2019年3月22日金曜日

冬のプリモ、チチェリ・エ・トリアと春のプリモ、クレープ

カルロ・カンビ著の『ミリオーリ・リチェッテ・デッラ・クチーナ・レジョナーレ・イタリアーナ』は、

庶民的な地方料理の四季のリチェッタを集めた本。

冬のパスタの1つとして「総合解説」P.48にリチェッタの訳を載せたのは、“チチェリ・エ・トリアciceri e tria”。
プーリア料理です。


チェーチのタンパク質とセモリナ粉のトリアの炭水化物の組み合わせ。
チチェリ(チェーチ)をチチリと呼ぶ人も多いようです。
本のリチェッタによると、チェーチを香味野菜を入れた湯でゆでて、パスタを打つ時にこのゆで汁を加えてチェーチの香りを加えるなどのバリエーションもあります。

この他の冬のプリーモは、ナポリ風ラグーとは一味違うチレント風ラグーのフジッリ、粉質でないじゃがいもで作るソレント半島のアサリのニョッキ、定番中の定番、ラザーニャ・ボロニェーゼ、ロマーニャ地方の冬の定番料理、パッサテッリ、粉サフランではなくホールのサフランで作るリゾット・ミラネーゼ、太陽が登る海、アドリア海の海の幸を使ったスパゲッティ・アッラ・マリナーラ、お上品な印象のピエモンテの素朴なパスタ、ポロねぎのタヤリンなどなど、面白い解説とともに、数々のプリーモ・ピアットが載っています。

この本の春のプリーモは、例えば、ほうれん草とリコッタのクレープ。
この料理は農民の結婚式の披露宴の前菜の定番だったのだそうです。
今ではシンプルな美味しいプリーモとして定着しています。


リコッタは羊のリコッタがお薦めですが、厳禁なのはホエイを入れること。
味が薄まって重くなるのだそうです。
ナツメグなどのスパイスは、質素な料理を華やかにするポイント。

ほうれん草のクレープCrescpelle agli spinaci
クレープ;
  卵・・2個
 小麦粉・・50g
 牛乳・・1カップ
 バター、砂糖、オリーブオイル、塩
 
リピエーノ;
 リコッタ・・500g
 ゆでたほうれん草・・200g
 パルミジャーノ・・50g
 生クリーム・・10ml
 イタリアンパセリのみじん切り

ソース;
 ベシャメル
 ハム
 パルミジャーノ

・衣を作る。卵、小麦粉、塩、砂糖一つまみ、溶かしたバターを混ぜる。
・ホイッパーで混ぜながら牛乳を少しずつ加えて濃すぎない生地にし、2時間休ませる。
・薄く油を引いたフライパンに生地を少量ずつ広げて両面を弱火で焼く。
・リコッタ、搾って細かく刻んだほうれん草、塩、こしょう、ナツメグ、生クリーム、パルミジャーノ、卵、イタリアンパセリをフォークで潰して混ぜる。
・鉄板にオーブンシートを敷く。クレープにクリームをのせて巻き、シートに並べる。
・ベシャメルをかけて小さく切ったハム、たっぷりのパルミジャーノを散らし、250℃のオーブンで15分焼く。
・パルミジャーノの代わりによく熟成させたヴィッソ(マチェラータ)のペコリーノを散らすともっと辛口になる。

リコッタとほうれん草は定番なので、今回は、アスパラガスのクレープのリチェッタをどうぞ。

スローフードの“リチェッテ・ディ・オステリーエ・ディ・イタリア”シリーズの『パスタ』からです。


アスパラガスのクレープCrespelle di asparagi 
チルコロ・ラ・トッレ/グラニャーノ・トレッビエンセ(ピアチェンツァ)のリチェッタ

材料/4人分
衣;
 00番の小麦粉・・大さじ4
 卵・・2個
 牛乳・・2カップ
 バター、塩
リピエーノと仕上げ; 
 アスパラガス・・2束
 ポロねぎ・・1本
 野菜のブロード
 ロビオーラ・・150g
 グラナ・パダーノ・・40g
 バター、EVオリーブオイル
 塩、こしょう

・卵と牛乳を混ぜ、低温で溶かしたバターを加えて小麦粉を振り入れる。塩味を整えて冷蔵庫で休ませる。
・アスパラガスは硬い部分を取り除いて短く切る。ポロねぎも輪切りにする。
・これらを油少々で炒めて塩、こしょうし、レードル1杯のブロードをかけて30分煮る。
・小さく切ったロビオーラとおろしたグラナパダーノを混ぜ、冷めたアスパラガスのスーゴをかけてよく混ぜる。
・フライパンで生地を焼いてクレープにする。
・リピエーノを塗って巻き、オーブン皿に並べてバターの小片をのせる。
・180℃のオーブンで膨らみ出すまで焼く(15~20分)。
・軽く休ませてサーブする。


 


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カルロ・カンビの“チチェリ・エ・トリア”のリチェッタは「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月20日水曜日

トリノ人が生み出した世界的トリノ名物の数々

今月はグルメ旅がもう1つ。
2つ目の街はトリノです。
トリノはカフェ文化が花開いた街です。
まずは、トラメッツィーノ(サンドイッチ)が考案されたと信じられている小さなカフェ・ムラッサーノ。

ムラッサーノは1907年にできて以来、経営者の移り変わりに伴って店もスタイルを変えてカフェになり、1926年にオーナーになったアメリカ帰りの一家によって、アメリカ製の新型のトースターが導入されて、そのトースターで焼いたサンドイッチが人気になったと言われています。
ということは、ホットサンドだったんでしょうか。
でも、下の動画ではホットじゃないサンドイッチを紹介しています。


まあ、老舗なのは間違いないようです。

次はベルモット。
カクテルに入ってるお酒という程度の認識しかないですが、トリノでは現代版のヴェルモットがイタリアで最初に造られて以来、独自の進化を遂げていたのですね。
ベルモットの原型はドイツで造られた薬効のある草、ニガヨモギの酒。
ニガヨモギが豊富に自生していたイタリアでは、サヴォイア家の宮廷で、同じ名前のよく似た酒が造られるようになり、やがてイタリア産のベルモットは世界中に知られるようになって、トリノはベルモットの街になったのでした。
ちなみに、トリノのベルモットの考案者はアントニオ・ベネデット・カルパノ。


次のトリノの発明品は、ピングイーノです。
説明は下の動画をどうぞ。


チョコレートでコーティングされて、スティックがさしてあって歩きながら片手で持って食べることができるジェラートです。
トリノはジェラートにも革命を起こしていたのでした。
ピングイーノを考案したのはジェラテリーア・ペピーノ。
最新作はベルモットメーカーとコラボしたベルモット風味のノンアルコールのピングイーノ。
トリノに行かないと食べれないのでしょうか。
 ↓

トリノの商人は、やり手ですねー。
ピエモンテのドルチェは世界的に知られた、イタリアのドルチェの3本柱の1本。
お勧めの本は、お手頃価格で知られるニュートン・クチーナ・レジョナーレ・ドルチェシリーズの『ピエモンテ・ドルチェ』。




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“グルメ旅~トリノ”の記事の日本語訳は、「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月18日月曜日

パスタ作りの伝統が生むモデナの粉物

今月のグルメガイド1つめは、「難しく考えないで生きる」がモットーのモデナ。
そしてモデナ料理として紹介したのが“ボルレンギBorlenghi”、1枚だとボルレンゴです。


モデナの庶民の古い伝統料理だそうで、友人同士で作りながら食べるクレープのような料理。
粉物を鉄板を囲んで焼きながら食べる食文化があるなんて、モデナの高感度がぐんと上がりました。


総合解説」にはボルレンゴの日本語のリチェッタを載せています。

モデナの食文化って、素晴らしいですねー。
ランブルスコ飲みたくなりました。
 ↓

モデナのストリートフードの傑作、ニョッコ・フリット。
生ハムのおとも。
モデナは粉物天国でした。


モデナで生ハムと言えばサルメリア・ジュスティ。


モデナを代表する料理人、マッシモ・ボットゥーラシェフのビストロ、
フランチェスケッタ58


その他まだまだあるグルメ情報は「総合解説」を御覧ください。


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“グルメ旅~モデナ”の記事の日本語訳は「総合解説」2016年11/12月号を御覧ください。
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2019年3月15日金曜日

「難しく考えないで生きていく」理系の街、モデナ

今日はモデナの話。
小さいけれど、歴史と文化がギュッと詰まった、豊かな街です。


フェラーリとバルサミコ酢とエステ家の街。
大聖堂、グランデ広場、ギルランディーナの塔は世界遺産。

『ラ・クチーナ・イタリアーナ』のモデナのグルメガイドの記事は、
モデナの紋章には、“Avia pervia”というラテン語が記されている、という話から始まります。
観光でちょっと立ち寄ったことがあるだけの私には、初耳でした。
これがモデナの紋章です。

確かに書かれていますねー。
どういう意味なんでしょう。
街のモットーだけあって、様々なスポーツチームの名前などに使われていますが、記事でも詳しく解説しているように、イタリア人でも意味を理解するのは少々難しい言葉のようです。
記事の説明を短くまとめると、「難しく考えないで生きていく」あたりがしっくりするかな。
これはラテン系の人々のモットーと言ってもいいのでは。
いい言葉だなあ・・・。

ところで、モデナの名産品を見ていて気がついたのですが、ぶどうの果汁を酢酸菌で酢酸発酵して作るのがバルサミコ酢で、牛乳を乳酸発酵させて作るのがパルミジャーノ、酵母が糖分をアルコールと炭酸ガスに分解して生まれるのがランブルスコだそうで、モデナの人は理系に違いないですね。

下の動画はモデナを代表する有名シェフ、マッシモ・ボットウーラシェフの店、『ラ・フランチェスカーナ』。



この黄色い料理の名前は、“おっと、レモンのクロスタータを落とした!”だそうで。
ドイツの現代アートの巨匠、ヨーゼフ・ボイスの影響を受けているのだとか。
この動画を見てふと感じたのが、マルケージのミラノの店に似ている、ということ。
料理を現代アートに例えたのは、マルケージの代表作の一つ、ドリッピング・ディ・ペッシェが20世紀を代表する抽象画家のジャクソン・ポロックの“ドリッピング”技法にインスパイアされてのこと、というのが有名。
ボットゥーラシェフはマルケージチルドレンではないそうですが、彼の料理は、マルケージがやってきたことによく似ているような・・・と感じてしまいます。

ドリッピング・ディ・ペッシェ
 ↓

今日のブログのタイトルは、「難しく考えないで生きていく」理系の街、モデナですが、重要なことを忘れていました。
「難しく考えないで生きていく」、レズドーラに育てられた理系の街、でした。
レズドーラはパスタの麺打ちが得意で家事をバリバリこなすスーパー主婦で、地元の食文化の継承者のことです。

レズドーラとマッシモ・ボットゥーラシェフが作るモデナのトルテッリーニ
 ↓

ホントの親子みたい。
ボットゥーラシェフの実際のお母さんはどんな人だったのか、興味ありますねー。
親から子へと伝わる家庭料理では、その一家ならではの技術や配合が受け継がれますが、ボットゥーラシェフが作るようなアルタクチーナは、感性の表現の仕方が師匠から弟子へと受け継がれます。

モデナの感性を高めたのはエステ家。
モデナを含むエミリア・ロマーニャ地方の感性が生み出したランブルスコ。



エミリア・ロマーニャ地方の料理のお勧め料理本は、“グリバウド・グランデ・クチーナ・レジョナーレ・イタリアーナ”シリーズの『エミリア・ロマーニャ』


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“グルメ旅~モデナ”の記事の日本語訳は、「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月13日水曜日

シチリアのパン粉のパスタ

前回はシチリアのカンティーナ、プラネタの料理本を紹介しましたが、
クレアパッソでは、お勧めのシチリア料理本が、もう1冊あります。
グイド・トンマージの地方料理シリーズの『シチリア』です。

このシリーズも写真が秀逸で、シチリアでオステリアを営んでいる家庭にホームステイでもしているような気分になって、読み返すと、あの時は楽しかったなあ、なんて、かつてのシチリア旅行の思い出が蘇ってくるような本です。

一方、プラネタの本は世界中から観光客が押し寄せる豪華なホテルレストランで世界各国から集まった若者たちと一緒にスタージュでもしてるかのような、素敵なワクワク感に満ちています。

どちらの本にも載っている1品が、この本の違いもよく表しているようなので、ちょっと紹介してみます。

それは、シチリア名物、パン粉のパスタです。

シチリアに行くまで、チーズの代わりにパン粉を散らす、というパスタの存在は、うっすら聞いたことはあるけど、実際に食べたことはありませんでした。
でも、パレルモのオステリアはそれが普通のようで、すぐに慣れました。
チーズの代わりどころか、パン粉がソースのメインの食材という、パン粉のパスタの存在を知ったのは、ずっと後のこと。


それではグイド・トンマージの『シチリア』の
パン粉のパスタ/PASTA CON LA MOLLICAをどうぞ。

材料/4人分
 スパゲッティかブカティーニ・・400g
 にんにく(できればヌビアの赤にんにく)・・4かけ
  塩漬けアンチョビ・・4枚
 (セモリナ粉のパンの)パン粉・・200g
 EVオリーブオイル・・大さじ5
 塩

・大きなフライパンでにんにくを油でソッフリットにする。きれいにしたアンチョビを加えて潰してほぐし、火から下ろす。
・別の大きなフライパンでパン粉を木べらで強火で炒める。すぐに焦げるので絶えずかき混ぜる。きれいな栗色になったら取り出す。
・スパゲッティをアルデンテにゆでる。
・アンチョビのフライパンにスパゲッティを加えてなじませ、パン粉をたっぷり散らしてサーブする。
※パン粉を炒める時に油大さじ1を加えても良い。しっとりしたパン粉になる。

外見上は、ソースはパン粉だけの、ザ・漢の料理みたいなパスタです(P.27)。
盛り付けも、皿のリムの内側いっぱいにどどっと広がっています。
パスタとパン粉がほぼ同じ色なので、小麦粉オン小麦粉感が半端ない。

これを、貴族料理がルーツの世界的に成功したパスタメーカーのリゾートホテルでは、どんな料理にするのでしょうか。
それでは『シチリア/クチーナ・ディ・カーザ・プラネタ』のパン粉のパスタをどうぞ。


アンチョビとパン粉のパスタ/PASTA CON ACCIUGHE E MOLLICA

材料/4人分
 スパゲッティ・・400g
 パン粉・・200g
 アンチョビ・・6枚
 白ワイン・・1カップ
 塩抜きしたケッパー・・20g
 唐辛子・・1本
 EVオリーブオイル・・大さじ3

・パスタをゆでる。その間にパン粉を少量の油で炒める。
・別のフライパンでアンチョビ4枚を、唐辛子のみじん切り、ケッパーのみじん切りと一緒に油で溶く。
・ワインをかけてアルコール分を飛ばし、5分煮る。
・アルデンテにゆでたパスタと残りのアンチョビを加えてマンテカーレし、パン粉をたっぷり散らしてサーブする。

見た目は、こちらはアンチョビと赤い唐辛子の小片がアクセントになっています。
それをこんもりと高く、小さめに盛り付けるので、とても繊細に見えます(P.55)。
ケッパーも入っているので、かなり食べやすそう。

アンチョビとパン粉は基本の材料。
これに唐辛子やケッパーが加わると、劇的に漢臭さがマイルドになるんですね。
これはぜひ写真を見比べてほしい料理です。





グイド・トンマージの『シチリア』も、男前な料理だけじゃないです。
例えば、“マッコ”は、一度食べるとやみつきになるとても美味しい乾燥ソラマメのピューレですが、生のソラマメで作ると、乾燥ソラマメを使ったものより色が美しくなるのだそうで、本ではとても美しいソラマメ色のピューレを紹介しています(P.52)。


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2019年3月11日月曜日

プラネタ家の料理本、『シチリア』

お勧めの再入荷本、

シチリア/クチーナ・ディ・カーサ・プラネタ


のご案内です。

この本は、シチリア料理の本の中でも、シチリアを代表するカンティーナで貴族の家系でリゾートホテルレストランも経営するプラネタの料理を紹介するという、異色の大型本。
写真はとても美しく、ページをめくっていると、舌がシチリアになって、プラネタのワインを用意したくなる、魅力あふれる本です。


ちょとシチリア行ってくるわ、みたいな気分になりますねー。

最初のメンフィとサンブーカ・ディ・シチリアの章に載っている料理は、
肉のアランチーネとチーズのアランチーネ、
カポナータ、
パーネ・クンツァート、
ナスのコトレッタ、
パネッレ、
パニーニ・クレッシュート、
パンツェロッティ、
ティンバッレッティ・フリティ、
ペスト・トラパネーゼのブジアーティ、
テネルーミのミネストラ、
ズッキーニとミントのパスタ、
パスタ・アッレ・ヴォンゴレ、
アンチョビとパン粉のパスタ、
パプリカのリピエーニ、
リコッタとサルシッチャのラビオリ、
ラグーのアネッレッティのティンバッロ、
アッグラッサート、
牛フィレットの赤ワインソース、
オレンジのサラダ、
タラのミルク煮、
ポルペットーネ、
サルデ・ア・ベッカフィーコ、
サルデ・ア・キアッパ、
トリッパ・フィンタ、
ビアンコマンジャーレ、
カンノーリ、
カッサータ、
コーヒーのジェーロのホイップクリーム詰め、
レモンのグラニータ、
モンテ・ビアンコ・・・
といった品揃え。

貴族の料理はどれだけお高くとまってるまのかと思えば、想像以上に庶民的。
殆どが、一度は聞いたことがあるシチリア料理の代表選手。
しかも、適度にディープなシチリア料理も混じっていて、一度は食べてみたい、と思っていた料理がいっぱい。
さすがは世界中からファンがやってくるプラネタ社とそのリゾートホテル。

マルケージシェフが、ミラノの店の次に挑戦したのが、大手ワイナリーと手を組んだ高級ホテルレストランだったことを考えると、象徴的です。
世界中にファンがいるカンティーナは、食文化の伝道師でもありました。
その昔、メディチ家のような巨大勢力が、フィレンツェの文化を発展させたように、イタリア料理はイタリアワインの造り手によって、世界中に広まっていくのだなあ、と感じます。

ワイナリーに高級リゾートホテルレストランを作って、トップシェフを呼んで、ワインをサーブしながら世界中の顧客に暖かい地元流のもてなしを体験してもらうのは、今やカンティーナが成功した証。


その料理は、確かに家庭料理なのですが、わざわざ飛行機に乗って、ブランド店も有名観光地もないぶどうの産地までやってくるグルメな顧客たちを満足させる、本物で、洗練された料理です。



シチリア料理のパトロンとしての活動も、相変わらず絶好調のようです。


舌がシチリア料理になって、喉がプラネタになりました。

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2019年3月8日金曜日

マルケージシェフの残したもの

今日はグアルティエーロ・マルケージシェフの話。
このブログでも度々取り上げ、2017年12月に亡くなった時は、世界中で報じられたイタリアを代表するグランシェフ。
今月の「総合解説」では、ガンベロ・ロッソが創刊30周年に際して彼を取り上げた記事を訳しました。
おそらく世界で一番有名なイタリア料理人ですが、知らない人のために記事の冒頭をここで紹介。

「マルケージ・シェフは1970年~80年台にかけて、イタリア料理を変えた人物だ。
ガンベロ・ロッソの最初の格付け本では、彼のミラノの店はダントツの1位だった。
彼によって現代イタリア料理の扉は開いた。
マルケージはイタリア料理のブランドを作り、イタリアンスタイルの豊かなライフスタイルと美食を世界に広めた」

私に取っての彼のイメージは、バブリーの最先端なシェフ、でした。
せっかくミラノの店で食事したものの、卓上のアーティスティックなオブジェや店のゴージャスな雰囲気にのまれて、料理のことは見事に何も覚えていないのでした。

でも、今になって思うのです。
もし、当時一世を風靡していたマルケージシェフが、バブルの申し子でもう少しえげつない人だったら、イタリア料理は今とは違ったものになっていたかもしれない。
マルケージチルドレンを筆頭に、今のイタリア料理には、彼のナイーブでハイセンスな感性が受け継がれています。

彼の代表作、リーゾ・オーロ・エ・ザッフェラーノ。
初めて世に出たのは1981年。


彼はヌーベルキュイジーヌと一緒に語られることとが多い人ですが、記事には、彼自身はヌーベルキュイジーヌの限界をすぐに感じていた、という話もあります。
シンプルな料理の美しさと美味しさの関係に魅せられていたマルケージシェフは、食材自身が持つ美しさを、料理を遊びすぎてゆがめてはいけない、と語っています。
確かに、彼の代表作は、シンプルなのに強烈なインパクトをもつものばかり。
「総合解説」には代表作4品の写真も載せました(P.36)。
Raviolo Apertoも、Dripping di pesceも、料理を見れば誰もが彼の料理と知っているもの。
こんな人、世界中探してもそういません。

彼の功績を理解するには、ヌーベルキュイジーヌというキーワードを消し去る必要があるかもしれません。
イタリア人の代名詞だったラテン系の情熱に満ちたおふくろの味より、彼の知性や芸術性が溢れた料理に、世界中が魅せられたのでした。

これはそれまで、イタリア人の誰にもなしとげられなかったことでした。
母から娘へと受け継がれてきたとても曖昧で広大なイタリア料理の姿を、彼は自らの判断できっちりと整理して、アイデンティティーを確立させたのです。
でも、無名の母親ではなく、天才料理人の料理を弟子が受け継ぐというスタイルは、フランス料理の典型。
このあたりにヌーベルキュイジーヌをイメージさせる要素があるのかも。

イタリア料理にマンマ以上の影響を与えた唯一のシェフです。

マグロのグーラシュ(2011)



彼の目指した料理の思想を受け継ぐシェフたちの団体、レ・ソステの本、『グランディ・リストランティ・グランディ・シェフ





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“グアルティエーロ・マルケージ”シェフの記事の日本語訳は「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月6日水曜日

マントヴァのトルタ・ズブリゾローナ

今日は、マントヴァのドルチェ、トルタ・ズブリゾローナsbrisolona。

イタリアの基本のドルチェの一つで、英語で言えばクランブル。
語源はかけらという意味のブリーチョラbriciolaの方言。

マントヴァはロンバルディア南部の世界遺産の街。
ルネサンス期のその支配者ゴンザーガ家の時代が最盛期。

こんな街。
 


マントヴァと言えば、カボチャとトルテッリ・ディ・ズッカ。
 


そしてドルチェの名物がズブリゾローナ。



 『クチーナ・イタリアーナ』の記事によると、16世紀のマントヴァの農民が作っていたそうで、アーモンドの安価版代用品のヘーゼルナッツや、卵の代わりに白ワイン、バターでなくラードを加えたものが、本格的な農民風。
一方、ゴンザーガ家の宮廷のリチェッタでは、スパイスや香料、アーモンドを加えたそうです。

お勧めの本『カルロ・クラッコの地方料理』によると(P.77)

このドルチェの最初の姿は小麦粉とラードだけの質素なもので、塩味でした。
そこに時代と共に小麦粉、ナッツ、バター、砂糖が加わり、リッチで香ばしいドルチェになりました。
食後にサーブしてもいいですが、私は午後のお茶に添えるほうがふさわしいと思います。
ズブリゾローナを作る時は、大きくしすぎないことが大切です。
分厚いズブリゾローナを見るとうんざりします。
逆に手で割れるような薄いズブリゾローナは素晴らしいと思います。
トルタ・ズブリゾローナはナイフで切るトルタではありません。
私は伝統的なそぼろ状で香ばしいズブリゾローナが好きです。
(とうもろこしの粉が入っているので独特の風味になります。)
あるいは、パスタ・フロッラのベースの上に各種のフルーツをのせて全体にブラウンシュガーを散らす洗練されたアレンジも気に入っています。

この本のズブリゾローナの写真を見ると、手で割ったズブリゾローナが3片に、真っ白のリコッタクリームのクネルが添えてあります。
クラッコのドルチェと思えないほど大胆で素朴。
でもどことなく高貴。

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“ズブリゾローナ”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月4日月曜日

レズドーラとロールパスタ

今日はエミリア風ロールパスタの話。
12月号の「総合解説」に、毎年必ず登場するパスタは、トルテッリーニなどの詰め物入り手打ちパスタが定番ですが・・・、
今年は趣向を変えたのか、ロールパスタが登場しました。
ロールパスタって、考えてみると最近では珍しいパスタです。

下の動画は「総合解説」のロールパスタと同じではありませんが、とりあえず。


「総合解説」のエミリア風ロールパスタは、典型的なロールパスタだと思いますが、この動画が一番近いかも。

このパスタのリチェッタが写真付きであった本は、お勧め本の1冊、『イル・グランデ・リーブロ・デッラ・パスタ


人気のロングセラーの本ですが、表紙のデザインを何度も変えながら重版をしているので、どの表紙の本が手に入るかは、注文してみないとわからないという、かなりイタリア式マインドが必要な大型本です。
扱っているパスタと写真の多さが特徴。

生パスタの基本は、麺棒で伸ばす板状の生地です。
イタリアでこの作業のマイスターとみなされているのが、エミリア地方の主婦たちです。
このブログでも度々登場していますが、彼女たちはレズドーラrezdoraと呼ばれています。
家事は料理でもなんでもバリバリこなすスーパー主婦のことですが、もちろん生麺を薄く均一に伸ばせる男性も普通にいます。

パスタは乾麺と生パスタで、別々の道を歩んできました。
主材料はどちらも粉と水。これが、工場での大規模生産か、人手によるアルティジャナーレな製品かによって、明確に2つでに別れました。
乾麺のパスタは、製品の保存と輸送を確実にして世界中に広まりました。
そうなるためには、大都市などの人口の多い大きな消費地と、鉄道や船などの輸送手段が発達していることが必要です。
大量生産によって価格が下がり、ゆでるだけという簡単な調理方法のおかげで、特別な技術がなくても、裕福でなくても、忙しい人でも、誰でも食べることができるとても民主的な食べ物になり、世界中の人々に受け入れられました。

一方、生パスタは、スローな道を選びました。
その製造技術は母から娘へと口伝で受け継がれ、人や場所によって様々な形が考え出され、どんどん個性的で複雑になっていきました。
北イタリアで栽培が広まった軟質小麦triticum aestivum またはvulgare)は、硬質小麦triticccum durumまたはtrugidum)より白くて細かい粉になり、なめらかで人の手による細かい細工がしやすい小麦だったのも幸いでした。

レズドーラはエミリア地方だけではなく、北イタリア各地の家庭を切り盛りするベテラン主婦の呼び方ですが、エミリア地方では生パスタを薄く均一の広い板状に伸ばす女性職人の名前として広まりました。
農家のレズドーラはその家で一番早く起きて家族が畑に出かける準備をし、家族が出払ったら今度は家畜の世話をします。
ある意味、農家の女性の暮らしは男性よりきつかったかも。

薄い布にのせたパスタをソフトに巻くのは、熟練が必要な技ですが、レズドーラのパスタの秘密は、全部口伝で伝えられてきました。
量もきっちり図るのではなく、目分量。
例えば、パスタを麺棒で伸ばすと、パスタマシンで伸ばしたときより表面がザラザラになって、ソースが絡みやすい麺になります。
打ち粉をセモリナ粉と軟質小麦粉のミックスにするのも同じ効果が得られます。

下の動画はボローニャで開かれたパスタ打ち教室。
麺棒でパスタを伸ばす教室です。
今時のイタリア人女子と男子が受講しています。


今月の「総合解説」のロールパスタのリチェッタは、P.16です。

生パスタのことを詳しく知りたいなら、スローフードの『パスタ・フレスケ・エ・ニョッキ』がお勧め。


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“エミリア風ロールパスタ”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2016年11/12月号に載っています。
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2019年3月1日金曜日

お勧めピエモンテ料理の本

料理雑誌の11月号と12月号を訳していると、この時期はピエモンテが光り輝いていると感じます。
白トリュフ、ワイン、ボッリート・ミスト、カルドゴッボなど、「総合解説」で訳したリチェッタも、ピエモンの特産品が活かされたものばかりです。

クレアパッソで販売しているピエモンテ料理の本のお勧めは、
まず、グリバウドのグランデ・クチーナ・レジョナーレ・タリアーナシリーズの『ピエモンテ』。

ピエモンテの代表的な料理を幅広く網羅して、写真もそれなりにあるので、ぱらぱらとめくっているだけでピエモンテ料理の大まかな姿が見えてくる、とてもコンパクトで便利な本です。
他の州も全部こんな調子で、全集揃えるのがお勧めで、イタリアの代表的地方料理がほぼコンプリートできます。

ニュートン・クチーナ・レジョナーレシリーズは、さらに詳しく、ピエモンテのプロヴィンチャごとにリチェッタをたくさん集めています。


11~12月に旬を迎えるピエモンテは、正確には、ランゲ、モンフェッラート地方が主役。ピエモンテの料理を語る上で、クーネオ、アスティ、アレッサンドリアにまたがるランゲとモンフェッラートという地区は、最初に覚える地区のはず。
イタリアを代表するワインの産地として名高く、世界遺産でもあります。
世界中の人がイメージするピエモンテの姿が、この季節のランゲ・モンフェッラートにあります。


ピエモンテはワインとトリュフだけじゃない。
世界一の米とミネラルウオーターもあります。


北の人も南の人と同じくらい地元愛が強烈なんですね。
その強烈な地元愛がよく分かるお手頃価格の本が、ニュートンのシリーズです。
長く愛されているロングセラーで、リチェッタの数はすごいけど、写真が殆どないのが欠点。

逆に写真が素晴らしいのが、『トラディツィオーネ・グスト・パッシオーネ』。


1巻は北イタリア、2巻は南イタリアの有名レストランの料理を中心に紹介していますが、1巻はピエモンテ料理から始まります。
たとえば、1巻P.21の“赤パプリカのリピエーノ”は、肉厚のパプリカがとても美しい1品です。
その左隣のページの写真は、チラッと見ると、何の変哲もないオーブンでパプリカを焼いている写真ですが、中央の写真のパプリカが焼く前で、下段の写真は同じように見えますが、よく見るとパブリカがぺしゃんこに潰れています。
パプリカがこの状態になるまで焼く、というのが、この店(リストランテ・ダ・グイド)の焼き方なんです。
それがわかった時、大抵の人は二度見しますよ、この何の変哲もない写真を。
さらに、記事には美味しいパプリカの選び方も書いてあります。

ページをめくると、今度は生の卵黄が具のラビオリ。
さらに次のページをめくると、ドーンと見開きの2ページを使って、今まさに生の卵黄にパスタをかぶせる写真が。
次の料理も歴史的な名物料理です。
アニョロッティのナプキン包み。
アニョロッティを皿ではなくナプキンの上に盛り付けてサーブする、てどういうこと?
となりますよね。
実はこの料理、名前はとても有名で時々聞いていたのですが、その由来やサーブされる姿を始めて見ました。
おそらく写真に残された最後の姿なのでは。
生の卵黄のラビオリもナプキンのアニョロッティも、グイドのシェフのリディア・アルチャーティというピエモンテでとても愛された、ピエモンテ料理の1時代を築いた女性シェフが作り出しましたが、彼女は2010年に亡くなっています。
本にはリディアさんがどういう人で、どうしてこんなに尊敬される料理人なのかが書かれています。

リディア・アルチャーティさん。
 ↓

この本は、こんな調子で、すべてのページが貴重な情報に満ちています。
イタリアであっという間に売り切れたのも納得です。

もう少し若い世代のピエモンテ料理の旗手たちの料理を中心に知るなら、スローフードのに関わりの深い店の本、『オステリエ・ディ・イタリア新版』がお勧めです。


ブラのボッコンディヴィーノの次に紹介されているのはトリノのコンソルツィオ。
 ↓





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総合解説
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2019年2月27日水曜日

21世紀のブラザートとストゥファート

今日はブラザートとスゥファートの話。
イタリアの冬の基本の料理です。

以前、このブログでも説明しています。(こちら)
3年前の記事ですが、今回訳した『クチーナ・イタリアーナ』の記事(今月の「総合解説」P.24)は、たった3年でイタリア料理が変化していることを感じさせる興味深い記事でした。

ブラザートbrasatoは炭という意味のbrasaが語源で、炭で鍋を覆って煮る料理でした。
一方、ストゥファートstuatoはストーブstufaで煮る料理。
3年前、イタリアの人たちは、両者の違いがよくわからない、と言っていました。

ストゥーファ
 ↓

暖炉で料理
 ↓

おばあちゃんの時代の薪用コンロ
 ↓

薪用コンロは生き残ったようですね。
ガスの火では出せない良さがあったのでしょう。
炭火で煮ている動画はみつかりませんでした。
もう絶滅したのでしょうか。

とにかく、炭も薪も、一昔前の、ガスコンロが普及する前の、言うならば明治の台所の話だったのです。
一昔前はその過渡期で、携帯に黒電話が駆逐されたように、炭や薪で料理することを知らない世代には、ブラザートもストゥファートも、なんのこっちゃ、だったのでしょうね。

イタリア中、ガスのコンロが当たり前になった現在、あえて炭や薪で料理しようとする人がいなくなった代わりに、ガスのコンロでブラザートやストゥファートと同じ効果を出す調理方法が研究されています。
さらには、コンロの持つ特徴を活かした調理方法も加えられるようになりました。
それが現代のブラザートとストゥファートなのです。

強火で焼いて焼き色をつけてからから、とろ火を保ってコトコト煮る、という調理方法が、ガスコンロが普及した現代だからこその料理だったとは、目からウロコでした。

炭火の調理を低温調理という方法で再現したブラザート。
 ↓





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“ブラザートとストゥファート”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2016年11/12月号P.24に載っています。
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2019年2月25日月曜日

ファッロことエンマー小麦

本で見かけると、いつも猛烈に気になる食材があります。
ファッロfarroです。

starr-170723-0274-Triticum_dicoccum-Emmer_kernels-Hawea_Pl_Olinda-Maui
 ↑
これはハワイで栽培されたファッロ。

昔はスペルト小麦と訳していたのですが、ファッロには大中小の3種類あります。
そしてスペルト小麦はファッロ(大)のことです。
ところがイタリアで普通ファッロというとファッロ(中)のことです。
Triticum dicoccum(エンマー小麦)です。
やっぱりイタリアのファッロはスペルト小麦じゃないですよね。
この事実を知って以来、ファッロのことはスペルト小麦と呼ばずにファッロと呼ぶことにしました。

詳しくは、以前のブログ(こちら)を御覧ください。

イタリア各地の名産品の解説本、『1001スペチャリタ』によると、

ファッロ(中)は現在の軟質小麦粉の先祖。
人間が利用した最初の穀物の一つで、エトルリア人やローマ人の基本の食料でした。
石が多い痩せた土地でも育ち、厳しい冬の寒さや夏の日照りにも強く、栽培には農薬や殺虫剤を必要としない穀物です。
ちなみにfarinaの語源はfarroです。
ファッロ、あなどれない。

いくつかの種類がありますが、ウンブリアのモンテレオーネ・ディ・スポレートで栽培されている品種は、もっとも上質なファッロとみなされています。
ヨーロッパで唯一のDOP製品。
エトルリア人が文化を築いたウンブリアで、ファッロは大切に受け継がれてきたんですね。
しかも、モンテレオーネ・ディ・スポレートのファッロは、イタリアならではの親から子へと技術を厳格に受け継ぐ伝統が守られてきたために、皮が固くて向きにくいという欠点があるにもかかわらず手作業が守られ、古代の品質が守られました。



ファッロは痩せた土地でも、厳しい気候でも育ったので、飢饉の時に大勢の命を救いました。
そのため、ファッロをモンテレオーネ・ディ・スポレートに伝えた聖人、サン・ニコラは、街の守護聖人となり、21世紀の現在でも、サン・ニコラのファッロの祭りで、その奇跡が語り継がれています。

2017年12月5日のサン・ニコラのファッロの日
 ↓


最近ではファッロの粉を使ったパスタも普及してきました。
ファッロの粉には食物繊維、ビタミン、ミネラルが豊富に含まれているそうです。


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総合解説
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2019年2月22日金曜日

カラブリアのベルガモット

今月の食材の話、続きます。
今月と言っても、現在発売中の「総合解説」2016年11/12月号の話ですので、あしからず。

P.2ページの、上段中央の柑橘果物。
ベルガモットbergamottoです。
ミカン科の植物ですが、カラブリアの宝と呼ばれているレッジョ・カラブリア特産の柑橘フルーツです。

聞いたことはあるけど、どんな味や香りなのか、知らないなあ。
それもそのはず、ベルガモットは生食用や飲料用ではなく、もっぱら精油を香料として使用する柑橘果実。
1kgの精油を得るにはベルガモットが千個必要です。
スポンジを使って精油を絞り出す独特の手作業。


ディオールのすべての香水にも使われています。
 ↓

カラブリアは全世界のベルガモットの95%を生産しています。
ミカン科の果実は中国原産で他の品種との交配によって様々な果実が生み出されています。

どんな経緯でベルガモットがカラブリアに定着したのか、諸説入り乱れていますが、カラブリアが出てくる説は、スペインのムーア人がカラブリアの領地に生えていたビターオレンジの木にある植物を接ぎ木したことから広まった、というもの。

こちらのページによると、ビターオレンジをアラブ人は9世紀から栽培していて、11世紀にはシチリアにも伝えています。
ベルガモットの黄色い皮はレモンやビターオレンジ、ライムの血統が入っていることの証明。
ベルガモットの皮から取れる精油は、ビターオレンジの血統の証だそうです。
結論は、ベルガモットは14世紀にカラブリアで人為的に造られた品種とのこと。
この説、説得力あるなあ。
北イタリアのベルガモは関係なさそうですね。

カラブリアでは、まだ知られていないものも含めて様々な柑橘フルーツが栽培されています。
 ↓

2008年まで、ベルガモットは精油用の工業製品で農作物とはみなされていませんでした。
でも、最近では栄養価などが注目されて、食用として認知されるようになってきました。
生のものが出回るのは11月から3月の収穫期だけ。


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“ベルガモット”は「総合解説」2016年11/12月号P.2に載っています。
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2019年2月20日水曜日

11/12月の食材~トスカーナの栗の粉

「総合解説」2016年11/12月号発売しました。

最初の記事は、11月や12月に旬を迎えるイタリアの食材。
今月は面白い食材が一杯ありました。
まずは、farina di castagne、栗の粉です。

栗の粉なんて、カスタニャッチョ以外の料理が思い浮かばなかったのですが、これが最近では、グルテンフリーの粉として、小麦粉の代用品として注目されるようになっていたとは、全然知らなかったですねー。

下の動画によると、1950年台末まで、山岳地帯に暮らす人々に取って、栗は冬の間の主要な食料でした。
栗拾いも大切な日課。
子供は栗拾いをしてから学校に行ったものでした。
集めた栗は1ヶ月かけて干してから皮をむいて、山の雪解け水の水車で粉にします。
こうして長期間保存できるようにしたのです。
当然ながら山の暮らしが改善された現在、栗の粉を作る人も減っています。
消えつつある伝統のようです。



村の住民総出で行う、手作業の粉作り。
手間のかけ方で品質の良さが左右されます。
栗の粉に対するイメージが変わるような動画でしたね。

栗の粉のポレンタ・・・。
食べたことない・・・。

イタリア各州の特産品と料理を集めた大型本、『1001 スペチャリタ』によると、

カスタニャッチョはイタリアで全国的に広まっている料理ですが、中でもトスカーナは上質の栗の産地として、昔から栗料理には一目置かれていました。
代表的な栗は、モンテ・アミアータのカスターニャ、ムジェッロのマローネ(最上質と言われているのはマロン・ブオノ・ディ・マッラーディ)
マッラーディの栗の収穫祭
 ↓



トスカーナのカスタニャッチョは上質の栗の粉を使ったカスタニャッチョと言われています。
カスタニャッチョは10月に収穫した栗から冬に作る料理です。
ノヴェッロワインやヴィンサントを添えるそうです。
11月は新ワインの季節でもありました。

モンテ・アミアータの栗生産者組合のページのリチェッタ(原文はこちらのricette antiche)を訳してみます。

カスタニャッチョ/Castagnaccio
・栗の粉500gを振るい、塩ひとつまみを加える。
・水800mlで溶き、松の実、くるみ、レーズン、ローズマリー、オリーブオイル大さじ3を加える。
・オーブン皿に油を散らして生地を厚さ2cm程度に流し入れ、190℃のオーブンで約30分焼く。

GialloZafferanoのカスタニャッチョ
 ↓


超簡単。


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栗の粉は「総合解説」2016年11/12月号P.2ページに載っています。
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2019年2月18日月曜日

農民料理人、ピエトロ・パリージ

今月のシェフは、まず、ピエトロ・パリージさん。
18歳までナポリの農園育ちで、ホテル学校卒業後、マルケージのもとでスタージュ、その後はパリのデュカスの元で働き、24歳でドバイの高級ホテルの料理長という輝かしいキャリアを歩んできました。
イタリアに戻ってからは、通称、cuovo contadino(農民料理人)と呼ばれて、職人と農民の仕事の成果を世に広めています。

自信作の1つ、揚げずに蒸して作るパルミジャーナ


ローマでイタリア版フード・ジャーの店を開いたそうですが、フード・ジャーってこういう料理のことでしたか。
パルマ・カンパーニアの彼の店、エーラ・オーラ



食材を提供する農家の紹介や、野菜の皮などの残り物の利用方法にもこだわった本。
彼は、食材の造り手と料理人の同化を目指すシェフ。




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“シェフ~ピエトロ・パリージ”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月15日金曜日

ジビエに合うイタリアワイン

今日はジビエに会うワインの話。

最近はジビエが話題にされることも多いようで、ジビエを食べる機会に遭遇するチャンスも多くなっているのではないでしょうか。
サーレ・エ・ぺぺ』によると、イタリアのソムリエさんが言うには、ジビエ特有の硬さのある味は、ジビエの脂肪の中にあり、食べてすぐに感じるものではなく、肉の味の中に溶け込んでいるのだそうです。

さらに、ジビエ料理に多い長時間の加熱によって、複雑な風味が生まれるので、単純に食材とワインの相性だけを考えるものではないのだとか。

猪肉にも鹿肉にもとんと縁のない生活ですが、もしもの場合にそなえて、知識だけはためておくか・・・

それにしても、この記事を読んで思わず二度見したのが、記事の中で上げられている野生動物。
cinghiale(猪),cervo(アカシカ),capriolo(ノロシカ), daino(ダマジカ), lepre(ノウサギ)までは、ふんふん、と読んでいたのですが、最後のriccioで?となりました。

ご存知ですか? riccioという名の野生生物。

di mareがつくとウニですよね。
つまりウニのような姿の陸上の動物というわけなんでしょうけど、とげとげがある動物というと、ハリネズミ以外、思い浮かびませんよ、私。

Little Hedgehog Adventure

でも、この記事は料理とワインの話。
つまり食べる肉としてのハリネズミ?
ということで話を進めてOK?

とりあえず調べてみると(こらちのページ)、ヨーロッパハリネズミはイタリアでは全国的に生息しているそうですが、現在は保護のために禁猟となっているようです。

そんなわけで、もしもの時にそなえて、ハリネズミ料理にはどんなイタリアワインが合うかという知識まで引き出しにしまわれてしまいました。
答えは「総合解説」を御覧ください。

それでは、イタリアの代表的なジビエ、cervoの話です。
日本の鹿、ニホンジカより大型の、森の王様です。

ciao, mi chiamo alan

どんな料理が適するかは、「総合解説」2016年9/10月号の“シェフと肉屋のジビエ”を御覧御覧ください。

答えはずばり、
「高貴なバローロは鹿肉に合う」
だそうですよ。

これは覚えやすいですね。
もっと高貴なバルバレスコにはノロジカだそうです。
ノロジカCaprioloというのはCervoによく似た味で調理方法も似ていて、Cervoより小さいので、ニホンジカに近いかも。

ペットのノロジカ。かわいすぎー。
さすがは森のともだち。
 ↓


猪肉に合うのはブルネッロ・ディ・モンタルチーノだそうです。

ジビエをプリーモ・ピアットのソースにしたときにお勧めなのは、デリケートなボディーの中程度の強さの香りのワイン。

ノロジカのラグー
 ↓

ノロジカ肉・・500~600g
マリネ液
 赤ワイン・・1.5カップ
 小玉ねぎ・・1個
 にんにく・・1かけ
 にんじん・・小1本
 セロリ・・1本
 ローズマリー、セージ、ジュニパー、ローリエ、その他好みのフレッシュのハーブ
 
・肉を粗く切ってマリネ液で最低12時間マリネします。
・肉を取り出して小さく刻みます。
・玉ねぎ、にんじん、セロリ、マリネ液と同じ量のハーブをみじん切りにします。
・鍋に油1/2カップ、バター一塊、コロンナータのラルド50gを入れ、香味野菜とハーブのみじん切りを炒めます。
・しんなりしたら刻んだ肉を加えて炒め、白ワイン1カップを加えてアルコール分を飛ばします。
・皮むきカットトマト350gを加え、蓋をして弱火で1時間煮ます。
・レードル1杯のブロードか湯を加えて塩、こしょうし、1~1.5時間煮ます。

久しぶりに動画のリチェッタを訳してみました。
作る人、いるかなー?
「総合解説」には猪のラグーのリチェッタを載せました。
仕上げにズッキーニの輪切りのフリットとペコリーノを散らし、香味野菜のソッフリットにはグアンチャーレを加えています。

相性の良いワインは、ネッビオーロが共通項。
cervoはバローロ、caprioloはバルバレスコ、ジビエのラグーにはネッビオーロ・ダルバ。

ネッビオーロ
 ↓


鹿肉のハンバーガーに合うお勧めのワインは、オディリオ・アントニオッティのブラマテッラ。
ネッビオーロと地元の数種類の品種を使っています。




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“ジビエに合うワイン”の記事の日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月13日水曜日

チロってるチーズたち

チーズの原料のミルクは牛乳、水牛乳、山羊乳、羊乳があり、一番多いのが牛乳のチーズ。

イタリアの代表的な牛乳のチーズはパルミジャーノ・レッジャーノとグラナ・パダーノ。
他に、ゴルゴンゾーラ、フォンティーナ、アジアーゴ、タレッジョ、カステルマーニョ、カチョカヴァッロ、モンタジオなど。

パルミジャーノやグラナ・パダーノなどの硬質チーズは特徴や製造方法が似ていて、まとめてグラナと呼びます。

パルミジャーノ・レッジャーノという名前ができたのは1938年。
1954年に名前を定めた法律ができるまでは、両者の違いもかなりあいまいだったと想像できます。

パルミジャーノとグラナ・パダーノ以外にも似たようなチーズはあったけれど、現在では生産量がかなリ減っているようです。

「総合解説」の硬質チーズの記事に、グラナ・パダーノの仲間として紹介されているチーズの一つ、トレンティングラナは、こんなチーズ。
 ↓

山の牛乳を使った山の風味が特徴の質の高いチーズ。

山で生まれて平野では姿を消し、今では古いチーズ作りの伝統を守るためにローディー県でのみつくられているチーズ、グラノーネ・ロディジャーノ。
5年間も地中に埋めておきます。
 ↓

硬質チーズがしっかり熟成されているかどうかを判断するのはチロシン。
塩のような姿をした小さな結晶で、味を豊かにして消化しやすくするアミノ酸だそうです。


この納豆についてる白い粒もチロシンだそうで、チロってる、って言うんだって。

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“硬質チーズ”の記事の日本語訳は「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月11日月曜日

イタリアチーズとシャルル・ド・ゴール

今日はイタリアのチーズの話。
『クチーナ・イタリアーナ』誌2016年10月号のチーズの基礎知識の記事は、シャルル・ド・ゴールの逸話からスタートします。

シャルル・ド・ゴールはフランスの第二次大戦の英雄で大統領で、パリの空港に名前がつけられてることを考えても、フランス人から尊敬されている人ということが分かります。
その彼が、チーズに関する有名な逸話を残しています。

詳しくは、こちらのwikiのページをご参照ください。

私は初めて知りました。
フランス料理に詳しい人には有名な話なんでしょうか。
上記のページでは、フランスのチーズは246種類となっていますが、2016年のイタリアの記事では、かなりの余裕を見せて、400種類と大幅に増やしています。

フランスとイタリアは、隣同士の国なのに、何かとライバル視して対立するのも有名な話。
チーズの数を246から400種類と増やしたのは、時代に合わせて正確に表記したかったからか、それとも、素直に多いねーと驚いてみせたのか・・・。
そして、この逸話に続く一言が、完全にイタリアの本心を吐露しています。
それは
・・・イタリアには少なくとも700種類ある・・・
というさりげない一言。

ひよっとして、これが本場のマリーシアですか。

400程度じゃお話になりませんねー、こちとら700ですよー。笑っちゃいますねー。
という小学生みたいなやじが聞こてきそうです。

という訳で、この記事は、上げといて落としながらフランスの英雄をいじる、という高度なテクニックでイタリアのチーズのバリエーションの豊かさを自慢していたのでした。
イタリアの料理雑誌は、こういったイタリア人の本音がぽろぽろこぼれているので面白いですよー。

牛や羊のミルクという同一の原料から、700種類もの違うチーズが作り出されているのです。
その違いは、製造方法と産地から生まれます。
そのどれもが、ミルクの貴重な蛋白質や脂肪などの栄養を保存して運べるようにする、という目的で作られました。

下の動画ではイタリアのチーズは400種類と、ちょっとひかえめ。
イタリアのDOPチーズを中心にとてもわかりやすく解説している動画です。
これは永久保存版かも。
 ↓


イタリア産チースの海外への輸出が増え、今やフランスへも輸出していることを伝える動画。
フランスとイタリアはライバルだけど、フランスはチーズの重要な消費国で上質チーズをよく知っている、そんな国に輸出できるなんてすごい、と言ってます。
イタリアチーズの主な輸出先は、米国、インド、中国、日本。
イタリア国内のチーズの消費量が減少している中で、輸出は希望の光となっているようです。
 ↓



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“チーズ入門”の記事の日本語訳は「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月8日金曜日

鹿肉のハンバーガーのトリュフがけ

イタリアでジビエも売る肉屋とレストランをやっているアルドさん。
 webページはこちら

ここまで下処理してもらえれば、私でも鹿料理ができそうな気になります。
 ↓

これだけやってもらっても、ジビエは硬そう、臭そう、時間がかかりそうと、手を出しにくい理由が色々あります。

でも、肉屋ではジビエを熟成させて売るので、これによって心地よい味の柔らかい肉になります。
柔らかくなれば調理時間も短くなります。
さらに、若い動物の肉ほど柔らかくなります。
前回のブログで解説したように、チェルヴォより小さいノロジカやダマジカは、味は鹿に似ていても、もっとマイルド。

つまり扱いやすいのは、若い小型の動物の肉でミンチや一口大にカットしたもの、ということになります。
今月の『サーレ・エ・ペペ』の記事では、これらのジビエを使った手軽にできるリチェッタを紹介しています。


若い鹿の挽肉が手に入れば、“鹿肉のハンバーガーのタレッジョとトリュフのせ”(写真はこちらのページに)なんて簡単にできます。
刻んだタレッジョにおろしたトリュフを加えて弱火で溶かし、ハンバーガーバンズにはポルチーニのパテを塗ります。
グリルした鹿肉のハンバーグをのせたらとろとろのタレッジョで覆い、削りたてのスライスしたトリュフをのせるという1品。

タレッジョ。
 ↓

鹿肉とトリュフとポルチーニという森の美味しいもの三つ巴。
ラグーにすれば、パスタソースにも使えますね。

鹿肉のタリアテッレ
 ↓


イタリア料理は、地中海のマグロからアルプスの鹿まで、バリエーション豊かですねー。

アルト・アディジェでアルタクチーナを作るノルベルト・ニーダーコフラーシェフの鹿のヒレ肉料理。
 ↓

ジビエは脂肪分やコレステロールが低く、タンパク質が豊富。
肉食系ってこういう肉を食べる人なんだろうなあ。



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“シェフと肉屋のジビエ”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月6日水曜日

ジビエ、イタリアの鹿(Cervo, Capriolo, Daino)

今日のお題はジビエ。
今月の「総合解説」は2016年9/10月号。
毎年秋になると必ず出てくる恒例の話題の一つが、ジビエです。
今年は、ジビエを売っている肉屋とシェフが一緒に始めたレストランの記事でした。
記事の中に、セルヴァッジーナとかカッチャジョーネのことをイタリア人はどう思っているのか、という面白い話がありました。

野生動物を狩ることは、肉食系のイタリア人にだって残酷と映ります。
日本人の私だって、テレビで魚が銛で突かれるシーンは目を背けます。
ジビエも売る肉屋のアルドさんは、大規模に飼育されて結局は殺される牛も、野生動物も同じだ、というスタンスです。
さらに、増えすぎて駆除される野生動物が多いのはイタリアも同じ。
人間が捨てた森で繁殖して人間の畑を荒らすようになって駆除された野生動物を十分に活用できていないと考えるイタリアのシェフも多いようで、イタリアのジビエ料理の第一人者イグレス・コレッリシェフは、ジビエを“未来の肉”、と呼んでいます。

さて、イタリアでジビエという場合、主な動物は、鹿と猪です。
イタリアの鹿にはCervo, Capriolo, Dainoといった種類があります。

日本の鹿と違うのか、なんて疑問もあって当然。
日本の鹿は分類上はニホンジカ。
イタリアの鹿(Cervoチェルヴォ)はアカシカ。
 ↓


奈良の鹿しか知らないので、愛すべき神の使いなんて考えてしまいますが、野生の暮らしは残酷で過酷です。
イタリアのチェルヴォはアルプスの貴公子とか森の王様とか呼ばれているようです。
日本の鹿より一回り大きく、長い大きな角を生やして山の斜面にすっと立つ姿は高貴で、見るからに狩りの獲物にぴったり。

Capriolo(ノロジカ)はチェルヴォより小型の鹿で、森のトモダチなんて呼ばれてます。
環境の変化に弱く、激減したこともありました。
料理書には頻繁に登場するので、全国的に入手しやすい肉なのでしょうか。
 ↓


Dainoダマジカも小型の鹿。
初めて聞いた名前です。
料理も今回のリチェッタで初めて見ました。
 ↓

日本もイタリアも、同じような野生動物が暮らして、かつては食べていたはずですが、ジビエの食文化は日本よりはイタリアのほうが広まっているようです。
イタリアではどんな料理にしてきたのでしょうか。
次回に続きます。

ジビエ料理のおすすめ本『カッチャジョーネ

イタリアの本格的ジビエ料理をイグレス・コレッリシェフを初めとする
グランシェフのリチェッタで紹介する本。


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“シェフと肉屋のジビエ”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月4日月曜日

鶏の悪魔風のルーツを探して


今日のお題はポッロ・アッラ・ディアヴォラです。
鶏の悪魔風。
そう言えば、この料理がどこの地方のものなのか、ご存知ですか?
『サーレ・エ・ペペ』誌によると、パダナ平野からラツィオに至る一帯には、この料理の発祥地を名乗る町がたくさんあるそうですが、決定的な記録は何も残っていないそうです。

悪魔風という名前の由来も不明で、唐辛子の辛さが悪魔級だからとか、平らに潰して強火で焼かれる姿が地獄の業火で焼かれているみたいだからとか、諸説あるようです。
でも、現代では唐辛子やスパイスの量は少なくなる傾向があり、全く使わない人もいるようです。

さらに、フライパンで焼くのはこの料理のいくつかある調理方法の一つでしかありません。
パン粉で包んで網で焼いたり、下の動画のようにオーブンで焼いたり、色々ありますがフライパンで焼くのは現代的なリチェッタのようです。



ですから当然、これが正解というリチェッタもありません。
リチェッタが残っている古い本はいくつかあるようですが、50年代にオステリアの王様と呼ばれたHostaria Romanaオスタリア・ロマーナの開業時のシェフ、ジージ・ファッツィのリチェッタが、フライパンで焼き、レモン汁をかけるという、現代のものに一番近いそうです。
この店、経営者が変わっても同じ名前でローマにあるようですが(webページ)、メニューに鶏の悪魔風はないですね。


フライパンで焼くリチェッタ
 ↓

フライパンで焼く場合、鶏を平らにする方法は各種あるようですが、「総合解説」の方法はお手頃で簡単。

おすすめの店の1軒。
アッピア街道のそばのソーラ・ローザ。
 ↓

そう言えば、トスカーナ料理に鶏にレンガを乗せて焼くPollo al mattoneというのがあります。
鶏のレンガ焼き。
悪魔風との違いがよくわからなかいのですが、トスカーナではこの料理を悪魔風とは呼ばないんですね。



トスカーナ料理のおすすめ本、“グイド・トンマージ・クチーナ・レジョナーレ”シリーズの『トスカーナ』にもレンガ焼きは載っています。



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“ポッロ・アッラ・ディアボラ”の記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年2月1日金曜日

ナポリのジェノヴェーゼ

ナポリの人が作る料理は、想像力が豊かで発想が自由、という話はよく聞きます。
ナポリのジェノヴェーゼも、そんなナポリ人気質がよく表れたソースです。

まず、世界中の人にとっての常識、バジリコのソースのジェノヴェーゼと、ナポリのジェノヴェーゼは違うものです。

ジェノヴェーゼ・ナポレターナというネーミングは、多少意地張ってるような気もしますが、外見からして全然違います。
 ↓

ナポリのサルサ・ジェノヴェーゼは、玉ねぎと香味野菜のソッフリットで肉を煮た煮汁のパスタ用ソースです。
パスタには煮汁を使って肉はセコンド・ピアットにします。
何やらナポリ風ラグーとよく似ています。
そもそも、ナポリ以外ではラグーと言えば挽肉を煮込んだボローニャ風、というのが世間の常識ですが、ナポリでは違う料理です。
ナポリ風ラグー
 ↓


なぜナポリでジェノヴェーゼという名前の伝統料理が生まれたのか、文書としての記録は何も残っていません。
ただ、かつてジェノヴァが海洋共和国として栄え、ナポリも港で栄えた大都市だったことを考えると、ナポリにジェノヴァ人が大勢暮らしていても不思議ではありません。
彼らが作っていた料理がナポリで広まったという説は、根拠は見つかっていませんが、広く信じられているようです。

ただし、これはあくまでもナポリの人たちの間でだけ通じる話で、普通のイタリア人にとってサルサ・ジェノヴェーゼといえば緑のバジリコのソースのことです。
なぜかイタリアでも知られていないようです。

こちらの動画でも、ナポリのサルサ・ジェノヴェーゼとは、と説明しています。
 ↓

ラグー・ビアンコとの説明も。
イタリアでも、ラグーはボローニャ派とナポリ派に分かれるようです。

ナポリのジェノヴェーゼが広まらなかったのは、塊肉を2~3時間かけてじっくりコトコト煮るという調理方法が、現代の生活に合っていなかったからではないかと考えます。

ところが、実は、じっくりコトコト煮る料理はイタリア中にあるのです。
ただし、暮らしがモダンになるにつれて、調理器具が進化し、昔ながらの調理器具や調理方法を名前にした料理が、現実とそぐわなくなってきています。
このテーマ、追求していくと、とても深いのです。
来月の「総合解説」に続きます。

各種のラグーを始めとする南イタリアのレストランのパスタのリチェッタのお勧め本
パスタ ; サポーリ・エ・プロフーミ・ダル・スッド


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“サルサ・ジェノヴェーゼのジーティ”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年1月30日水曜日

リコッタのニョッキ

前回は何やらとても楽しそうなヴェンデンミアの祭りを紹介しましたが、今月の「総合解説」のピエモンテのブドウ農家のヴェンデンミアのパーティーのメニューで、とても気になった料理がありました。 
リコッタのニョッキです。

以前、リコッタパンケーキという文字を初めて見た時に感じたようなときめきがありましたよ~。

リコッタパンケーキを広めたビル・グレンジャーさん。
 ↓


パンケーキにリコッタを入れるレシピを世に出したこのオーストラリア人は、この料理で一世を風靡したので、リコッタパンケーキに魅せられた人は世の中には多いハズ。
パンケーキにリコッタを入れるとふわふわになるのでしたっけ。
見た目は違いがよくわからないけど、リコッタがなんだか素敵な作用を及ぼすのでしょうか。
パンケーキが素敵になるのなら、ニョッキだって素敵になるはず。
そもそもリコッタ入りのニョッキはあるのでしょうか。

こういう時に頼りになるのが、スローフードの本スクオラ・ディ・クチーナシリーズの
パスタ・フレスケ・エ・ニョッキ


まずはニョッキについてのミニ知識。

「ニョッキとは、小麦粉と水分を練った小さな筒型の生地で、場所によっては卵や他の粉を加えることもある。
主に北部の山岳地や中南部でよく作られていたが、イタリアにじゃがいもが伝わる前から、イタリア中の代表的な家庭料理の一つだった。

ニョッキといえばじゃがいものニョッキとしてイタリア北部を中心としてイタリア中に広まり、特に北東部では、シナモンやココア入り、パン入りなど様々なニョッキ
が考え出された。
ピエモンでは山のチーズや栗の粉、カボチャ入りのニョッキが考え出された。
じゃがいもは入らずに野菜、パン、ハーブ、リコッタなどが入るニョッキもあった。」

というようなことが書かれています。
そうです。じゃがいものニョッキは、じゃがいもがイタリアに伝わる前は、存在していたなかったんですねー。
食材としてのじゃがいもがイタリアに伝わったのは19世紀。
その前はパン粉と小麦粉で作っていたのです。
バリエーションとして加えられたのは、卵、おろしたグラナ・パダーノなど。

リコッタもよく加えられる食材でした。
特にほうれん草やビエトラと小麦粉の生地とは相性がよく、定番の食材でした。
北東部では、溶かしバター、砂糖、卵黄、泡立てた卵白、軟質小麦粉、レモンの皮、塩にリコッタを加えた生地のニョッキも作られていました。

どうやらリコッタのニョッキはイタリアでも珍しくはなく、そこにリコッタパンケーキの世界的ヒットが重なって、世界的にプチヒットしたようですね。



今回の「総合解説」のリチェッタで惹かれたのは、白いニョッキと、生クリームとポルチーニの白いソースの組み合わせです。
ポルチーニとクリームのソースだけでも美味しそうなのに、リコッタ入りの白いニョッキは、じゃがいも入りのニョッキより見た目のふわふわ感がアップしています。
形もマシュマロにそっくりです。
リコッタのニョッキ、一度食べて見たくなりました。

リコッタのニョッキの写真は「総合解説」のページにも載せておきました。
探してみてください。

スローフードのスクオラ・ディ・クチーナシリーズは
『ドルチ・ダ・フォルノ』と

『パーネ・ピッツェ・フォカッチェ』


もあります。

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“ヴェンデンミア”のホームパーティーの記事とリチェッタの日本語訳は「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年1月28日月曜日

ヴェンデンミアのフェスタ

「総合解説」で毎月訳している記事、ホームパーティーメニューは、イタリアの農家の季節行事や料理、旬の食材、地方の名物がわかる記事です。
日本のサラリーマンの家庭で育った人でも、イタリアの農家の暮らしをあれこれ垣間見ることができます。
9~10月は、ヴェンデンミアの季節です。
今さらですが、訳していてようやく気が付きました。
農作物の収穫は、raccolta等と言いますよね。
じゃがいものraccolto。
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でも、ぶどうはvendenmmiaです。
どうやら語源のラテン語に、ワインにするためのぶどうの収穫、という細かい意味が含まれているようです。

「総合解説」の記事を読むと、ヴェンデンミアに対するブドウ農家の思いも伝わってきます。
「ヴェンデンミアの時期(9~10月)は、農民文化の中では一年で一番華やぐ祭りの季節だ。
一年の労働をねぎらい、自然の恵みに感謝する収穫祭には、昔は老人や子供を含む家族全員が参加して、畑のつる棚の下に集まった・・・。」

そういったことをふまえて下の動画を見ると、一段と面白いです。
ヴェンデンミアは、まず、おじいちゃんを一人用意して、から始まります。
 ↓


うちのワインは世界一美味しい、と胸を張るブドウ農家の気持ちがわかるような動画でした。

現代の収穫祭は、子供や友人たちと夏の最後のぬくもりと美味しいご馳走やワインをたっぷり味わうお祭りです。

インペリアのワイン農家が経営するレストランのヴェンデンミア祭。
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ヴェンデンミア最終日のプランゾ。
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フォンタナフレッダの2018年のヴェンデンミア祭り
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なにこれ超楽しそうなんですけどー。
ヴェンデンミアはただきつい作業をするだけじゃないのだそうです。

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“ヴェンデンミアのホームパーティー”の記事とリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年1月25日金曜日

ラ・スペツィアの夏の終わりのホームパーティー

今月のホームパーティーメニューは、ラ・スペツィアの海辺の別荘と、ピエモンテのぶどう農家という設定です。

ラ・スペツィアというのはトスカーナに近いリグーリア東海岸の海辺の町。

ミラノやトリノなどの北イタリアの都会人にはアクセスも便利な別荘地で、
チンクエ・テッレにも近く、地中海の空気を感じられて洗練された、比較的身近なバカンス地。
ラ・スペツィア
 ↓


ジェノヴァの東側、リヴィエラ・レヴァンテにあります。
 ↓


南イタリアほど開放的ではないけれど、とても洗練されていて、過去に繁栄していた歴史を感じます。
でも、どこか下町的な、たくましさも感じる地方です。
欧米からの年齢層の高い観光客に人気なのもわかる気がします。

ラ・スペツィアはムール貝の養殖が盛んな町だと、知ってましたか?



イタリアのムール貝というとプーリアが有名ですが、ポー河が海につながるデルタ地帯のスカルドヴァリも養殖が盛んです。
 ↓



リヴィエラ・レヴァンテに行く機会があったら、ぜひ味見してみたいのは、ラ・スペツィアのムール貝、モンテロッソのアンチョビ、ヴェサリコのにんにく、バジリコ・ジェノヴェーゼ、オリーブオイルといったところ。
メニューもこれらの食材を活かしています。

ラ・スペツィアの料理は町の雰囲気とよく似ています。
洗練されていて、なおかつ庶民的。
「総合解説」に訳をのせた料理は、まずアサリとペスト・ジェノヴェーゼの炭パンのせが前菜。
炭入りの真っ黒なパンは、イタリアでもブームだったようです。
ペスト・ジェノヴェーゼにアサリを加えると、海の香りが強くなり、それをパンにのせるとカジュアル感が増しますが、真っ黒なパンのおかげでとてもオリジナルな料理になっています。
ただし、パンはリグーリアなのでフォカッチャという選択肢もありますねー。

パスタはムール貝のソックアドリ。
ソックアドリは断面が四角くて筋付きのリング型ショートパスタ。
カラマーリを四角くして厚くしたようなパスタ。
ムール貝と大きさがぴったりです。
セコンドはアンチョビと野菜のフリット・ミスト。
ズッキーニの花の詰め物は、定番のリコッタとアンチョビにアボカドを加えています。

デザートのピスタチオのクロスタータは、ピスタチオの鮮やかな緑と、表面に散らしたビーツの粉のバラ色がとても美しいタルト。→こんなタルト

海辺の別荘に招待されて、こんな料理をご馳走になったら、帰りたくなくなります。

おまけの動画。
ラ・スペツィアのオステリア。
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次回はピエモンテのブドウ農家でパーティー。


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“ラ・スペツィアの海の味”のリチェッタの日本語訳は、「総合解説」2016年9/10月号に載っています。
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2019年1月23日水曜日

根パセリ、ロマネスコ

「総合解説」2016年9/10月号発売しました。
今月からしばらく2ヶ月分を訳して、ペースアップします。

それにしても、毎回、グランシェフのリチェッタを訳すたびに思うことは、日本の食材や調理方法が、すごい勢いで浸透している、ということ。
抹茶やみりんは、すっかり定着したし、梅干し入りのグラニータまで登場して、そろそろ追いつけなくなりつつあります。
これが2年前の状況なので、今後どうなるのか楽しみです。

ただ、あくまでもイタリア料理は家庭料理がベース。
シェフの料理でなく、家庭料理に取り込まれて、初めてイタリアでも浸透したと言える、と考えると、梅干しは、まだまだこれからかな。

「総合解説」の最初の記事、“今月の食材”は、この現象の逆のパターンです。
見たことも聞いたこともない食材がある一方で、日本ですっかり定着してスーパーで売られている食材もあります。
今月の見たことも聞いたこともない食材は、PREZZEMOLO TUBEROSO。
根セロリのイタリアンパセリ版。
こんな野菜です。

葉でなく根を食べるパセリ。
パースニップによく似ていますが、別物だそうです。
最近紹介され始めたようですが、イタリアでは全く馴染みのない野菜。

日本のスーパーても売られている食材は、CAVOLOFIORE ROMANESCO。
ロマネスコ。

ロマネスコのオリーブオイル、にんにく、唐辛子、コラトゥーラ風味のカンパニア風
 ↓



ロマネスコはその名の通り、ローマ農村部名物のブロッコリの一種。

1001スペチャリタ』によると

産地では、単にブロッコロと呼ばれているそうです。
地元では、オイルとレモンをかけて生で食べるall'agroや、オリーブオイル、にんにく、唐辛子で炒めるripassaatoといったリチェッタが一般的。
ほんのり辛いパスタとブロッコリのミネストラ、パスタ・エ・ブロッコリも広まっています。

最後に聞いたことがあるようなないようなピエモンテのチーズ、ベッテルマット。
イタリアよりフランスのほうが有名なんだとか。
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総合解説
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2019年1月21日月曜日

シチリアのドルチェ~異文化の影響

ニュートン・クチーナ・レジョナーレ・ドルチェ”シリーズ、『シチリア』の続きです。

シチリアのドルチェとはいうものの、事実上、イタリアのドルチェと言い換えてもいいくらい、シチリアのドルチェは、イタリア中、そして世界各地に広まっています。
つまりシチリアのドルチェを知ることは、イタリアのドルチェを知ること。

前回は、シチリアのドルチェと修道院の深い関係の話でした。
シチリアの食文化と言えば、忘れられないのがアラブの影響。
アラブから伝わった様々な食材のなかで、ドルチェ関連と言えば、ピスタチオやシナモンなどを筆頭に様々あり、カッサータは、アラビア語が語源というのは有名な話。
でも、シチリアのドルチェに影響を与えた国は、他にもあるんです。
さて、どこでしょう。
ヒントはチョコレート。
そう、スイスです。

意外なことに、スイスにも貧しさから移民になって外国に移り住んだ人たちがいたのです。
19世紀から第一次世界大戦にかけての時期でした。
イタリア系が多く住む地域からは、ナポリやシチリアに移り住みました。

シチリアで最初に店を出したスイス系菓子職人はカフリッシュ。
1895年のことでした。
シチリアにスイスの洗練された職人技を伝えたカフリッシュですが、
最近では店は売りに出されて、バール・アルバに吸収されたようです。

まだありますよ、シチリアならではのドルチェ。
しかも世界中に広まった傑作です。

ジェラティエーラのドルチェです。
ジェラート、ソルベット、グラニータ、セミフレッド、朝食に食べるグラニータとブリオッシュなどなと。

ジェラートがどこで生まれたのかを示す、確かな証拠は残っていません。
シチリアのエトナ山の氷で作られたとか、トスカーナでカテリーナ・デ・メディチの料理人が作り出したとかいう話は有名です。
私も、カテリーナ・デ・メディチが結婚した時フランスに連れて行ったのは、料理人、パスティチェーレ、そしてジェラタイオだったという説が大好きです。
下の動画では、カテリーナが誰も見たことがない料理というお題で開催した料理コンテストに、ソルベットを作って優勝したフィレンツェの鶏肉屋、ルッジェーリをマルセイユに連れて行ってフランスにもジェラートが伝わったという説を披露しています。
カテリーナがフランスに連れて行ったジェラタイオが、フィレンツェの鶏肉屋というのはとんでもなさすぎますねー。



ジェラートがアメリカで英語に訳されないで広まった、という事実はシチリア人の誇り。

下のカルピジャーニのジェラート・ミュージアムの動画。
フランスとイタリアのジェラートの元祖争いにも言及していますが、ジェラートの父はパリでカフェを開いてジェラートがヒットして成功したシチリア人。



最後はシチリアのクリスマスのドルチェ、ブッチェッラートの都会版。
なぜかシチリアを出ず、世界に広まらなかった1品。




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ニュートン・ドルチ・シチリアーニ』より前書きの日本語訳は、「総合解説」2016年8月号にのっています。
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2019年1月18日金曜日

シチリアのドルチェ~修道院のドルチェ

ニュートン・クチーナ・レジョナーレ・ドルチェ”シリーズの『ナポリ』は以前紹介しましたが、今月の「総合解説」では『シチリア』の前書きを訳しました。



このニュートンシリーズ、お手頃価格がセールスポイントのお手頃な本と侮っていると、前書きのとても専門的な分析に、ビックリします。

この本に限らず、料理書の前書きはとても面白いです。
イタリアのドルチェの代名詞と言えるほどにイタリア中、世界中に広まったシチリアのドルチェとはどんなものなのか、読んでみると、思わずなるほどお、とうなりたくなる説でした。
詳細は、ぜひ「総合解説」をご覧ください。

まず、シチリアのドルチェは宗教行事や家族の特別な記念日などと密接に結びついている、というのは、なんとなく感じ取れますよね。
シチリアに限らず、イタリアには日曜日に小さなお菓子をきれいに盛り合わせたトレー、"グアンティエーラ”を手土産に親戚や友人の家を訪れる習慣があります。

イジニオ・マッサーリの店のパスティチェーリのトレーの盛り方。
 ↓


日曜のバール・パスティッチェリーア



イタリア系移民が出てくるアメリカのドラマにも、シチリア菓子の盛り合わせのトレーはよく登場しますよね。
もちろんソプラノズにも
 ↓



グアンティエーラのトレーの包み方がとても美しくて、日本まで大切に持って帰ったこともあったっけなー。
そもそも、この種のドルチェを作るのは、パン屋と薬屋だったんです。
パン屋はシンプルなドルチェを作り、薬屋は複雑なものを作りました。
ちなみに、上のソプラノズでドルチェを売っている店はベーカリー。
パン屋のシンプルなドルチェの代表みたいな店。
さらに、宗教的なルーツを持つドルチェは、修道女が作りました。
死者の日のドルチェ、オッソ・ディ・モルティ。
 ↓



この修道院のドルチェが、シチリアのドルチェの最大の特徴でした。ナポリなど他の大都市では貴族のフランス系料理人が担った役目を、修道院が果たしていたのです。
パン屋のドルチェも修道女の手にかかると洗練されたものへと進化しました。
その背景には、修道院の力があります。
各修道院はオリジナルのドルチェを考え出し、独占権を持ち、リチェッタは門外不出で大切に保管されました。
シチリアのパスティチェリーアのライバルは修道院でした。
というか、そもそもシチリアのパスティッチェリーアのルーツが修道院でした。

修道女が開いたパスティッチェリーア 
 ↓


独自の文化を花開かせたシチリアの修道院のドルチェ。
ところが、イタリアの教会と国は水と油で、対立していました。
その果てに、国は教会の財産没収という手に出ます。
修道女の中には、家で暮らすことを余儀なくされて、教会を離れる者が相次ぎました。
こうした修道女たちは、ドルチェを作って生計をたてたのです。
こうして修道院のドルチェはシチリア中に広まっていったのでした。

シチリアのドルチェの話、次回に続きます。


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“『ニュートン・ドルチ・シチリアーニ』前書きの日本語訳は、「総合解説」2016年8月号に載っています。
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2019年1月16日水曜日

イタリアのビール~中部、南部

今日も「総合解説」2016年8月号を見ながらどうぞ。
まずはウンブリアでいちばん有名な造り手、ビッリフィーチョ・サン・ビアージョのモナスタ。
www.birrasanbiagio.com

ウンブリアで最初のクラフトビールで、修道院の製法を取り入れて作られたビール。




作っているのはハイネケンで20年働いていた彼。
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いかにも高級そうなビール。
ダブルモルトで瓶内発酵。
価格は75clのボトルが€11.50。
ちなみにフォルストのビールは33clが3本パックで€3。
妥協はしないで作っています。

次はアブルッツォはペスカーラのビール。
ペスカーラ名物のコンフェッティ用にアーモンドを加工していた建物で作られているビールなので、その名もアルモンド。
www.birraalmond.com




次はバジリカータのビールですが、ラベルには、例の昭和な口ひげのおじさんが。
モレッティです。本社はミラノ。
www.birramoretti.it

提供はハイネケン・イタリア。
いつの間にか多国籍企業になっていたんですね。
しかも、いち早く地ビールに着目して、モレッティおじさんをカラーレンジャー化。
カラブリア(ルカーナ、青)は地元産モルトを使用。





最後はサルデーニャのバーレイ。
www.barley.it

BB7はモスカートぶどうのモストを加えた革新的なビール。



バーレイは、注目の革新派。
バーレイのビールが飲める、というだけでレストランの宣伝になるほど注目されています。

今日もたっぷり飲んだ気分。

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“ワインと対等のビール”の記事の日本語訳は「総合解説」2016年8月号に載っています。
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2019年1月14日月曜日

イタリアのビール~北イタリア

ビールの話、続きます。
今月の「総合解説」で紹介したイタリア各地のビールから、動画をいくつか。

まずはアルト・アディジェのフォルスト。
www.forst.it






雪の中で震えながらビール飲むのも、おつでんなあ。

次はヴェネトのテレジアネル。
www.theresianer.com



歴史を感じさせる造り手ですね。
会社の現住所はヴェネトですが、マリア・テレジアを連想させる社名からも、フリウリ=ヴェネチア・ジューリアのトリエステとのつながりが強そう。
実際、トリエステがオーストリア・ハンガリー帝国の一部だった1766年に創業した、町で最初のビッレリアだったのでした。
いわゆるウィーン派のビールです。

次はエミリア・ロマーニャのラ・マータ。
www.birrificiolamata.it
イタリアで最初にホップの栽培を始めた農家の1軒が経営しています。



ビールはラベルが可愛い系。

北イタリアの3社を紹介しました。
職人技の伝統が独自の進化を見せるイタリアのビールは個性豊かで楽しいですねー。
全部飲んでみたくなります。

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“ワインと対等のビール”の記事の日本語訳は、「総合解説」2016年8月号に載っています。
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冬のプリモ、チチェリ・エ・トリアと春のプリモ、クレープ

カルロ・カンビ著の『 ミリオーリ・リチェッテ・デッラ・クチーナ・レジョナーレ・イタリアーナ 』は、 庶民的な地方料理の四季のリチェッタを集めた本。 冬のパスタの1つとして「総合解説」P.48にリチェッタの訳を載せたのは、“チチェリ・エ・トリアciceri e tria...