地元にどれだけ近いかによって、手に入るトマトが違います。
ほぼ地元でのみ作ることができるのが、このポモドリーノ・デル・ピエンノロ・デル・ヴェズヴィオのトマトソース。

今月の「総合解説」P.3の記事、“編集長のメニュー”は、『サーレ・エ・ぺぺ』の編集長のエッセイを交えた料理の記事ですが、今月は、トマトソースへの考察から始まりました。

「・・・私たちは食べたものでできている。
つまり、イタリア人はトマトソースのパスタでできているのだ」

さらに言えば、ナポリ人の何%かは、この干しトマトのソースのパスタでできている訳です。
地元ではとても人気のあるトマトですが、地元以外では殆ど知られていません。

このトマトは、ヴェズヴィオ山麓の火山性土壌でのみ路地栽培されています。
春に種を巻いて7~8月に熟します。
6月20日から8月31日の間に手作業で房ごと収穫して、冬~春まで、温度と湿度が適切な場所に吊るして干します。

ピエンノロは房という意味。
トマトはポモドリーニ・デル・ヴェズヴィオ
ヴェズヴィオ山はヨーロッパで一番危険な火山と言われています。
ナポリは西に、カンピ・フレグレイという超巨大火山もあります。

スーパー火山、カンピフレグレイ、怖すぎる。
山じゃなくてカルデラ。


1001スペチャリタ』によると、

火山性土壌はカリウムや微量元素を豊富に含む豊かな土壌で、上質なフルーツや野菜ができるのだそうです。
野菜の代表がトマトです。
ヴェズヴィオの火山性土壌は、山から麓を通って海まで続いています。

ひょっとしてナポリって超危険な火山2つに挟まれた、超やばい場所なのでは。



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“今月の食材”は「総合解説」2017年7/8月号P.2に載ってています。
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2019年7月31日水曜日

夏の食材

イタリアの料理雑誌の記事やリチェッタを日本語に訳した「総合解説」2017年7/8月号は明日発売です。
夏号です。
イタリア料理の本領が発揮される季節です。

今月の食材、1品目は、ガルファニャーナのファッロ。

以前、ブログでも取り上げています。こちらこちらこちら
毎回、スペルト小麦ではなくエンマー小麦、という説明をしている気がします。
もう、この説明はいらないかな。


ファッロはトスカーナの伝統料理には欠かせない食材。
IGPのファッロはEU内ではガルファニャーナだけ。
管理組合の農家は約100軒。
有機栽培しています。
ガルファニャーナのファッロの特徴は大粒で煮崩れしにくく、食物繊維が豊富。

ファッロのズッパ

2つ目の食材はブッラータのストラッチャテッラ。
ブッラータの中身です。
ブッラータはモッツァレッラの袋にストラッチャテッラを詰めたもの。
つまりストラッチャテッラは、ブッラータの本体です。
アンドリアのブッラータ。



アンドリアのブッラータは他のブッラータとは全く別物で、ストラッチャテッラを食べている感が強いブッラータです。

ブッラータとストラッチャテッラ

旬は牛が新鮮な飼料を食べてミルクの香りが良くなる春と夏。

3番めはサウリスの生ハム。
フリウリの、蜂蜜やビールに合う、ブナの木のスモーク香が特徴で塩気が軽い、ドイツ系生ハム。
高地の生ハムは少ない塩分でも保存できることから“甘い”のが特徴です。
でも、流通量が少ないので、なかなか口にはできない貴重な生ハム。

サウリスの生ハムの収穫祭は7月。
サウリスの7月。

ちょっと涼みに飛んでいきたい。

後半は次回に。

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“今月の食材”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年7/8月号P.2に載っています。
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2019年7月29日月曜日

ヌーベルキュイジーヌは高級料理を庶民に開放したけど階級格差も生まれて革命が・・・

『パスタ・レボリューション』
を紹介する時は、いつも前半のパスタの歴史の話にハマってしまって、後半の有名シェフたちのリチェッタを紹介する所までたどり着きません。
一流シェフたちのパスタのリチェッタも、力作ばかりでとても興味深いのですが。
今月の「総合解説」で取り上げているシェフ、アンドレア・ベルトン氏の紹介がてら、この本で取り上げている彼のパスタのリチェッタでも、訳してみましょうかね。
ちなみに、本の最後のリチェッタ(P.152)は、マリアンナ・ヴィターレシェフの料理、プッタネスカ・ラーメン。
最近では、イタリア人シェフにもラーメンに出会った人が大勢いるようで、料理書の中にもラーメンという文字を頻々に見かけるようになりました。
でも、正当派ラーメンを作る人はまったくいなくて、パスタが全面に出ることが多いようです。
このリチェッタもナポリのプッタネスカに忠実で、日本人にはちょっと作り出せないようなラーメンです。

ベルトンシェフの話に戻って、
まずは、「総合解説」の『サーレ・エ・ぺぺ』の記事から、ベルトンシェフのこと。
1970年フリウリ生まれ。
1989年にミラノのマルケージシェフの元でキャリアをスタート。

ベルトンさんがマルケージ氏に面接を直談判した時のエピソードは、強烈ですねー。
19歳でこれだけ自己主張したら、日本では敬遠されるだろうけど、イタリアのトップシェフには気に入られたようです。
というわけで、マルケージ・ボーイズの一員としてデビューしました。


当時の同僚は、クラッコ、クナム、オルダーニ、ロプリオーレといった豪華な面々。

その後の経歴も、まあ、素晴らしいこと。
ロンドンのモシマン、フィレンツェのピンキオッリ、モンテカルロのデュカスと一流店を渡り歩いた後に1997年から2001年までシェフを努めた店で、最初のミシュランの星を獲得。
その後マルケージに戻って総料理長になり、
2005年にはスカラ座広場のリスランテのシェフになって、
2008年にミシュラン1つ星、
2009年に2つめの星を獲得。
2010年にはガンベロ・ロッソでトレ・フォルケッテ、
2011年にはエスプレッソでトレ・カッペッリ。
2012年にはピサッコ・リストランテ・エ・バールオープン
2013年、カクテル&ピッツァ、ミラノにリストランテ・ベルトンオープン
2014年、ベルトンが星獲得。
2016年、コモ湖畔にベルトン・アル・ラーゴオープン・・・。

ため息が出そうなくらい順風満帆なキャリアですね。
10代でのビッグマウスぶりも納得です。


さて、『パスタ・レボリューション』によると、
「・・・アンドレア・ベルトンシェフが乾麺のパスタへの愛に目覚めたのは比較的最近のこと。
それまではミラノのベルトンでは米や詰め物入り生パスタが主流だったそうですが、乾麺の魅力に気づいて以来、それをアルタ・クチーナに取り入れる研究を始めました。
その成果の一つが貝のパスタです。
イタリア料理の定番の一つですが、貝の扱い方を知らなければ失敗するパスタです」

本のリチェッタは、“アサリとムール貝、イタリアンパセリのクリームのリガトーニ”です。
ベルトンシェフは、むき身のムール貝とアサリとファゾラーリを選びました。
さらに魚のブロードとピーナッツ油を加えてホイップした魚のマヨネーズ(濃度がマヨネーズ状なのでシェフはこう呼んでいるが、卵は入らない)、下ゆでしたイタリアンパセリ、魚のフメット、マルドンの塩をサーモミックスで撹拌したイタリアンパセリのクリームを添え、
仕上げにポロネギの粉(さっとゆでてからフライパンでローストし、70℃のオーブンで10時間乾燥させてサーモミックスで撹拌して粉にする)を散らして貝を戸外でグリルしたような料理にしている。
リガトーニはゆでてから、パンを70℃で4時間乾燥させてにんにくをこすりつけ、サーモミックスで粉にしたパン粉、魚のフメットと一緒にオイルで炒める。
イタリアンパセリのクリームを皿に敷き、パスタを盛り付けてポロネギの粉を散らし、貝をのせる。
イタリアンパセリのマヨネーズの緑色とファゾラーリのコライユの赤色がとても鮮やかな1品です。
料理の写真は本のP.81を御覧ください。

よく似た応用編のパスタの動画がありました。

彼以外にも、大抵の有名シェフの力作が集められています。

パスタの革命は、グランシェフたちがアルタ・クチーナと出会って始まったというスタンスのこの本。
アラブ人が作り出した乾麺がシチリアを経由してナポリという大都市で大量生産されて、イタリア移民と共に家庭の味として世界中に広まり、ヌーベルキュイジーヌによって地方料理という足かせが外れると、料理人が自由にパスタ料理を作るようになり、それに伴ってパスタも自由になりました。
ラーメンも取り込もうとしているパスタの勢いは、まさに革命のよう。

本の中でさらっと紹介されているバリラの1985年のCM、その名も『上流階級』をどうぞ。
庶民派で知られるフェリーニ監督のCMです。
高級そうなフレンチの店で、メートルがフランス語のお勧め料理を慇懃に並べ立てるけど、マダムが「リガトーニ」、と一言ささやくと、店中がバリッラと反応しまうという、上流階級を強烈におちょくったCMです。


ベルトンシェフのリガトーニのアルタ・クチーナも、フェリーニ監督にかかれば強烈な皮肉の対象になるかも。
革命って、こういう階級格差への怒りから生まれるのかなあ、と考えてしまうCMでした。




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“アンドレア・ベルトン・シェフ”のリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年5/6月号に載っています。
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2019年7月26日金曜日

麺を乾かすこととそれをゆでることの発明は革命だった。

今日は、パスタの本の隠れた名作、『パスタ・レボリューション』のご案内です。

以前にもブログで紹介していますが(こちら)、パスタの歴史がとても面白いです。
どこを取っても面白いのですが、今日訳すのは、こんな話。

「17~18世紀までは、パスタは注目されていた食材ではあったが、あまり普及はしていなかった。
ナポリ人は肉も食べたが、野菜もたくさん食べることから、“mangia-foglieマンジャ・フォーリエ”と呼ばれていた。
ナポリ王国ができるとパスタは基本の食材になり、“primoプリーモ”と呼ばれるようになる。
中世、ルネサンス、現代を通じて、パスタは重要な食材で、現在でも外国で見られるような料理の付け合せではなく、主役だった。
これは18世紀以降のイタリアでのみ見られる習慣だ。
その普及には、肉食を禁じる日、という教会の掟の存在も一役買っていた。・・・」

「イタリアのパスタの文化は中世に生まれた。
そして新しい技術や小麦の品種改良などを経て新しいパスタが作り出されてきた。
その根底にはパスタに対する考え方の変化も伴っていた。」
パスタの革命はまず中東の、アラブとユダヤの文化圏で起きた。
イトリアと呼ばれた糸の形のパスタは、天日で素早く乾き、保存に適したものだった」

※この麺に関しては、最近入荷した本『100ラグー』に詳しい話があって、

以前ブログでも訳しています。(こちら)
トルコで大ヒットしたアラビア語の料理書(1226)に、世界で初めてパスタが登場し、それがイトリアというスパゲッティーニだったという話です。

「保存に適したパスタは大量に製造されるようになり、産業が生まれた。
1152年にシチリアのトラビアで発行された書類が、乾麺の交易に関する最初の公式文書と考えられている。
シチリアで大量に生産されたパスタは、船でイスラムやキリスト教の国に運ばれていった。

しかも最初はオーブンで焼いたり揚げたりしていたパスタを、ブロード、湯、牛乳などでゆでるようになった。
この調理方法は、薬や栄養学の概念も変えた。
非溶解性の食物を摂っていた人々に、熱いと冷たい、ジューシーとドライという反する概念を認識させ、干した食べ物を戻す、という方法が普及した。
こうしてパスタはシチリアからイタリア、そして世界を征服していく」

なんと、ゆでる前は揚げて食べていたんですねー。
干した麺を戻すという作業でさえ、革命的な発明だったとは、パスタの歴史は革命でできていたんですね。

パスタの乾燥


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2019年7月24日水曜日

アマルフィのカリスマ・パスティッチェーレはえげつないくらい大成功を収めていました

先日、ナポリ料理の本の紹介をしましたが、カンパーニアのドルチェの本でお勧めがあったなあと思い出し、久しぶりに見てみたら、ドルチェの本なのに料理のリェッタも載っていました。
この本、読めば読むほど好きになるなあ。

著者はサルヴァトーレ・デ・リーソ氏。
アマルフィの近くのミノーリで有名パスティッチェリーアを経営する南イタリアを代表するパスティッチェーレです。
本は、『ドルチ・デル・ソーレ

これまでにも度々取り上げてましたが、水着姿のお母さんの写真が印象的な本です。
このお母さんのアーモンドのクロスタータが彼のパスティチェリーア人生の原点だそうです。
とにかく、生い立ちも馴染みの職人も仲間も、すべてをさらけ出して伝えるアマルフィは、とても素敵な場所に見えます。

アマルフィのレモンは私には黄金、と語るデ・リーソ氏。
確かに、この皮が分厚くて甘いレモンとの出会いは、私にとっても衝撃的でした。
さらにカンパーニアのドルチェという衝撃的な出会いを経て、
カンパーニアのレモンのドルチェに出会ってしまうと、あっという間に虜になりますよ~。
mio oroと呼べる食材に出会えたパスティッチェーレは幸せですね。


大成功を収めて、現在は大きな工房を構えて世界中でビジネスをしているようです。
店もスーパーゴージャスになりましたねー。
彼の原点は料理上手だった母親と小さなバールを経営していた父親にあり、クオーコ・パスティッチェーレになるのが夢だった、と語っています。
南イタリアのパスティッチェーレの出世物語を見るような、躍進ぶり。
大勢のスタッフに囲まれて作るドルチェもすごそうですが、彼の真の姿は、本の中で語られている素朴なドルチェたちにあるはず、という気持ちも強くなります。

本で紹介されているフィンガーフードの一つ、じゃがいものニョッケッティは、
青のりとイースト入りの小さなニョッキを揚げて、にんじん、オレンジ、コリアンダーの各ジャムを添えてサーブします。
本には、グリーントマトとレモンを始めとして様々なジャムのリチェッタも載っています。
ピッツェッテ・フリッテは、サン・マルツァーノとブロンテのピスタチオのジャムとモッツァレッラ・ディ・ブファラのトッピング。
パッケリ・ディ・グラニャーノは、パッケリにリコッタと子牛のラグーを詰めて、セロリとオレンジのジャムをトッピングしたもの。
それを1個皿に盛り付けます。
料理の才能も満ち溢れていた人なんですね。

8月15日のフェッラゴストの料理、メランザーネ・アル・チョッコラート










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2019年7月22日月曜日

真夏にアルト・アディジェの山小屋でビールを飲むという贅沢

今月のグルメ旅は『サーレ・エ・ペペ』より、アルト・アディジェの山小屋めぐりです。

アルト・アディジェは、正直、南伊より縁がない場所です。
まして山小屋なんて、山道を登ってたどり着くイメージで、絶対行けない場所、と思うのですが、これだけ暑い日が続くと、標高1500メートルで放牧されている牛の鐘の音が響く静かな山小屋で、のんびりチーズでもかじっている姿を妄想したくもなります。

まずは山小屋のバカンスの動画でも見てイメージトレーニング。

知ってるイタリアとは、風景も人間も違いました。
「総合解説」で紹介しているマルガ・ハグネルはこんなところ。

スペックの色艶が・・・。
平地で食べるスペックとは味が違いそう。
『サーレ・エ・ペペ』の記事には、スペックについてこんな説明が・・・。
「地中海地域では冬に備えて肉を保存する時は塩漬けが一般的だが、北ヨーロッパでは、スモークが広まった。
塩漬けとスモークという2つの方法をミックスさせて生まれたのが、アルト・アディジェの食文化の象徴、スペックだ・・・」
南北の食文化の融合、これがスペックの自慢。

さらに、
「塩が少なめで、脂のない薪のスモークと、山の冷えた空気にさらして作るので、独特のアロマがある。」
という分析も。
地元では生ハムとメロンより、きゅうりやラディッシュと組み合わせて。板に盛り付けるそうです。

ここはどこのおとぎの国。
スペック祭りにやってきたイタリア人は、もはや外国人観光客状態。

ビール!!

夏休みが始まったようですが、標高1500mで避暑なんて夢物語だ~。




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“グルメガイド~アルト・アディジェの山小屋料理”の日本語訳は、「総合解説」2017年5/6月号P.48に載っています。
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2019年7月19日金曜日

暑くなるとナポリ料理が恋しくなるなあ

再入荷の本のご案内です。
ニュートン・クチーナ・レジョナーレシリーズのナポリと、

ニュートン・クチーナ・レジョナーレ・ドルチェシリーズのナポリが再入荷しました。

このシリーズは、写真は必要最低限しかなく、文字ばかりですが、読みやすさの追求にかけては他の豪華本にも負けていません。

ナポリ料理は、知れば知るほどイタリア料理の真髄ということがわかってきます。
しかもその料理は、その明快すぎるほどわかりやすく、気取りがなく、取っ付きやすさ抜群です。
イタリアでもロングセラーのニュートンの地方料理シリーズ。
イタリア料理を作るすべての人にお薦めです。

本に載っている料理は、最初の章“PIZZA,FRITTI E SFIZI”からは
“ダヌビオ”

“パニーノ・ナポレターノ”

“青のり入りパスタ・クレッシュータ”

“リコッタ・フリッタ”

など、ほんの一部を見ても、昔ながらの家庭の味が、ナポリでは決して古くならずに現役であることを感じます。
本では、次の章から前菜が始まります。
リチェッタの数は200以上と、ボリュームも十分。

南イタリア各地に広まっている料理が多いのもナポリ料理の特徴。
下の動画のズッキーニのスフォルマートはプーリア料理として紹介されてていますが、ナポリの本の前菜にも載っています。
“ズッキーニのスフォルマート”

ナポリ料理の動画を見てると楽しくなってきますねー。
最後にリモナータの動画で、口の中をさっぱりさせるか(!?)。




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2019年7月17日水曜日

マッシモ・ボットゥーラ・シェフの本には、ありきたりな料理は皆無

新着本のご案内です。

マッシモ・ボッットゥーラ・パルミジャーノ』です。

マッシモ・ボットゥーラシェフと言えば、今更語るまでもありませんが、モデナのオステリーア・フランチェスカーナのシェフで、各国の格付け誌で軒並み最高ランクの高評価を受けてイタリアを代表するシェフとなったカリスマシェフ。
母親はモデナ出身。
エミリア地方をルーツとするシェフが、イタリアを代表する故郷の食材、パルミジャーノ・レッジャーノをテーマに取り上げた、グランシェフの本の割にはお手頃価格の本です。
超有名シェフの料理がどんなものか知りたい人にお勧めです。


グランシェフの本というは、格調が高すぎて取っ付きにくいもの。
それはわかっていたのですが、ミシュラン3つ星を始めとする数々のマスコミの高評価に心が揺れて、この値段ならいいかと、仕入れてみました。
そしたらやっぱり・・・、とっつきにくいのでした(汗)。


オステリアの地方料理とは正反対の、独創的で個性的でトレンディーなボットゥーラシェフの料理は、とっつきにくいという理由で避けては通れないほど外国人を惹きつけているようです。

地元の食文化をリスペクトしながら伝統とは正反対の料理を作る、ということへの彼なりの答えのような料理書です。
簡単に理解できる料理は一つもありません。

この本の中で一番注目されている料理は“ヴァルパダナの霧”です。
この超抽象的な料理名。
凡人が理解できるはずなかったなあ。

そもそも、パルミジャーノ・レッジャーノについて、シェフは何を語るのでしょうか。

この本には、こんなエピソードが語られています。
彼は奥様がアメリカ人で、ニューヨーク在住。
ニューヨークで彼に出会った人が、彼がパルミジャーノを数キロ運んでいるのを見て、故郷がテーマの料理をつくるのですか、と訪ねたところ、いやいや、私や家族が食べるんですよ、という返事が帰ってきたそうです。

まあ、あまり深刻に構えすぎないことですな。
ちなみに同じシリーズで『マッシモ・ボットゥーラ・バルサミコ』という本もあります。 



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2019年7月15日月曜日

王女の名前をつけたシチリアのごまつきパン

“イタリアのパン”の話です。
今月のパンは、ビオーヴァとマファルデ。
南北の代表的日常のパンです。

ビオーヴァはピエモンテで一番有名なパンだそうで、トリノで生まれて電動こね機が普及した19~20世紀にかけて北イタリア全域に広まりました。
ミーカの一種という説もあります。
ミーカの小さいものがミケッタです。
ミケッタの語源については「総合解説」3/4月号に載っています。
小型のビオーヴァ、ビオヴェッタは具を挟むのに適していて、都会の労働者向きのパンでした。
スローライフの本場の時短パン。
大型のビオヴォーナは値段が安くて長期間もつという特徴があって家庭向きでした。
ピエモンテにパンのイメージはあまりないけど、実際には多様なパンがあります。
長期滞在していた人なら懐かしく感じるのだろうなあ。

巻いて押し潰してから半分に切る、独特の整形。

ピオヴェッタは具を挟むのに最適で、とろけるチーズとなすのグリルのにんにく、オイル、パセリのマリネなどが合います。

南のパンは、シチリアのマファルダです。
硬質小麦粉のごま付きパン。
これ、シチリアでやみつきになった人、多いはず。
独特のこの形は、とぐろを巻いた蛇のよう、とも形容します。
最後に尻尾を全体に巻き付けて、こんなふうに整形します。

すごくエキゾチックでシチリア的。
シチリアのストリートフードの象徴、パネッレやクロッケもマファルディーナでパニーノに。

そして焼く前、最後にまぶすのが、シチリアのパンの象徴で、地中海系アラブ料理のベース、ジュッジュレーナこと、ごまです。
マファルダはパレルモのパンとして知られていますが、カターニアのパン屋さんが、イタリア王ヴィットリオ・エマヌエーレ3世の娘、マファルダ・ディ・サヴォイアに捧げてつけた名前。
この名をつけたおかげでイタリア中に知名度が広がったのだそうです。
マファルダは世界大戦の時代に生きたお姫様で、ドイツ人貴族と結婚してナチスと関係の深い生涯でしたが、動画の多さから推測すると、イタリアの人々には愛されたようです。

やはり皇族の名前は、料理名の最終兵器ですね。

パンの本のお勧めは、スローフードのスクオラ・ディ・クチーナシリーズの、
『パーネ・ピッツェ・フォカッチェ』。
このシリーズには
『パスタ・フレスケ・エ・ニョッキ』と、『ドルチ・ダ・フォルノ』、『ビスコッティ・ピッコラ・パスティッチェリア』もあります。


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“イタリアのパン”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年5/6月号P.46~に載っています。
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2019年7月12日金曜日

あれこれ調べたのに、結局諸説ありすぎとわかったズッパ・イングレーゼ

今日は『クチーナ・イタリアーナ』のscuola di cucinaの記事から、ズッパ・イングレーゼです。

記事は、まず、この料理が広まったいきさつについて。

諸説あるようですが、今回紹介するのはトライフルという言葉が出てこないこんな話です。
そもそもは、1552年に、レッジョの大公がスペインとの紛争を解決するためにシエナを訪れた時の食事の席で、最後に出されたドルチェが、ふんわりした生地にリキュールとクリームをたっぷりかけた甘いズッパで、それ以来、シエナではこのデザートが大公のズッパZuppa di Ducaとして知られるようになった、というのが始まり。

1552年というと、イタリア戦争の時代です。
スペインとフランスのイタリアを巡る戦いにヨーロッパがまきこまれて、しっちゃかめっちゃかになっていた時代の後期です。

ズッパ・ディ・ドゥーカ。
これが19世紀にフィレンツェのカフェ・ドネイのスペチャリタとして有名になり、当時のフィレンツェの上流階級を形成していたアングロサクソン系の人々の間で人気になったことから、イギリス人のズッパ、ズッパ・イングレーゼという名で知られるようになりました。

カフェ・ドネイというのはフランス人亡命貴族のドネイさんがフィレンツェのトルナブオニ通りに開いたティーサロン。
当時の顧客はフィレンツェの上流階級、芸術家、政治家、作家など。
イギリス領事館が近くにあったので、フィレンツェに住むイギリス人のたまり場になっていました。
1986年に閉店しています。

エミリア・ロマーニャ生まれのドルチェとイギリス人の関係は、ちゃんと抑えた説です。

カフェ・ドネイのズッパ・イングレーゼのリチェッタは、スポンジ生地やサヴォイアルディによく似たパスタ・ペザータpasta pesataという生地を、小麦粉が入らないクリームとアルケルメスに浸す、というもの。
トスカーナ以外にも、ナポリ風、ローマ風、エミリア風などがあるのだそうです。
パルマではイギリス海軍に人気のラム酒に浸したズッパ・イングレーゼが広まったそうです。
様々なリチェッタのズッパ・イングレーゼが生まれて、各地のドルチェとして定着していきました。

かなりもっともらしいですが、
『1001スペチャリタ』にも、


もっともらしい説が載っています。
それによると、16世紀のフェッラーラのエステ家の外交官が、ロンドンから戻ってロンドンのトライフルの味が懐かしくなり、料理人にイタリアの食材でロンドンの味を再現させたもの、という説。

こちらはトライフルというキーワードが出てきますねー。
トライフルがルーツというのは最も多く信じられている説ですが、それにしても、かなり曖昧。

これだけ諸説あると、自分の説が正しい、と言い切れる人はあまりいないようで、ますます曖昧になっていきますが、イタリアのドルチェにはありがなパターン。
まあ、謎のままでも美味しければいいか。



アルケルメスは真紅ではなくバラ色だったんですね。



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“ズッパ・イングレーゼのバリエーション”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年5/6月号に載っています。
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2019年7月9日火曜日

卵が入らないフリッタータ?

さて、スパゲッティのフリッタータですが、まさかこの料理が、シチリアのアラブ料理やナポリのブルボン家の料理と繋がっていたとは、想像したこともなかったですねー。

シチリア王国とナポリ王国の貴族料理と農民料理が合体したもの、と考えると、残り物のスパゲッティに卵をからめて焼いただけの薄~いフリッタータはまだ農民料理の段階で、貴族料理の要素は皆無、という気がしてきました。
これは言うならば農民料理のフリッタータ。
アラブとブルボン家を感じる料理にするなら、できるだけゴージャスにしてみたいもの。
ちなみに、「総合解説」のリチェッタでは、スパゲッティ400gに卵大12個を加えます。
さらにカラブリア風なので間には唐辛子入りサラミ、ソップレッサータ、とろけるチーズのスカモルツァかカチョカヴァッロ、ゆで卵をはさみます。
フライパンから溢れ出そうなボリュームです。
フリッタータをオーブンで焼けば、裏返す必要がないのでフライパンで焼くよりもリッチな具にできるし、見た目も派手になります。

最後に、カラブリアの卵が入らない玉ねぎのフリッタータをどうぞ。
この場合のフリッタータは卵焼きではなく、フリッタータの卵にはつなぎの役割があります。
なのでつなぎを小麦粉と水の生地で代用すれば、卵が入らないフリッタータもありです。

ソースとマヨをかけて青のりを散らせばお好み焼きですね。

カラブリア料理の本、『サポーリ・ディ・カラブリア

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“スパゲッティのフリッタータ”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2017年5/6月号P.14~に載っています。
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2019年7月8日月曜日

スパゲッティのフリッタータの歴史はナポリや南イタリアの歴史と繋がっていた

今日は、知ってるようでよく知らない料理、スパゲッティのフリッタータの話です。
総合解説」5/6月号P.14に載っています。
『サーレ・エ・ペペ』の記事でした。

記事の冒頭、ニューヨーク・タイムズが選ぶ“行きたい場所52選、2017年版”(web版はこちら)が話題になっていました。
毎年発表されているランキングですが、日本では、この年は大阪が15位に選ばれたということが話題になりました。
さらに52位が琉球諸島と、日本からは2ヶ所が選ばれていました。
その陰で、イタリアは、なんと1箇所しか選ばれなかった、ということにえらく憤慨しています。
その1ヶ所はカラブリアで、37位でした。
しかも、カラブリアの手付かずの自然の美しさが評価されたのではなく、食文化で選ばれたというのがイタリア人のみなさんのプライドをちょっとさかなでしたようです。
ちなみに大阪もおすすめポイントは食文化でした。
1位はカナダです。
このことからもわかるように、アメリカ目線の、まだアメリカ人に知られていない場所を選びがちな、とてもクセの強いランキングです。

ニューヨーク・タイムズが選別理由として掲げたカラブリアのレストランの1軒、ristorante Dattiloのシェフを呼んでさっそくTV番組に。
それにしても、アメリカ人どころかイタリア人もカラブリアの食文化はあまりよく知らないのでした。

総合解説」では、この謎の多いカラブリア料理を、他の地中海の街と同様、硬質小麦粉のパスタが基本の食文化、と定義しています。
パスタのセコンダ・コットゥーラ(ゆでたパスタにもう一度火を通す調理方法)も伝統だそうです。
そしてこのスパゲッティのフリッタータは、マルテディ・グラッソやパスクエッタのピクニック料理や、日曜日の夕食として作る伝統があるそうです。
マルテディ・グラッソはカーニバルの最終日、パスクエッタは復活祭の翌日の月曜日。
どちらもキリスト教の祝日で、特別な日。

スパゲッティのフリッタータはナポリ料理として知られていますが、この料理の歴史は南イタリアの歴史そのものです。
19世紀、南イタリア全域が両シチリア王国の領土だった時代に、ナポリはその首都でした。
そのため、ナポリ料理が南イタリア全域に広まったのです。
キーワードは両シチリア王国。
忘れがちですが、ナポリは一国の首都だったこともありました。
ナポリのすごいところを知る動画

当時のナポリはパリに次ぐ大都市だったんですね。
王国の主役はブルボン家。

このスパゲッティのフリッタータは、ティンバッロのバリエーションの一つです。
ティンバッロは9世紀にシチリアを支配したアラブ人が作り出して、ブルボン家に受け継がれた料理。
両シチリア王国はシチリア王国とナポリ王国が合体してできた国。
南イタリアの歴史は、ノルマン、アラブ、ブルボン、スペイン、ハプスブルグあたりが入り乱れて、ぐちゃぐちゃなので、すべて繋がっていると思っておけば間違いない。

ティンバッロといえばシチリアの貴族料理の代表ですが、最近ではおしゃれな惣菜店でも見かけるようになりました。
貴族料理版のティンバッロは豪華で派手なパーティー向き料理ですが、それに農民料理をミックスさせて、手軽な僅かな食材で作ったのが、シチリアの地方料理のティンバッロ。

シチリアの貴族料理なら、この本がお勧め。
シチリア/クチーナ・ディ・カーザ・プラネタ


今回は、カラブリアのパスタの話のはずが、気がついたらナポリとシチリアのパスタの話をしてました。
カラブリア、不憫すぎる。
続きは次回。


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“スパゲッティのフリッタータ”の記事の日本語訳は、「総合解説」2017年5/6月号P.14に載っています。
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2019年7月5日金曜日

ホワイトアスパラガスのグリルとアスパラガスのパスタ

グリーンピースのリゾットの次は、今月の「総合解説」で見た目が一番印象に残った料理の話です。
P.26の料理、ホワイトアスパラガスのグリルです。
「アスパラガス」の記事に登場したリチェッタは、どれも見た目にインパクトがありました。
中でも、印象的だったのが、ホワイトアスパラガスのグリルです。

イタリア北東部の光を当てないで栽培されているものが最高なんだそうですが、グリル版のこの焼き色がついたホワイトアスパラガスは、一段と美味しそうです。
上の動画では、収穫したその日のうちに、グリルしてオイル漬けにしているそうです。

記事のホワイトアスパラガスは、この焼き色が細くて、斜め十文字に上から下まで細かく交差していて、網タイツの網目みたいです。
白いアスパラガスにくっきりつくと、強烈なインパクト。
この動画のような一方だけの焼き目をつけたホワイトアスパラガスは多いのですが、ステーキのように交差させた焼き目は、始めてみました。

さらに次のリチェッタのアスパラガスのタタンも、最後の蒸しアスパラガスのピンツィモーニオも、かなり印象的。
特にアスパラガスをピンツィモーニオで食べるというアイデアは、楽しそうです。

パスタの本の中では1、2を争うお手軽本で、世界的なイタリア料理の研究家、パオロ・ペトローニ氏の本、『スパゲッティ・アモーレ・ミオ』には

アスパラガスのリングイーネのリチェッタがあります(P.36)。
それによると、アスパラガスを小さく切ってオリーブオイルで炒めたところに、塩、こしょうして練ったリコッタを加えます。
そこにゆでたパスタと牛乳少々を加えてあえ、仕上げにパルミジャーノをかけます。

この本とは逆にパスタの本の中では1、2を争う大型本、『グランデ・リーブロ・デッラ・パスタ』にも

アスパラガスとリコッタのパスタのリチェッタがありました。
こちらは玉ねぎのみじん切りをバターでソッフリットにし、小さく切ったアスパラガスを加えてなじませます。
さらにレードル1杯の湯をかけてゆでてミキサーにかけます。
これに裏漉しして水気を切ったリコッタを加えてソースにします。
パスタはファルファッレ。
ざっと水気を切ってソースであえます。

他にもアスパラガスとリコッタのパスタのリチェッタは色々あります。

小さく切ったアスパラガスをオリーブオイルと塩で2分炒め、水少々とブイヨンを加えてて水気がなくなるまで煮たらリコッタを加えてなめらかなソース状にします。
ゆでたフジッリにこのソースとシナモンを加えてなじませ、仕上げにパルミジャーノを散らします。

リコッタのクリーム系パスタです。


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“アスパラガス”のリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2017年5/6月号P.25~に載っています。
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2019年7月3日水曜日

アッロンダのリゾットはスプーンでも食べれる

今日こそはヴィアローネ・ナノの話をします。
大力作のピエモンテ州の米の本、『リーゾ』から、

イタリアの米の部分をざっと訳してみます。

イタリアの米は、すべてジャポニカ米です。
イタリアの米は、その形からコムーネ、セミフィーノ、フィーノ、スーペルフィーノという4種類に分類されます。
コムーネは長さ5.4mm以下で丸く、煮るとでんぷんがたっぷり溶け出ます。
セミフィーノはコムーネより細長く、長さ6.4mm以下、でんぷんも豊富。
ヴェネトの代表的米、ヴィァローネ・ナノはこのタイプ。
フィーノとスーペルフィーノは大粒で長い米、長さは6.4mm以上。
スーペルフィーノは溶け出るでんぷんが少なく、煮崩れしにくい米
カルナローリはこのタイプ。

重要なのは、米の太さや長さは米の品質とは関係ない、ということ。
どの米も、リゾットに適していますが、その特性を活かす必要があります。
例えばセミフィーノは、とても柔らかい、クリーミーなリゾットに適しています。
スーペルフィーノは魚のリゾットやパエリアに適しています。

ヴィアローネ・ナノの産地。

クリーミーなリゾットを作る時のテクニックとして必ず登場する言葉が、“all'ondaアッロンダ”。
リゾットをアルデンテで柔らかく、波のように動かしてマンテカーレしながら仕上げる方法。
アンドレア・ベルトンシェフのマンテカーレ・アッロンダ。

こんな方法も。


ここで改めてリジ・エ・ビジ

「リゾットにはカルナローリが一番だけど、この料理はミネストラだからね」と言っています。
さらに、「リゾットはフォークで食べるけど、これはスプーンで食べてもいい」とも。

アッロンダの代名詞とも言えるのが、リゾット・ミラネーゼ。
クラッコシェフのリチェッタでどうぞ。

米はミラノを象徴する食材だそうです。

次はミラノのシェフたちによるリゾット・ミラネーゼの競演。

ヴィアローネ・ナノを使っていると言うシェフもいました。

リゾット・ミラネーゼのとろとろ具合や米粒の存在感は大好きですが、ヴェネトでリゾットを食べる時は、水分に注目してみるのも面白いですね。
ちなみにヴェネトには、ベネチアのイカ墨のリゾットやかぼちゃのリゾットなどの名物があります。




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“リジ・エ・ビジ”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年5/6月号P.11に載っています。
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2019年7月1日月曜日

戦争や飢饉や伝染病を乗り越えて広まったイタリアの米

リジ・エ・ビジは、グリーンピースを余すことなく利用して味を引き出したリゾット。
グリーンピースとダブル主役を務める米は、
ヴィアローネ・ナノです。
リゾットにカルナローリを使うかヴィアローネ・ナノを使うかで、ピエモンテ派とヴェネト派に分かれるというのも興味深い現象。

力関係からか、どうしてもカルナローリを取り上げることが多くて、ヴィアローネ・ナノについては、情報があまりありません。
「総合解説」P.11に載せた『サーレ・エ・ぺぺ』の、
「16世紀にオリエントからベネチアやヴェローナなどのヴェネトの農村に伝わった」
という短い文章は、ヴィアローネ・ナノを知る貴重な1行。

米に関しては、自分の国のものが世界一と信じ切ってる、という意味ではイタリアも日本も似たようなものです。
でもイタリアには、日本とは全く違う米の世界がありました。

ピエモンテ州が総力編集した本『リーゾ』によると、

米は、オリエントのスパイスと同じように秘薬のように扱われたので、商人のキャラバンによってインドからエジプト経由で輸入されていました。
栽培は、まず地中海に伝わり、そこからヨーロッパに広まったと考えられています。
そのきっかけを作ったのは、例によって、アラブ人です。
8世紀頃にまずアラブ人が支配したスペインに広まり、
イタリアには、十字軍やナポリ王国のスペインのアラゴン家、シチリアを支配したアラブ人によって伝わった等の説があります。
さらには中東や極東との貿易を仕切っていたベネチアによって伝わったとも言われています。
ピエモンテには、1269年に、サヴォイア家の大公がドルチェ用の米を大金を出して買ったという記録が残っています。

1348年から1352年にかけて、イタリア中に伝染病が広まり、栄養価が高くて収穫量の多い農作物が必要になりました。
14世紀半ばから16世紀にかけて、ヨーロッパは戦争や伝染病、飢饉で疲弊し、ファッロなど新しい食物に目を向けるようになっていました。

15世紀から16世紀末にかけて、米はイタリアに普及し、ルネッサンスの食物と呼ばれていました。
それと同時に問題もありました。
マラリアです。
水田は都市や主要道路から離れた場所に作るように命令が出ました。
農民の命は軽視されていたのですね。
一方で、マラリアと水田に関係はない、と主張する人々もいました。
1584年には、ノヴァーラの医者が、水田が人間に危害を及ぼすことはほとんどない、と宣言します。
それでもマラリアの媒介物の蚊が発見される19世紀半ばまで、この考えは信じられていました。

15世紀初め、イタリアには5000haの田んぼがあり、15世紀末には10倍に増えていました。
米は贅沢な食べ物とみなされていたので、法律によって管理されるようになります。
このあたりから、ピエモンテとヴェネトの米は別々の道を歩みだしたのかも知れません。
さらに、輸出品として世界中に運ばれるようになると、米は世界経済にも影響を及ぼす作物になりました。
10年前に書かれたピエモンテ州の本には、最近のイタリアの米の栽培面積は22万haに上る、と書かれています。

イタリアで米が普及するのまでの歴史をざっと知ったところで、次はヴィアローネ・ナノの話。
ヴィアローネ・ナノのことを知ることは、ヴェネトの米を知ること。

熱く語りますねー。
この米を知らなければヴェネトの米料理は語れないですね。

米の歴史の話が長くなっちゃいました。
次こそはヴィアローネ・ナノの話を・・・。



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“地方料理~リジ・エ・ビジ”のリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2017年5/6月号P.11に載っています。
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2019年6月28日金曜日

今年も4月25日にリジ・エ・ビジ食べるの忘れた。

総合解説」3/4月号はソラマメが影の主役でしたが、5/6月号はアスパラガスでした。
あと、ちょっと時期は過ぎちゃいましたが、この時期、毎年登場するのがグリーンピース。
正確に言えば、4月25日のベネチアの守護聖人、サン・マルコの日の料理、リジ・エ・ビジ。

今年のサン・マルコの日のサン・マルコ広場。

毎年必ず登場するので、もうネタ切れだろうと思っていたら、今年は、ベネチアのグリーンピースのリゾットがなぜ美味しいのか、という核心をついてきましたよ。

そもそも、イタリアのグリーンピースは甘くて美味しいことが知られています。
ベネトの美味しいグリーンピースの産地として知られているのはベネチアの西のコッリ・ベリチ地区。
コロニョーラ・ア・ベリチ(ヴェローナ)のグリーンピースの収穫祭。

さらに春の初物は新鮮で柔らかいと、大人気。
甘くて新鮮で柔らかい初物が出回る時期、5月初旬は、当然、みんなが食べたがるわけです。
意外と大変そうなグリーンピースの収穫(一般的には4月末から5月)

さらに。ベネチアのグリーンピースは潟の周囲で栽培されているため、塩気があるのが特徴なんだそうです。
ベネチアの潟地方の畑。

適度に塩気のある甘いグリーンピースと米の組み合わせが最高。
さらにグリーンピースのさやをブロードに入れてゆでるのはリジ・エ・ビジのお約束。
上級者は、ゆでたさやを裏漉ししてブロードに加えてて、濃くて味の強いブロードにします。
具体的なリチェッタは「総合解説」を御覧ください。


もう一つの主役は、米。
ヴィアローネ・ナノです。
ピエモンテあたりですとカルナローリですが、ベネチアではヴィアローネ・ナノ。
長くなってきたので、米の話は次回に。




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“地方料理~リジ・エ・ビジ”のリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2017年5/6月号P.11に載っています。
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2019年6月26日水曜日

混雑する前の季節に湖畔でピクニックする時の料理

総合解説」は5/6月号になりました。

夏は、南イタリアや海辺の料理一色になって、冬はアルプスが大フィーチャーされるイタリアの料理雑誌ですが、夏でも冬でもないこの季節は、なんと湖でピクニックでした。
北イタリアの湖畔地方が注目される貴重な季節。
『サーレ・エ・ぺぺ』の記事には湖畔のピクニックの素敵な写真が載っていますが、撮影に協力したのはメルゴッツォのヨットクラブ。
メルゴッツォはピエモンテのマッジョーレ湖から分離した小さなメルゴッッォ湖畔の町。


この湖畔でピクニックをしている時の料理をイメージしてください。

最初の料理(P.3)は3種類のナッツを味付けしたナッツのカルトッチーニですが、料理の順番にはこだわらない、というピクニック料理です。

アーモンドはしょうゆとにんにく風味にしてココナッツオイルで炒めます。
仕上げにオレガノを散らすのがイタリアン。
ピーナッツはバルサミコ酢とブラウンシュガーで煮て塩、こしょう。
ピスタチオは塩と唐辛子をまぶしてオーブンでさっと焼きます。
そして巻いた紙に入れて別々にサーブ。

次はもっと手の混んだうさぎ肉とハムのテリーヌ。
香味野菜と一緒にゆでてゼラチンで固める、という発想はゆで鶏と同じですが、ケッパーやハーブ入りでイタリアンに。

そういえば、ピエモンテにはうさぎの名物料理がありました。
トンノ・ディ・コニッリオ。
調理方法とオイル漬けにする保存方法がマグロと同じなのでこう呼ばれるようになりました。
数ヶ月間保存できるそうです。

『トラディツィオーネ・グスト・パッシオーネ1巻』(P.32)によると、

なぜうさぎ肉を作ってすぐ食べるのではなく長期間保存するのかというと、料理のルーツ、ピエモンテでも田舎のランゲではうさぎは大抵の家庭で飼われていて、すぐに増えてしまうのだそうです。
なので大量に作って保存する必要があったのです。

トンノ・ディ・コニッリオ

冬は前菜、夏はセコンドとしてサーブするそう。

この他に、スパゲッティを少量ずつ平らまとめて揚げて、ミキサーにかけたブッラータのソースをかけたり、アボカドとズッキーニのサンドイッチに溶き卵をつけてバターで揚げて筒切りにしたり、リコッタとローストミニトマトをピッツァ生地で四角く包んでオーブンで焼いたカルツォーニなど、遊び心がちらちら見える料理の数々です。





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“湖畔のピクニック”のリチェッタは「総合解説」2017年5/6月号にのっています。
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2019年6月24日月曜日

春のミルクから作ったパルミジャーノが最高と思われていた時代もあった。

「総合解説」2017年5/6月号、発売です。

今月は初夏の料理満載です。
リチェッタは、リジ・エ・ビジ、スパゲッティのフリッタータ、スカロッパ、カルトッチョ、アスパラガス、etc・・・といったところ。

まずは今月の食材。P.2

パルミジャーノ・マッジェンゴparmigiano magengoを取り上げます。

パルミジャーノにマッジェンゴという形容詞がついていますね。
maggio5月に関係がありそうな名前です。
1984年まで使われていた呼び方ですが、それまでのパルミジャーノは、すべて4月1日から11月11日の間に作られていたそうです。

マッジェンゴは4月1日から11月11日の間に作られたパルミジャーノで、
他の季節に作ったものと何が違うか言うと、春に新鮮な、カロテノイド(チーズの色に影響する赤系色素)を含む草をたっぷり食べて放牧場から戻ってきた牛の最高のミルクから作ったパルミジャーノ。
最高のパルミジャーノとみなされていました。
色の濃さが味や栄養価の良さを錯覚させていたのです。
4月1日から11月11日というのはこの地方の一般的な農期。
それ以外の季節、つまり牛に干草を与える冬の間に作ったものはヴェルネンゴVernengoと呼ばれていました。
実は、栄養価も薄いと勘違いされていたこの冬の時期のパルミジャーノは、脂肪分を最も多く含んでいたそうです。

その後、飼育方法が進化して、年間を通して変化のない品質のチーズが作られるようになってこの分類は廃止されました。
それに、ひねくれて考えれば、色の濃い資料を与えて色の濃いチーズを作るということもできるわけで、パルミジャーノの質は単純に色だけでは判断できないですよね。
という訳で、最近の食通たちの関心は、肥料の詳しい内容と、牛の品種のようです。


そう言えば、最近はパルメザンチーズがすっかり定着して、気がつけばアメリカ産のものしか食べてないかも。
久しぶりに、例の歌でも聞くかなー。



パ、パ、パ、パ、パルミジャノ・・・




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2019年6月21日金曜日

グルテンフリーで注目されているそば粉

ピッツォッケリの話が出たところで、そば粉の話でも。
そばはアジア原産で、トルコ人によって14~15世紀にヨーロッパに伝わりました。
ヴァルテッリーナに伝わったのはその1~2世紀後です。
最近ではグルテンフリーの食材として注目されています。

グルテンフリーのイタリア料理の本、『ディ・ファリーナ・イン・ファリーナ

には、そば粉はブリニやガレットによく使われ、アメリカ風朝食のブルーベリーのパンケーキにもぴったり、とあります。
色が黒ずんでいて、独特の風味やほろ苦さがあるので、使うのをためらっている人も多そうですが、著者は、自らの経験から、カムット小麦との相性はとてもよい、と言っています。

カムット小麦はエジプト産の硬質小麦を有機栽培した小麦の登録商標で、普通の小麦よりタンパク質やミネラル、ビタミンが豊富な小麦。
この小麦に関しては、第二次大戦直後、あるアメリカ軍パイロットによってエジプトのDashare近くの墓で発見された一握りの4000年前の小麦がルーツで、知人がその一部を譲り受けて栽培したところモンタナに根付いたので、商標登録して古代小麦(品種改良がされていない、何世紀もの間手が加えられていない小麦)として大々的に売り出した、という、半分伝説と化した話が伝わっています。

カムット小麦の粉はとてもなめらかでデリケート。
ケーキやパンなど、様々な料理に使えます。

そば粉に話を戻します。
本の中にはピッツォッケリのリチェッタもあります。
麺はそば粉150gにファッロ粉50g、湯110~120ml、塩。

「総合解説」では、麺はそば粉400gに00番の小麦粉100g、水270ml、塩。
一般的にピッツォッケリはそば粉と小麦粉のミックスの麺です。


この動画もそば粉400gに軟質小麦粉100g。
クラシックな配合です。

ファッロですが、3種類あるファッロのうち、Triticum Spelta、またはSpeltaという品種はグルテンを含みます。

語源は不明など謎が多いピッツォッケリですが、考え出したのはそばの産地のヴァルテッリーナのテーリオteglioという村の女性料理人というのが定番の説。
テーリオのピッツォッケリ




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“ピッツォッケリのバリエーション”の記事は「総合解説」2017年3/4月号に載っています。
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2019年6月19日水曜日

素朴な田舎風パスタでも、地元の職人技が集結していたピッツォッケリ

次号の「総合解説」5/6月号は、6月24日発売予定です。
その前に今日は、3/4月号のリチェッタから。
“春のタリアテッレ”、“サルデーニャの子羊料理”、“肩肉料理”など、面白いテーマがありましたが、今回はピッツォッケリpizzoccheriの話です。

ヴァルテッリーナ料理の代表的1品で、そば粉のパスタ。

じゃがいも、サボイキャベツ、チーズ、そば粉、バターで作る典型的な北の田舎料理。
素朴な料理でも、上質の地元の産物を使えば、食通好みの特別な料理になります。

この料理のキーワードはヴァルテッリーナですね。

スイスとの国境に近いロンバルディアのアルプスの山の中にあって、バターとチーズとワインが美味しいところです。

ピッツォッケリに使うチーズはヴァルテッリーナ特産のカゼーラ。

同じくヴァルテッリーナ名物のビットとヴァルテッリーナ・カゼーラの違いがわかる動画。

ビットは牛が山の放牧地にいる夏の間だけ作る期間限定のチーズ。
脂肪分がとても多いので、加熱すると溶けてしまい、ピッツォッケリなど料理に使うビットは、若いタイプかヴァルテッリーナ・カゼーラ。

ヴァルテッリーナ・カゼーラ

カゼーラとビットはペアで語られることが多いチーズ。
“カゼーラ”とは、チーズを熟成させる小屋のこと。
昔は冬をこすために山から降りてきた牛のミルクで作りましたが、今では1年中作られています。
ヴァルテッリーナ料理に使われているのは、ほとんどがこのチーズ。
溶けやすくても冷えると再び固まるとろけるチーズ。
ビットに関しては「総合解説」1/2月号で、取り上げています。
伝統的製法にこだわる管理組合員の分裂騒動があったチーズですね。

山のバター

バターの型を作る職人さんもいます。

バターの型がこんなに手のかかる木工品だとは知らなかった。


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2019年6月17日月曜日

リグーリア人はフォカッチャをカフェラッテに浸す美味しさがわかるのが自慢

粉物の知識がやたら専門的に普及しているパスタとピッツァの国で、フォカッチャ王国のリグーリアのパンを紹介する本、『リグーリアの発酵生地』では、

フォカッチャに最適な粉を紹介するのも、やたら専門的です。
フォカッチャ以外にも、イタリアの小麦粉を理解する時には欠かせないことなので、訳してみます。
こんな感じ・・・。

小麦粉の強さを理解する唯一のシステムは、Wというシンボルで表される。
Wとはタンパク質の含有量を表している。
タンパク質の含有量が10%以下(W130~170)は、一般的な弱い小麦粉。
ビスコッティやケーキに適している。
11、12%(W170~240)は中程度の強さ。
13%(W240~350)は強い小麦粉。
14、15%はとても強い小麦粉(Wは350以上)。
またはスペチャーレ。
オーソドックスなパネットーネのような長時間発酵させて作る生地に適している。
よくある誤解は、Wで表示される強さを、精錬具合やふすまの含有量の割合と勘違いすることだが、これらは00や0、1、2という番号で表される。
2は全粒粉で、00番はふくまをほぼ含まない真っ白な粉だ。

つまりイタリアではタンパク質の含有量で粉を、薄力、中力、強力、最強力に分類し、ふすまの含有量で00~2に分類するのですね。
この本のリチェッタでは、小麦粉はすべてWか00番などの表記がついています。
タンパク質やふすまの量をすばり指定しているので、理系の人にはスッキリするのでは。

さて、使う粉が決まったところで、本は、最も重要なのはこねる作業だ、と続きます。

この作業こそが、発酵生地特有のあの香りと香ばしさを生み出す。
小麦粉の不溶性タンパク質がグルテンの網目を作り出し、空気を含んで酵母の働きが活性化する。
完璧な堅さ、つまりなめらかで弾力のある生地になると手や台からから簡単に剥がれるようになる。
強さが同じでも小麦粉はいつも同じではなく、水は徐々に加える必要がある。
5%は残しておいて、生地の状態を見て加えるようにする。
こねる時間と温度も重要だ。
こねすぎると繊維質になり、温度が高くなる。
こねが足りないと温度は低くなる。
こね終わりの生地の温度は二次発酵のために重要だ。
25~26℃程度が適切。・・・

さらに発酵の方法の説明があり、手でのこね方の説明があって、ようやく、ビーガ(発酵種)を使ったフォカッチャ・ジェノヴェーゼのリチェッタが始まります。

フォカッチャ・ジェノヴェーゼをカフェラッテに浸して食べる朝食の美味しさがすんなり理解できるのは、つまり塩味の食べ物を甘い飲み物に浸す美味しさがわかるのは、リグーリア人だけだろうと、冒頭から、かなり排他的。

これがジェノヴァ人の朝食。
フォカッチャの塩とオイルとミルクの脂肪の関係を真剣に解説しています。

ジェノヴァにいるみなさん、ぜひトライして、感想を教えください。




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2019年6月14日金曜日

ジェノヴァの食文化に深く根付いたフォカッチャ

リグーリアの発酵生地』は、大雑把に言えばリグーリアのパンの本ですが、まずフォカッチャの章から始まります。

今回は、章の冒頭の、「フォカッチャとは」、という部分をざっと訳してみます。

focacciaとは、パン生地に各種の材料を、トッピングする、生地に練り込む、生地ではさむなど様々な方法で加えて味付けしたもの。
その歴史はパン同様古く、語源はfocus(fuoco/火)で、火で焼いたものという意味。
紀元前5世紀にかまどが発明されて、熱した石の上か灰の下で焼くようになるまでは、挽いた穀物の粒と水を混ぜた生地を焼いて食べていたが、それがフォカッチャの前身だ。
カルタゴではファッロや硬質小麦の粉に卵、チーズ、蜂蜜を加えた生地で作っていて、ローマのフォカッチャより美味しいと言われていた。
やがて時と共にフォカッチャはあらゆる階層、地方へと広まっていく。
フォカッチャは、夜通し働いたパン屋が、空腹と暇を持て余してまだ発酵していない生地を少量取って直接かまどに入れて焼いたパンとか、かまどの温度が適温か見るために生地からつまみとった小片を型に入れずに直接かまどの底に載せて焼いたもの、と言われている。
リグーリアにはこの種のパンがたくさんあり、書物に残る最古のものは、ルネサンスの時代に遡る。
薄い詰め物入りトルタもfocacceフォカッチェと呼んでいたので、スキアッチャータタイプの薄焼きパン全般を意味したのだろう。
ジェノヴァのフォカッチャは、all'olio/オイル風味が多い。
フォカッチャの典型でいちばん有名なものといえば、これだ。
ベースは軟質小麦粉、イースト、水、オリーブオイル、塩で、
これにセージ、ローズマリー、オリーブ、玉ねぎなどを加える。
すでに16世紀のジェノヴァでは広く普及していて、パン屋では早朝から売っていた。
バールではカップッチーノに添えた。
昼の軽食、学生の間食、ビーチで食べる夕食など、一日のあらゆるタイミングでフォカッチャを食べた。
リグーリアの最も古いストリートフードでもある。

なるほど、この歴史を無視すれば、フォカッチャのライバルはハンバーガー、と言い切ることもできますね。

本では、粉、酵母、発酵、焼成と、さらに詳細な内容へと続いていきます。
あの美味しさを生み出すには、この部分が重要。


上の動画の職人さんたちは14歳からパンを作っているそうですよー。
完璧な手作業で、若手でも手慣れたもの。
年配の親方風職人さんは、フォカッチャも女性もきれいに化粧した美人がいい、と言いながらフォカッチャにオリーブオイルを塗ります。
この手の話は、うんざりするほど必ず聞かされますが、レポーターの女性は初めて聞いたみたいにニコニコ笑ってますねー。
この対応。素晴らしい。
焼き立てフォカッチャのかっこいい食べ方もありました。

ジェノヴァのフォカッチャもフォカッチャ・ジェノヴェーゼとしてのブランド意識に目覚めたようです。

この奥手な感じがリグーリア人ですねー。




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2019年6月13日木曜日

ガラパゴス化するリグーリアのフォカッチャの本

初めてジェノヴァを訪れた時、フォカッチャ天国ぶりに驚きました。
ナポリで初めてピッツァを食べた時、それまで食べていたピッツァは偽物だったんだ、ということに気がついて愕然としましたが、それと同じくらいの衝撃がありました。
そしてリグーリでは、食べ物のガラ系現象が起きる、ということにも気が付きました。
ピッツァがナポリ人と共に世界中に広まり、世界中からナポリに本場のピッツァを食べに人が集まる、という現象は、ある意味、奇跡なんですね。
フォカッチャは、確か世界中に広まりました。
でも、ピッツァ・ナポレターナのように、伝統を頑なに守る、という行動が綺麗サッパリ抜けていました。
その結果、フォカッチャて何?
という質問の答えがあやふやになり、フォカッチャの本場はジェノヴァだということも、ろくに知られていないという現状では。
ジェノヴァの産物に対するこだわりも少なく、世界中どこでも作れるパンとして広まりました。

でも、ジェノヴァや近隣の人にはめちゃくちゃこだわりがあります。




この、ジェノヴァ人があまり声高に主張しないこだわりを本にしたのが、新入荷の本、
『リグーリアの発酵生地』です。

本にもリグーリア人のアピール下手が現れているようで、ナポリ・ピッツァだったら立派な大型本にするような専門的な内容なのですが、ぎゅっとコンパクトにそっけなくまとめた本で、リグーリアの外に広める気、ないですねー。

本は、まずパンの大まかな説明から入っていきます。
この話、なかなか面白いですよ。
ヨーロッパにパンが広まる経緯が分かります。

「パンは小麦粉、水、塩、イーストをこねた生地をオーブンで焼いた食べ物で、香りと味が混ざり合い、過去の記憶や象徴としての価値、宗教的、地域的意味も含有した、栄養的、文化的側面も知らなくては語れない食べ物。
その歴史は人間が穀物の栽培を始めた時代にまで遡る。
約2万年前、人は穀物を水に浸して柔らかくして、または炙って食べていた。
粉にする技術が発明されると(最初はエジプトで、石臼で挽いた)粉を粥状にして食べた。
さらにこれを熱した石板で焼くようになる。
このガレットが、パンのルーツと考えられている。
おそらく忘れて放置された生地が偶然発酵し、それを焼いたところ、ふんわりして軽い味の良い食べ物になったのだった。
・・・
第二次大戦直後まで、パンは家で下ごしらえをして、村の共同かまどに運んで週に1回焼いていた。
60年代の好景気の後は、パンを直接パン屋で買うようになり、精製した白いパンが良い暮らしの象徴になった。
現代は情報が行き渡り、再び自家製パンや天然酵母の良さが知られるようになり、全粒粉パンや天然酵母パンが再評価されている。・・・」

イタリアの食文化は、第二次世界大戦とその後の好景気の時代を経て大きく変わります。

さて、次回はいよいよフォカッチャの話です。


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2019年6月10日月曜日

ティジェッレとクレッシェンティーナの違いは人間国宝とバイトの違い

エミリア・ロマーニャの薄焼きパン、ピアディーナ。
そしてピアディーナにそっくりで具を挟んで焼くカッソーネ。
ピアディーナにそっくりと言えばクレッシェンティーナcrescentinaとティジェッレtigelle。

ティジェッレ

モデナのクレシェンティーナ専門店

生地は小麦粉、水、塩、オリーブオイルかラード、イースト。
どちらも小型のフォカッチャの一種。ピアディーナとの違いは、ピアディーナが具をのせて半分に折って食べるのに対して、モデナ名物のストリートフード、クレッシェンティーネは、焼いてから2枚に切って具をはさむ、というあたりでしょうか。
ティジェッレは上の動画で紹介しているようにティジェッラという、“花びらが6枚のバラの形”がついた型を暖炉で熱し、そこに生地を挟んで焼きます。
比較的最近までこの方法が用いられていましたが、鉄や金属製で電気で加熱する方法が普及してモダンな製法が広まるとあっという間に姿を消してしまいました。

当時の具は刻んだ豚のラルドにローズマリーとにんにくのみじん切りを加えたペストを塗り、パルミジャーノを散らして食べました。
つまりメインはラルド(背脂の塩漬け)です。
生ハムやサラミよりずっと安くてボリューミーな食材でした。
その他の具は、肉の煮込み、サルーミ、チーズ、ジャムなど。
具をのせる、はさむ、塗る、と、形によって違いが生まれたんですね。

1001スペチャリタ』によると、


クレッシェンティーナはモデナの山の食べ物で、現在ではモデナ地方を象徴する名物になっていて、あらゆるバールやリストランテ、収穫祭で出しているそうです。
ティジェッレに入れて焼くと直径12cm、厚さ1~2cmのフォカッチャになりました。
今ではティジェッレで作っている人は人間国宝なみの貴重で頑固な職人。
ティジェッレを使わなければバイトでも焼けます。

さらに複雑なことに、ボローニャのクレッシェンティーナはモデナではニョッコ・フリット、パルマではトルタ・フリッタと呼ばれる全く別の食べ物でした。

そう、生ハムの相棒ですね。


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“ストリートフード”の記事の日本語訳は「総合解説」2017年3/4月号P.30~に載っています。
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2019年6月7日金曜日

トロイ戦争とピアディーナの神がかったつながりは・・・

今日はストリートフードの記事から、カッソーネです。
北伊の、といってもロマーニャ地方ですが、ストリートフード。

この地方の名物ストリートフード、ピアディーナの仲間。
詰め物入りピアディーナです。

上の動画では、
トマトソース入りのロッソ、
ほうれん草入りのヴェルデ、
サルシッチャとじゃがいも入り
の3種類のカッソーネcassoneを紹介しています。
総合解説」ではサルシッチャとじゃがいも入り、ほうれん草入りの2種類のカッソーネをミニサイズのカッソンチーニcasoniciniにアレンジしています。
伝統的なカッソーネはピッツァサイズ。

ピアディーナ→カッソーネ、クレッショーネ、ティジェッレは、
どれも同じ生地を薄く伸ばして同じ具を挟んで同じ形に閉じてテストで両面を焼きます。
ピアディーナは焼いた生地に具をはさむタイプ、残りは具を詰めて焼くタイプ。
どうやら全てのルーツはピアディーナですね。

テストを使ったピアディーナ作り。


イタリアの地方料理のウンチクの本、『1001 スペチャリタ』によると、


ピアディーナは、発酵させない、オーブンでなくテストというテラコッタの皿で焼く、という点から、ピッツァよりもっと質素なパンのストリートフード、という立ち位置。

テストは中世に広まった道具ですが、ピアディーナには、もっと壮大な歴史があるのです。

主役は、アイネイアースというギリシャ神話に登場する半神の英雄。
彼はトロイ王の息子でしたが、木馬で有名なトロイ戦争に敗れて、お告げに従ってイタリアを目指して船で逃げます。
そしてたどりついた場所に町を作りました。
これが後のローマと言い伝えられています。
ギリシャ神話がからむとよく知っているローマの話とは大分違うのですね。

船で逃げていた時、アイネイアースは船員たちの飢えを満たすために、普段は皿として使っていた小麦粉と水で作った平らな丸い生地を食べることを許可します。
これがピアディーナのルーツだそうです。
もちろん諸説あり。
料理を乗せる皿がパンのルーツという話は、ピッツァの歴史あたりでよく登場するので、実は神話の世界の話だったとわかっても、ころっと信じちゃうなあ。

カッソーネについても書いてありました。
カッソーネはリミニや沿岸部で人気の食べ物で、内陸部ではカボチャ、じゃがいも、リコッタの具などもあるそうですが、最近は生ハムとグリル野菜、またはナポリのカルツォーネ風のモッツァレッラとトマトが人気。
ピッツァが人気になるにつれて、ピアディーナとピッツァが合体したピダーツァpidazaなるものも生まれたそうです。
ピアディーナの生地にピッツァ風トッピングをしたものです。

軽い気持ちでピアディーナの歴史を調べたのですが、ギリシャ神話の世界にどっぷり浸ることになるとは、想定外な壮大さ。
クレッショーネとティジェッレの話は次回に・・・。


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“ストリートフード”の記事とリチェッタは「総合解説」2017年3/4月号P.30に載っています。
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2019年6月5日水曜日

強力な影響力を発しているジュゼッペ・ダクイノシェフ

今月のシェフはジュゼッペ・ダクイノ氏。
ヴェローナ県のガルダ湖畔のバルドリーノにあるインターナショナルなワイン・ルレのリストランテ・ロゼレータのシェフです。
アマルフィ、アメリカ、ドバイ、フランスで腕を磨いた後にイタリアに戻り、ロゼレータのシェフになりました。
イタリアの上質食材を活かしたシンプルな地中海料理を作ります。


アーティストと職人のマインドを持ったインフルエンサーといった感じですね。
ルールや常識に取らわれない自由な発想で料理する人です。

そのことは、「総合解説」にのせた彼のリチェッタからも感じられました。
たとえば、スパゲッティは、塩ではなくコラトゥーラを加えた湯でゆでたり、
フォアグラの上に生のマグロをのせる、という自由さ。

ロゼレータのゴージャスなプランゾ。

は~。優雅でんなあ。
ホテルは5つ星。

デザート、“チョコレートとラズベリー”のリチェッタの日本語訳は「総合解説」P.47にのせました。
ラズベリーのムースとゼリーをプラリネのベースに重ねてチョコレートのクーポラで覆った1品。



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“シェフ~ジュゼッペ・ダクイノ”の記事は「総合解説」2017年3/4月号P.44に載っています。
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プーリア料理は美味しいけど聞いたことないものばかり。今日はルスティコ・レッチェーゼ

今日の料理はルスティコ・レッチェーゼ。 レッチェーゼと言うからには、レッチェの料理ということはよくわかります。 レッチェって、どこにあったっけ。 そうだ、プーリアです。 実は初めてレッチェに行った時、素晴らしいバロック建築や、バールやカフェやパン屋やロスティチェリーアと、...