2023年1月31日火曜日

毎朝お弁当を作ってくれる母親への感謝と、毎週日曜日に朝早くからラグーを煮てパスタを打つ母親への感謝は、似ているなあ。

昨日取り上げた鴨のラグーですが、
カルロ・クラッコシェフがイタリア料理を作る若手に向けてイタリア料理の基礎知識を語る本、『クールにしたいならエシャロットを使う』

に、“鴨のラグーのガルガネッリ”というのがありました。
この本は、イタリア料理の基礎的な知識を若者に伝えたい、という思いがにじみ出ている温かい本で、ラグーについては“ラグーのラザーニャ”の章で詳しく書かれています。
それによると、
「私のは母親は、毎週日曜日にラグーを作った。私は日曜にはいつもより遅く起きるのだが、目覚ましは母親のラグーの香りだった。ラグーのラザーニャは祝日の定番のご馳走で、しかも温めなおしやすく、翌日でも美味しい数少ない料理だ。私の母は、前日にラグーを作り、翌日は朝早く起きてパスタを作った。10時頃に料理をオーブンに入れ、ミサに行ってる間に休ませて夕食の時間には完璧に出来上がっていた。」
なんだか、この思い出からは、クラッコシェフだけでなく、大抵のイタリア人が抱いている日曜の様子や、日本人なら朝早く起きてお弁当を作ってくれる母親に抱くのと同じ感謝の思いが伝わってきます。

ラグーのラザーニャ。

クラッコシェフは、鴨のラグーは間違いでなければビゴリのためのソースで、“ラグー・イン・ビアンコragu in bianco”だと言っています。そして本では、あえてエミリア地方のパスタ、ガルガネッリと組み合わせ、そのアイデアは、このラグーがラグー・イン・ビアンコだったので思いついたと書いています。
昨日はまったく気が付かなかったのですが、鴨のラグーは、ラグー・イン・ビアンコでした。
鴨のラグー。

イン・ビアンコとは、もちろんトマトが入らないので白い、ということ。
ラグー・ボロニェーゼの次は、鴨のラグーをマスターすれば、ラグーはクリアですね。
パスタ料理の研究家でイタリア料理アカデミーの会長も務めたパオロ・ペトロー二の本、『スパゲッティ・アモーレ・ミオ

によると、ラグーはナポリの門番のラグーとボロニェーゼの他に、内臓のラグー、ラグー・ビアンコというのがあるようです。

イン・ビアンコで思い出しました。
実は、先月の(CIR12月号)にも、イン・ビアンコの料理が載っていたのです。
ナポリの名物料理、サルトゥ・ディ・リーゾがイン・ビアンコでした(P.39~)。
記事によると、この、ナポリで一番豪勢な料理、サルトゥは、もともと、イン・ビアンコな料理だったのでした。
この料理は米料理で、米料理が赤くないとは、イタリア人でなくても残念です。
そうです。よく考えてみると、このナポリ料理はパスタじゃなくて米料理なのです。

シチリアのアランチーニ。これもイン・ビアンコだ。ただしサフラン入りなので
赤より黄色で白くはない。

プーリアの代表的米料理、リーゾ・パターテ・コッツェのティエッラも赤くない。

そもそもイタリア料理を象徴する米料理、リゾット・ミラネーゼは黄色。
米料理は赤い、というのはチキンライスに馴染みすぎた勝手な思い込みでした。


という訳で、ラグーが赤い、というのも刷り込まれている思い込みかも。
そもそも、サルトゥ―はイン・ビアンコの料理でした。
サルトゥは、とにかくゴージャスなご馳走。
ところが、その複雑さがあだになって、今ではナポリのリストランではシェフに敬遠されて作らなくなりました。逆にトラットリアのほうが出会う可能性が高いという料理。
さらにトラットリアだとトマトソース入りが多いという不思議な料理。
とにかく、サルトゥを出している店は貴重、ということ。

サルトゥの一種、ナポリのボンバ・ディ・リーゾbomba di risoもラグーが合う米料理。

ボンバとは爆弾という意味。型から出すときテンション上がります。


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イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)
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2023年1月30日月曜日

ラグー・ボロニェーゼのポイントは北の肉を焼く料理の基本、メイラード反応。

ラグーの話、続けます。

今回はまずはラグー・ボロニェーゼ。
下の動画のリチェッタは1982年にイタリア料理アカデミーに登録されたリチェッタ。地元やyoutubeではかなり広まっているリチェッタです。
イタリア料理アカデミーのリチェッタということは、同協会の本、『スーゴとソース

にも載っています。
ラグー・ボロニェーゼ。
材料/8人分
牛粗挽き肉(バラ、肩バラ)・・800g
細かく挽いた豚のパンチェッタ(ベーコン)・・300g
黄にんじん・・100g
セロリ・・100g
玉ねぎ・・100g
バター・・100g
トマトのパッサータかペラーティ・・600g
赤ワイン・・250ml
牛乳・・500ml
ブロード・ディ・マンゾ・・必要なら、少々
塩、こしょう

・香味野菜をみじん切りにしてバターでソッフリットにする。フライパンの中央に刻んだパンチェッタを加えて香りを立てる。
・パンチェッタの一部が溶けたら香味野菜のソッフリットと混ぜ、牛肉を加えて中火で8分ソッフリットにする。
・水気が飛んだら温度が下がらないようにワインを少しずつ加えてアルコール分を飛ばす。
・トマトを加える(ここではパッサータを加えている)。蓋をして弱火で最低2時間煮る。必要ならブロードを加える。
・牛乳を少しずつ加える。ワインやトマトの酸味は牛乳で弱まる。塩、こしょうする。
・タリアテッレにかける。

北イタリアのラグーの代表は、ボロニェーゼですが、今回はもう一品、ベネトの鴨のラグーのパスタ。
パスタはビゴリ、肉は鴨です。

・まず、刻んだ鴨肉と香味野菜をバターで強火で炒めて白ワインをかけ、アルコール分を飛ばす。
・セージとローズマリーを加えて水気がなくなるまで煮る。ビゴリをラグーであえて皿に盛り付け、パルミジャーノをおろしかける。
ちなみに南部ではペコリーノやオーブン焼きのリコッタを散らす。

サルシッチャ入りのトスカーナ風ラグー。

ナポリ風ラグーはナポリの名物料理のサルトゥやティンバッロにかける。
ラグーはサルシッチャ入りのラグー・ディ・サルシッチャ。
サルトゥ―・ディ・リーゾ。

サルシッチャ入りラグーを作り、ラグーであえたライス、サルシッチャのポルペッティ―ネ、モッツァレラと交互に型に詰めて焼く究極に手のかかるご馳走。ライスはケチャップではなくラグー入り。やはりナポリ風はトマトが主役。

サルトゥ・ディ・リーゾはナポリ料理の王様。
次回に続きます。


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2023年1月28日土曜日

煮込みをルーでつなげばシチュー、トマトでつなげばラグー。

トマトソースを見てきましたが、今日は、トマトによって変わったイタリアを代表するソースの話です。
“ラグーragù”です。

そもそも、ラグーragoütは、挽肉など細かく刻んだ肉をスーゴで煮込んだパスタソースを意味するフランス語ですが、イタリアの地方料理的にはラグーは南イタリアの料理です。
イタリアのラグーには、挽肉や刻んだ肉の煮込みと、塊肉の煮込みの2種類があります。
前者のことをイタリアでは主にスペッツァティーノspezzatinoと呼びます。
煮込みを意味するストゥファートstufatoは、堅い肉を食べやすくするための調理方法。
挽肉や香味野菜の煮込みがラグーと呼ばれるようになって広まったのは、ストゥファートにトマトが加わったからという説があります。

子牛肉のスペッツァティーノ。


煮汁をルーでつなげは加えればシチューですね。

トマトでつなげばラグー。

南ではラグーは豚肉とオリーブオイルが主流で、バターとパンチェッタ、ラルド、子牛、鶏、サルシッチャなど地方によってバリエーションは様々。
イタリアを代表するラグーはボロニェーゼとナポレターノ(または南部風)の2つ。
ちなみに中部イタリアではラグーは手打ちのタリアテッレにかけるのが一般的。
ナポリでは、細くて長い麺にラグーをかけるのは冒涜と考えられています。
マッケローニ、ペンネ、折ってゆでるジーティのような太くて短いセモリナ粉の乾麺にかけます。
シチリアでは太くて硬いパスタにラグーをかけます。

挽肉のラグー。

ナポリのラグーは、別名門番のラグー。

この料理は10~12時間かけて作るので、ナポリでは大抵は土曜に作り始めて日曜に出来上がります。
コトコト煮ることをナポリではピッピアーレと言います。鍋のソースを煮込む音のことです。

ナポリ人には、それぞれに譲れない煮込む流儀があって、最高のナポリ風ラグーを作ることができるのは、ピッピアーレの音を確認しながら鍋を常時見張っていることができる門番だと言われています。

次回はイタリア各地のラグーです。

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2023年1月27日金曜日

たとえ同じトマトソースをかけたとしてもスパゲッティとリガトーニは別の料理。

トマトが入らないパスタソースは、野菜やハーブがベースのリグーリアのソース、(ペーストやくるみのソース)。
乳製品、チーズ、生ハム類がベースの、ローマやラツィオのソース、(アッラ・グリーチャ、アマトリチャーナ、カルボナーラ、カーチョ・エ・ぺぺ)
これに魚介のソースを加えた3種類が基本のパスタソース。

そして今日のお題は、ラツィオのソース。
ラツィオの特徴は、海岸線とアペニン山脈、ローマの街道等によって、周囲のトスカーナ、カンパーニア、ウンブリアなど、海の幸、山の幸に恵まれた地方と繋がっていること、さらにカトリックの総本山、バチカンという強固な中心地がありました。
中心地はもちろんローマです。
豚の脂、ラード、パンチェッタ、ペコリーノ、モッツァレラ、生ハムの骨や皮、いんげん豆、塩漬けアンチョビなど数々の海産物、ローズマリー、チェーチなどの特産品もありました。
アペニン山地のきこりの料理と言われるカルボナーラ、漁師が作ったアドリア海のズッパ・ディ・ペッシェがベースの魚のパスタソースなどが生まれて作られていました。

スローフードのスクオラ・ディ・クチーナシリーズのパスタ・エ・スーゴ

には、「スーゴがパスタを作る」という一文があります。

そしてブカティーニ・アッラ・アマトリチャーナを例にとって説明しています。
アマトリチャーナはトマト、グアンチャーレ、ペコリーノ、唐辛子がベースの羊飼いが作ったパスタソースです。最初は、ペコリーノとグアンチャーレだけで作っていました。
スパゲッティ・アッラ・カルボナーラも、カーチョ・エ・ぺぺも、スパゲッティ・アッラ・グリーチャ、ペンネ・アッラ・アッラッビアータ、スパゲッティ・アッラ・プッタネスカ、パリアータのリガトーニも、スーゴが育てたパスタです。

『パスタ・エ・スーゴ』には、こんなことも書いてありました。
たとえ同じトマトソースをかけたとしても、スパゲッティとリガトーニは違う料理だ。
というのです。しかも、よく似たどころではなく、まったく違う料理、と言い切っています。
この感覚を理解しないと、数多いイタリアの乾麺のパスタを理解することはできないでしょう。
トマトソースのスパゲッティ。

リガトーニ・アッラ・グリーチャ。

パスタ・アッラ・グリーチャについて、昔の『クチーナ・イタリアーナ』誌に、こんな事が書いてありました。
ローマ出身のある編集者は、行きつけの店のアッラ・グリーチャのことをこう書いています。
そこは、文字に書かれた料理は誰も注文しないような、ハウスワイン以外を注文する人が誰もいないようなローマの典型的なトラットリアだった。この店のリガトーニ・アッラ・グリーチャは食べたことがないくらいおいしかった。店の名物カメリエーレはパスタを食べ始めて2分後、ほぼ食べ終わった頃にすかさず戻ってきて、「セコンド?と聞く」
「グリーチャは5世紀前からラツィオの羊飼いの主食だった。すぐにできるパスタで、安いのにとてもボリュームがあった。フォークを差し込んでむしゃむしゃ食べて美味しいワインで流し込むようなパスタだった」
ワインはハウスワインのフラスカーティ・スーペリオーレが定番だった。
フラスカーティ。

パスタ関係ないけど、羊飼いと相棒犬のマレンマ・シープドッグ。

パスタ(乾麺)は長いか短いか、穴が空いているかいないかによって大別されます。
スパゲッティは長くて穴があいていない麺の代表。シチリアやナポリ、ジェノバで作っていた麺はこのタイプで、つまりアラブのティリアから続くパスタのルーツはこの形。
ロングパスタは、さらに、平らか断面が四角いかに分けられます。
手打ちパスタは主婦が手作りする生麺で、乾麺のパスタは工場で機械で大量生産される麺。
ちなみにアルデンテの概念は乾麺にだけあるもので生麺にはありません。
ロングパスタに対するショートパスタですが、昔はロングパスタを折ってショートパスタにしていました。
パスタソースは、最初は塩やチーズ。そこに身近に手に入るものを加えていきました。北部ではバターやチーズ、南部ではにんにく、オリーブオイル、唐辛子などでした。
そしてイタリアが統一され、世界大戦が終わると、イタリアの食も変わりました。そしてパスタはリストランテのメニューに登場する料理になります。
やっぱりしめくくりは、バリラのリガトーニの傑作CM、監督はフェデリコ・フェリー二。



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2023年1月26日木曜日

トマトの次にイタリア料理に必要なのはフォークでした。

トマトソースは、たぶんイタリアの一番有名なソース。
トマトソースのことを調べていると、逆にトマトを使わないイタリア料理のソースが気になりました。

『グランデ・エンチクロペディア』

によると、
トマトが入らないイタリア料理のソースの代表的なもの、ペースト pestoは、
リグーリアや地中海料理を象徴するソース。ペースト・ジェノヘーゼはリビエラ・ポネンテ地方のソース。リビエラ・レバンテのペーストはにんにくなどが控えめなのが特徴。

ペースト・ジェノベーゼ。

ペーストの材料のベースは、バジリコ、にんにく、ペコリーノ・サルド、パルミジャーノ、松の実、粗塩、EVオリーブオイルで、地方によっては多少のバリエーションがあります。
ペーストと組み合わせる典型的なパスタは、トレネッテやトロフィエなど、リグーリアの伝統パスタのソースとしても知られています。他に、じゃがいものニョッキ、コルゼッティ、パンソーティなど、様々なパスタがあります。
実際、リグーリア、特に大きな港のあるジェノバは、ナポリ、シチリアに次ぐイタリアのパスタ生産の中心地です。

スローフードのパスタの地方料理の本、パスタ・フォルメ・デル・グラノ
によると、リグーリアやナポリがイタリアのパスタの中心地だった時代のパスタは、
トマトはまだ普及しておらす、おろしチーズをかけただけで、フォークもないので手で食べました。ピエトロ・バリラがパン屋を開くためにボローニャからパルマに移住したのは1877年のことです。
フィリィッポ・デ・チェッコがキエーティのファラ・サン・マルティーノでパスタ生産の活動を始めたのは1887年。ブイトーニがアレッツォのサンセポルクロで誕生したのは1827年。アントニオ・アマートは1868年にサレルノで誕生します。バーリのフラテッリ・ディヴェラは1868年創業。グラニャーノのガロファロは1935年。
イタリアのパスタの大手は、この時代に生まれていたんですね。
にしてもトマトソースの熱々のパスタを手づかみで食べるのは、想像できませんねー。

フォークが登場するのはビザンツ皇帝の孫がベネチアで行われた結婚式のために2本刃の金のフォークを伝えた1004年だそうです。この結婚式は、イタリア料理史上の大イベントだったんですね。
そしてお馴染みのカテリーナ・デ・メディチがフランスのアンリ2世との結婚によってにフランスにォークを伝えたのは1533年のこと。

イタリア移民とアイルランド移民の若者の姿を描いた映画、『ブルックリン』のスプーンを使ってパスタを食べるシーンは、イタリア人がアメリカ人のパスタの食べ方をからかう時の定番。こどもがスプーン使ってると無邪気に指摘すると、大人は、見ないふり、聞こえないふりをします。
ブルックリン:トレーラー。

ピクサーのアニメ、『ルーカ・エ・アルベルト』にはペーストのトレネッテを手づかみで食べるシーンが。さすがにトマトソースだと見た目がやばいことになるもんね。

トマトソースを手づかみで食べるシーンが有名なのはこの映画『Miseria e Nobilità』

リグーリアにはトマトが入らない伝統的パスタソースがほかにもあります。
代表的なのはくるみのソースですsalsa di noci。


材料/
くるみ・・400g
にんにく・・1かけ
硬くなったパンのクラム・・200g
牛乳・・200g
おろしたパルミジャーノ・・75g
マジョラム(魚、肉、野菜に合うマジョラムはリグーリアのシンボル的ハーブ)
塩、EVオリーブオイル

・パンを角切りにして牛乳に浸し、崩してクリーム状にする。
・くるみを殻から出す。
・にんにくを乳鉢で潰す。クルミを加えて粗く潰す。パンとマジョラム、オイルを加える。
・パルミジャーノと塩一つまみを加える。
ミキサーで作ってもよい。


くるみや乳製品の油脂がトマトの代わりになりました。


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2023年1月25日水曜日

トマトのペラーティ、パッサータ、

イタリア料理にトマトが加わると・・・。
料理に赤い色が加わった。
さらにトマトには、ソースのつなぎの役目があった。
イタリア料理のソースには、トマトは必須となったが、中には、特にリグーリアのソースには、ペースト、クルミのソースなどトマトが入らないものが多い。

クルミのソースは乳製品でつなぐ。
肉や乳製品を使ったソースはラツィオのものが知られていて、代表はアマトリチャーナ。
アマトリチャーナのトマトなしはアッラ・グリーチャ。

トマトと同様のつなぎの役割は、チーズにもある。このタイプの代表はカルボナーラ。
古くからあるリチェッタでは生クリームは加えない。生クリームを加えると熱いパスタに絡めたときに卵黄が固まりにくくなるが、卵黄に水を少量加えてよくホイップしてからパスタとあえても同様の効果が得られる。
ラツィオのカーチョ・エ・ペペがこのタイプのソースのルーツ。
トマトは保存加工に適した野菜で、中でもサン・マルツァーノは缶詰に最適だった。
上質なホールトマトやパッサータとは、トマトの味に忠実なもの。肉厚で水っぽくなく、フレッシュで甘みと酸味のバランスが取れたもの。
美味しいトマトソースの基本は、トマトの美味しさを見極めること。

保存用トマトの加工のベースは、ペラーティpelati,パッサータpassata、ピューレconcentrato、コンセルヴァconserva、ドライトマトのオイル漬けsecchi sott'olioなど。
トマトソースsalsa di pomodoroやケチャップketchupもこの仲間だ。
ちなみに、ナポリ料理の本、『クチーナ・ディ・ナポリ

には、ナポリ風ケチャップのリチェッタがあります。
サンマルツァーノトマトと、メーラ・アンヌルカというナポリ名物のりんごの皮を使ったケチャップです。これを使えばナポリタンがケチャップパスタとからかわれることもなくなるかも。ナポリ風ケチャップのベースはサン・マルツァーノのパッサータ。りんごの皮やにんにく、ローリエ、唐辛子などを加えて煮詰め、撹拌します。

メーラ・アンヌルカ。

ポモドーリ・ペラーティ。

・トマト約2.5㎏を洗い、布の上で最低24時間乾かす。
・鍋にたっぷりの湯を沸騰させ、トマトを入れて2分ゆでる。
・トマトが膨らんで皮が実からはがれてきたら取り出してバットに広げて粗熱を取り、手に水をつけながら皮をむく。ボールの上で作業して作業中に出た汁を集める。皮も取っておく。(トマトが完熟しているとカンタンにむける)
・皮をムーランで裏漉しして汁を集める。
・煮沸殺菌した保存用瓶に皮の汁、洗って乾かしたバジリコ1枚、開いて水気を切った皮むきトマトを立てて隙間ができないように押しながら詰めて汁をかける。塩を一つまみ加えて蓋をする。
・布巾を敷いてぬるま湯を入れた鍋に入れて蓋をし、30~40分煮沸殺菌する。
・湯に漬けたまま冷ます。
漬け汁に砂糖、こしょう、ローリエになどを加えてもよい。

そしてホールトマトを裏漉しするとトマトのパッサータになります。
ほぼトマトソースの誕生です。

トマトのペラーティから造るサルサ・アッラ・マリナーラ。
材料
ホールトマト・・400g
にんにく・・1かけ
EVオリーブオイル
塩、こしょう、オレガノ

・ホールトマトをフォークで潰す。
・にんにくをみじん切りにして油でソッフリットにする。潰したホールトマトを加えてなじませ、塩、こしょうし、ドライオレガノを散らす。蓋をして20分煮る。

ピッツァ・アッラ・マリナーラ。

トマトソースのパスタの一番シンプルなものは夏の間だけナポリのトラットリアに登場する生トマトのパスタ。

グリバウドの地方料理シリーズのカンパーニア版

に載っていたリチェッタは、かなりシンプルでした。
生トマトのパスタmaccheroni al pomodoro cruso
材料/
パスタ・・350g
チェリートマト・・300g
にんにく・・1かけ
バジリコ、EVオリーブオイル
塩、こしょう

・トマトを2〜4つに切ってにんにくのみじん切りとちぎったバジリコ、油、塩、こしょうで調味する。
・パスタをアルデンテにゆでてトマトであえる。

夏以外の季節はペラーティやパッサータで作ります。

夏の生トマトのパスタ。

チリオはパッサータの製品化にも成功。

パッサータから、イタリアの家庭料理が生まれる。スーパーのCM。

パスタソースは、野菜やキノコ、ドライフルーツ、ハーブがベースのもの、乳製品やチーズ、生ハム類の動物性素材のソース、魚と甲殻類がベースのものの3つに大別できる。

次回のテーマはリグーリアのパスタソース。

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2023年1月24日火曜日

トマトと人類が出会ってサン・マルツァーノにやってくるまで。

イタリア料理史のフランス革命、と言われるのがトマトの登場。
そもそも、トマトをメキシコのティノチティトラン(かつてのアステカの首都、現在のメキシコシティー)の市場で見つけたのはスペインの修道士、ベルナルディーノ・ディ・サグアン。今から5世紀前のことでした。
かなり詳細な状況が伝わっている割には、きっかけは市場で味見したという、もろ観光客感覚。
ティノチティトランなんて聞いたことないかもしれないけど、アステカ帝国の首都として、蛇を咥えた鷲がサボテンにとまっている地という信託に基づいて築かれ、大いに繁栄した都市でした。ローマの2倍の人口がいたアメリカ最大の都市でしたが、スペインに征服されて破壊されました。現在は埋め立てによってほとんど消失しています。
当時の人類の宝のようなこの都市の遺産の一つが、トマトだったのですね。

ティノチティトラン。

イタリア食材の辞書、『1001スペチャリタ・デッラ・クチーナ・イタリアーナ

によると、スペインによってヨーロッパに伝わったトマトは、最初は赤い果実が実る観賞用の植物として広まります。
1770年にペルー王国からナポリ王国への贈り物としてトマトの種が贈られ、その種はカンパーニア、サレルノ県のアグロ・ノチェリーノ・サルネーゼAgro Nocerino-Sarnese 地方に植えられます。ここが現在のサン・マルツァーノ地方でした。
つまり、サン・マルツァーノはイタリア最古のトマトで、この地に登場したのは1900年代初めのこと。
イタリア料理史上の次の大きなポイントは、ヴィンチェンツォ・コッラードVincenzo Corradoの『Cuoco galante』による18世紀末のトマトの最初のリチェッタの登場です。クーリとサルサのリチェッタがわずか1品ずつでした。
それまで毒があるエキゾチックな観賞用の植物とされていたトマトは、おっかなびっくりじわじわと広まっていました。
ところがリチェッタの発表後わずか数年で南イタリア中にトマトが広まり、さらに、ピエモンテのチリオによるトマトの缶詰の発明は、北イタリアにトマトを広めます。
ちなみにいまや、イタリアでもっとも多く栽培されている野菜はトマト。
マルゲリータ王女とピッツァマルゲリータは、ポー川流域の平野やリグーリアでトマトが栽培されるきっかけになりました。
トマトが広まると、家庭では、トマトを保存するために瓶詰にするようになります。
そしてこの地に、フランチェスコ・チリオによって、皮をむいたホールトマトの保存食産業が興ります。

現在のアグロ・ノチェリーノ・サルネーゼのサンマルツァーノの生産。

サンマルツァーノの保存食作りが始まったのは1926年頃。そしてサン・マルツァーノは世界中に広まった。


もちろん、現在日本に流通しているイタリア産トマトの大部分はサンマルツァーノ。
サンマルツァーノ食べたことないと思っていても、すでに大量に消費しているのです。
次のテーマはトマトの保存食です。


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2023年1月23日月曜日

パスタの基本は麺とサルサ。サルサの語源はラテン語のサラートsalato、つまり塩がベース。

パスタの話、続きます。
ダイスを使うようになって、パスタには様々な形が創り出されましたが、どんな形でも共通しているのが、パスタはそのままでは食べられず、火を通す必要があり、さらに味をつける必要がある、ということ。
そこでパスタとソースの切っても切れない関係が生まれます。
という訳で、今日のお題はソースです。
ソースはイタリア語ではサルサsalsa。
切っても切れない関係とは言え、その進化の過程ははっきり分かれています。
パスタは工業化や機械化が進み、一方ソースは家庭で主婦が手作りするものとして長い間家庭で受け継がれてきました。
イタリア料理の百科事典、『グランデ・エンチクロペディア・イッルストラータ・デッラ・ガストロノミア
によると、サルサsalsaは、
「半液体で、肉や魚などに添えて料理の味を豊かにするもの。調理の過程で出た煮汁や焼き汁をつないだもの」とあります。
その語源はラテン語のsalsus(salato)、つまり塩がベースの味付けをした食物。もともとはシンプルな調味料で、古代ローマ人のガルムgarum(魚醤)やナルドnardo(カノコソウの精油)がルーツ。このソースの概念は、中世からルネサンスの間は変わらず、ブロードがベースのシンプルな味やアロマを料理に追加するもので、ワインや蜂蜜の甘味、酢などの酸味、スパイス、トーストしたパン粉などからなるものでした。
17、18世紀のフランスで、次第にモダンなソースが生まれます。
バターと小麦粉がベースのルー、ベシャメル、マヨネーズなどです。

なるほど、サルサのベースは、塩なんですね。

塩→コラトゥーラ→アンチョビ→と塩に旨味が重なり合っていきます。

アマルフィのチェターラのコラトゥーラ。アンチョビを6~18ヵ月重石をのせて塩漬けにして発酵させます。この間に抽出した汁がコラトゥーラ、アミノ酸を豊富に含む魚醤です。

チェターラのリストランテ・コンベントのコラトゥーラのスパゲットーネ。
加熱しないのがポイント。

・イタリアンパセリとにんにくのみじん切り、オイル、コラトゥーラ(少量ずつ加える)を混ぜる。塩を加えていない湯を加えて乳化させる。
・アルデンテにゆでたパスタを加えてマンテカーレする。
・巻いてレモンを添えて幅広のネスト形に皿に盛り付け、ソースをかけてイタリアンパセリで飾る。

リグーリアのモンテ・ロッソもアンチョビの塩漬けで有名。

ベネトのビゴリ・イン・サルサは塩漬けアンチョビのパスタ。
リチェッタは今月の(CIRP.41にあります。)

・玉ねぎ、塩と骨を取ったアンチョビをオイルとワインでソッフリットにしてソースにし、塩を加えます。
・アルデンテにゆでたビコリを加えてマンテカーレし、皿に盛り付けてソースをかけます。

下の動画はアンチョビの名産地として知られるカンタブリア海の塩漬けアンチョビ。上の動画のアンチョビもカンタブリア産。

アンチョビは塩漬けにして保存するのに最適の魚でした。魚の保存食ならアンチョビの塩漬けやオイル漬け、肉ならサルシッチャや生ハムやパンチェッタ。
パスタのサルサにも、パンチェッタやサルシッチャが次々に登場します。
塩味の他に、ワインの酸味、ビネガーの酸味、蜂蜜の甘味などがソースに使われるようになります。
そしてついにトマトが登場します。

トマトソースの話は次回に。



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2023年1月21日土曜日

日本に穴あき麺が存在しないのは誰もトルキオを発明しなかったから?

今日は、今月の(CIR)からトレビーゾ料理の話。
というか、ベネト料理の話です。
リチェッタは(CIR1月号)P.41にあります。
1品目はビゴリ・イン・サルサ。

ビゴリはベネトを代表するパスタです。ブロンズ製の“ビゴラーロbigolaro”と呼ぶトルキオで生地を細長い麺状に押し出します。うどんみたいなパスタなら想像つくけど、穴あきパスタですよ。
穴あき麺の製法って、謎だ~。

モダンなパスタマシンはテフロンのダイスをゆっくり通す。ディチェコでは1分間に2mだって。

マカロニは穴あき麺。
ブロンズのダイスを通して作るビゴリは表面がざらざらで、ソースがよく絡んだ。
これがビゴリの特徴。
ダイスは穴あきパスタには欠かせない道具。
ダイスがない時代には1本ずつ棒に巻き付けて作ってた。

フジッリ作り。



そういえば、そもそも穴あきパスタはソースがよく絡むようにするために作られたのでは・・。そばやうどんの文化には、ソースの概念がなかったのかも・・・。さらに、トルキオで麺を押し出すという作業は、パスタが家庭で手打ちする食べ物だった時代の名残りで、工場で大量生産される産業革命後の世界には、ビゴリは生き残れなかっただろうなと、想像はできます。実際、職人が手作りする小さなパスタ工房はどんどん消えていきました。
そして反動がきます。家庭で麺を手打ちできる主婦がいなくなり、上質パスタや小麦粉の知識が広まり、最高峰の高価な手打ちパスタが世界的に望まれ、小さなパスタ工房の製品が世界的な市場に登場するようになりました。
イタリアのアルティジャナーレな製品は、常にこの繰り返しです。
現在望まれているのは、手打ちと機械の両方の良いところを取り入れた製品です。

ビゴリに話を戻します。ビゴリのソースは塩漬けアンチョビのビゴリ・イン・サルサと、クリスマスや復活祭のご馳走で鴨肉のブロードでゆでて鴨肉のスーゴをかけるビゴリ・アル・スーゴ・ディ・アナトラの2種類が代表的。ビゴリ・イン・サルサはソースの概念を理解するのにいいかも。
でも、ソースの概念というのが案外難しいかも。
この話、次回に続きます。


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イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)
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2023年1月20日金曜日

ベネチアのバーカロでプロセッコのスプリッツ飲むの忘れると、後悔するぞ~。でも注文するのはちょっとハードル高い。

今日のお題はプロセッコprosecco。

実は今月の(CIR)のグルメ旅がトレビーゾ(記事の日本語訳はP.40)だったのでその名産品としての登場ですが、先月の(CIR)には12月になると売り上げが増加するスプマンテの中でも世界的に、特にアメリカで大人気のスプマンテとして登場しました(記事の日本語訳はP.47)。
プロセッコとイタリアの食文化を紹介する動画。
プロセッコでだけでなくイタリアワインの基本情報も教えてくれる動画。

アメリカの人は、たぶんプロセッコによって今まで知っていたのとは違う北イタリアの食を発見したのでしょう。
移民によって伝わった南イタリアの料理とは違う北の食文化です。
スペインの植民地だった南イタリアではなく、オリエントと直結して中央ヨーロッパにも近いベネチアには、まったく別の食文化がありました。
アメリカのグルメたちは、猛烈に北イタリアの食文化を勉強したようです。
そして複雑なプロセッコの背景を理解し、スパークリングワインには、シャンパーニュとは違う制法で造られる上質で安いものがあることを理解しました。
させらプロセッコには、イタリアワイン界の真珠と呼ばれる特別なクリュ、カルティッツェCaltizzeや、傑作と呼ばれるリーヴェRiveがあることを知ります。
そしてプロセッコはアメリカで大人気になりました。

ということはそれだけ熾烈な競争を繰り広げているということで、プロセッコの元祖の造り手を自認するカルペネ・マルボルティは、プロセッコという名前をラベルに初めて記載してから95周年を祝った。

私にとってベネチアの食文化を体験する最高の場は、ベネチアのオステリア、バーカリBacari。
バカリでチケッティをつまみながらスプリッツを飲むのは、ベネチア観光の最初の一歩。

バーカロで味わえるのはチケッティ。

一緒に飲むアペリティーボの定番はスプリッツ。
チケッティはアペリティーボの習慣が生み出した楽しいつまみ。

プロセッコのスプリッツ・アペロール。



ミニサイズのチケッティの本。『ピアッティ・エ・チケッティ・ダ・オステリア

このシリーズにはラディッキオの本もありました。

バーカロは楽しいんだけど、若い世界中の観光客を押しのけてカウンターまで行くだけでへとへとになって、注文するときはドキドキで頭が真っ白でした。
なのでスプリッツのこと、すっかり忘れてた。


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生ハムの一番美味しい部位はガンベレットこと端っこ。

生ハムやパルミジャーノを、パルマの食文化の観点で見ると・・・。 食の都パルマのシェフが語るパルマの食文化 これはアルタ・クチーナとしてのパルマ料理ですね。 もう少し庶民的な、パルマの日曜日の家庭のプランゾの場合、スタートは、クラテッロ、パルマの生ハム、コッパ、ストロルギーノなどの...