2013年2月28日木曜日

ピッツェリーア・デル・ポルト

今日は、ガエータのティエッラがおすすめの店として『ラ クチーナ・イタリアーナ』誌が挙げている店のご紹介。

店の名はピッツェリーア・デル・ポルト。
webページはこちら

オーナーのカルロ・アヴァッローネ氏によると、20年前に店を始めた当初はピッツァを売っていたのですが、愛する地元ガエータの伝統食、ティエッラを出そうと思って、様々な家庭でティエッラを教わるところから始めたそうです。
今では、15種類のティエッラを店で出し、ティエッラの歴史を研究して、地元の子供たちに作り方を教えて、ティエッラの第一人者を自負しています。

スペチャリタは、ムール貝とズッキーニ、なすとプローヴォラのティエッラなど。
いずれも、“キロメートル・ゼロ”(地産地消)のものばかり。
大人気になって、レストランから外食産業まで、様々な人がコピーしようとしたけれど、成功したのは主婦だけだって。
いや~、この発想、斬新ですなあ。
長いことイタリア料理業界の発言を訳してますが、ここまで敬意と愛情を持って主婦の味を褒めた人はいませんよ。

タコのティエッラのリチェッタを公表しているので、訳してみます。
原文はこちらのページ


タコのティエッラ La Tiella di Polpo
材料:6人分
生地
 00タイプの小麦粉・・200g
 水・・1カップ
 塩、砂糖・・各ひとつまみ
 EVオリーブオイル・・大さじ1
 ドライイースト・・1/2袋
詰め物
 タコ・・300g
 完熟トマト・・80g
 ガエータのオリーブ・・80g
 EVオリーブオイル・・大さじ1
 にんにく・・1/4かけ
 刻み唐辛子・・1/2本分
 イタリアンパセリのみじん切り・・一握り

生地
・小麦粉と水に他の材料を1つずつ加えながら混ぜ、20分こねる。布巾で覆い、24度以下で3時間発酵させる。
・鍋にたっぷりの水を入れて沸騰させ、タコを入れて中火で最低15分ゆでる。蓋をしてそのまま冷ます。
・トマトを小角切りにし、ざるに入れて水気をきる。イタリアンパセリ、にんにく、唐辛子をみじん切りにしてトマトと混ぜる。オリーブとオリーブオイルも加える。
・生地を2つに分け、手と麺棒で厚さ3㎜以下に丸く伸ばす。1枚は直径30cm以上にする。
・直径28㎝の浅い型に油を均一に塗り、大きな生地を型からはみ出すように敷き込む。トマトとタコを詰める。
・残りの生地をかぶせて縁を指で摘まんで閉じ、油を塗る。200度のオーブンで20分焼く。


お弁当を作るおかあさんになったつもりで作りましょう。

岬の突端部分にある店です。
ガエータにお寄りの際は、ぜひ、テッラチーナの白ワインと一緒にタコのティエッラでも。


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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2011年7月号、グルメ紀行“ガエータ”の記事は、「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月25日月曜日

ガエータのティエッラ

ガエータのティエッラの話、続けます。
ティエッラはプーリアの料理が有名ですが、“ガエータの”ティエーラとはまったく別。
そもそも、これらの料理の名前は、ティエッラtiellaという浅鍋から取ったもの。

ガエータのティエッラ
 ↓
DOL


プーリアのムール貝とじゃがいものティェッラ
 ↓
Tiella di cozze


ガエータのティエッラは、“ピアット・ウニコ”と呼ばれるタイプの料理で、炭水化物、野菜(スカローラ、ほうれん草、ズッキーニ、玉ねぎ、トマト)や魚(主にバッカラ、タコ、イカ、アンチョビ)、肉(ハム、生ハム、卵、サルシチャ、チーズ)が全部入った料理。
炭水化物はパン生地です。
具は様々。
フェルディナンド四世いわく、“primo, secondo e terzo!”ですよ。

タコのティエッラ
 ↓
tiella from Gaeta


具を詰めるタイプのピッツァですね。
早朝に仕事に行くお父さんのために作った料理だけあって、家庭の温かさが伝わってくるような手作り感満載の一品。
手で持って食べて、日持ちするように作るので、具の汁気と生地の香ばしさの絶妙さ加減がポイント。
ティエッラの具、あれこれ。
具を詰めすぎると手で持てないし、この薄さがいいんですねえ、きっと。
 ↓


2枚目の生地をかぶせた後に、縁を作るのも忘れずに。
これもガエータのティエッラの特徴の一つ。
 ↓



こちらのwebページに、フェルディナンド4世とティエッラの面白いエピソードがありました。

それによると、王様がガエータを通りかった時、ある主婦がパン生地を作っているのを見て、急に空腹に襲われ(あるいは主婦の美しさに惹かれたのか・・・だって、プフ。)、お手伝いしましょうかと申し出た(きゃ~イタリア男~)。
いや~、ほんとにお茶目な王様ですねえ。
300年たっても、日本語のwikiにも、この言われよう。
すごいいじられキャラ。

実は、この人、女の子が4人続いた後にようやく生まれた長男、つまり王位継承者だったそうです。
そうとうチヤホヤされたんでしょうが、きっと、4人もいるお姉ちゃんたちだけは、彼にずけずけ文句が言えたはず。
多分、フェルちゃんはパシリ状態。
王様は、絶対お姉ちゃんたち(成人後は対象が美しい女性へと変化)に頭が上がらないですよ。

だから、そこら辺のおかみさんも、お手伝いを申し出た王様にちゃっかり、パン生地を薄く伸ばして型に敷き込むように指示する気になっちゃう。
王様も嬉々としてやっただろうなあ。
すると主婦は、そこに煮たスカローラとガエータのオリーブを詰めてガエータのとオイルをかけ、もう一枚生地をかぶせて閉じると、竈で焼きました。
あれ、これだと魚が入ってないんですけど。
まあ、スカローラと組み合わせる時はバッカラが定番のようだから、バッカラも入っていたかも。
ただし、王様のお気に入りの具は小ヤリイカだったそうです。

ガエータ市の公式認定料理として法理で認められていますが、リチェッタは家庭の数だけありますが、
とても詳細な、こちらのページのリチェッタを訳してみましょう。


ガエータのティエッラ Tiella di Gaeta
材料:
生地
 00タイプの小麦粉・・500g
 生イースト・・20g
 EVオリーブオイル・・大さじ3
 ぬるま湯・・200ml
 塩・・一つまみ
タコとイカの詰め物  小ダコ・・1kg
 イタリアンパセリのみじん切り・・1本分
 にんにく・・3かけ
 刻んだホールトマト・・300g
 唐辛子・・好みで
 EVオリーブオイル、塩
 白ワイン・・1/2カップ
玉ねぎ  玉ねぎ・・1kg
 卵・・4個
 おろしたパルミジャーノ
 スカモルツァかイートリ産チーズ
 EVオリーブオイル
 塩、こしょう
スカローラとバッカラ  柔らかいスカローラ(エンダイブの一種)・・2kg
 バッカラ・・700g
 にんにく・・3かけ
 唐辛子
 イタリアンパセリ・・1本
 ガエータの種抜き黒オリーブ・・300g
生地
・小麦粉、ぬるま湯で溶いたイースト、塩、油をこねてなめらかな生地にし、覆いをして発酵させる。
・生地の半量強を厚さ1㎝以下に伸ばし、油を塗った型に敷き込む。
・詰め物を入れて伸ばした残りの生地をかぶせ、縁をつまみながら閉じる。
・表面をフォークでピケし、油を回しかける。180度のオーブンで約30分焼く。
タコとイカの詰め物
・タコを浅鍋に入れて蓋をし、油や水は加えずに蒸し煮にする。冷めたら小さく切る。
・タコと他の材料を混ぜてなじませる。
玉ねぎの詰め物
・玉ねぎを薄切りにして油で炒め、焼き色がついたら溶いた卵、イタリアンパセリのみじん切り、油少々、おろしたパルミジャーノをかけて全体を混ぜる。
・仕上げに小片に切ったスカモルツァを加える。
スカローラとバッカラ
・スカローラを洗って粗粒塩一握りをまぶ゛し、重石をする。時々かき混ぜながら2時間漬けて絞る。
・ほぐしたバッカラ、刻んだにんにく、唐辛子、イタリアンパセリのみじん切り、オリーブ、油を混ぜる。これらとスカローラを 混ぜる。
・バッカラの代わりに、塩抜きして骨を取り、1日オリーブオイルに漬けたアンチョビでもよい。
 


には、小さな型で一人前サイズの、トマト、ゆで卵、ペコリーノ、生ハムの具のティエッラが載っています。
これも美味しそう。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2011年7月号、グルメ紀行“ガエータ”の記事は、「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月22日金曜日

ガエータのティエッラとフェルディナンド4世

ガエータのオリーブの話の続きです。

『ラ・クチーナ・イタリアーナ』によると、1860年の冬、ガエータのオリーブの樹は、ディ・ルッソ家の農場のただ1本を除いて、すべて切り倒されてしまったんだそうです。

ところが、こちらのサイトによると、第二次大戦中にドイツ軍に占領された際の冬にも、オリーブの樹が切り倒されたそうです。
ということは、80年後に、すでに切り倒したくなるくらい太いオリーブの樹があったということですね。
1860年の話は、やっぱりちょっと胡散くさいかも。
あれ、このサイトのガエータのオリーブの歴史を書いている人、コズモ・ディ・ルッソさんだって。
なんと、ディ・ルッソ農場の人じゃないですか。
ネット上には、あちこちにこの人が発表したと思われるガエータのオリーブの話がupされています。
どうやら、本当にこの人しか、今やガエータのオリーブを語る人はいないのかも。
まあ正確には、ガエータのオリーブの実態は、隣のイートリのオリーブなので、ガエータでオリーブを本格的に栽培しているのが彼だけでも不思議はないか。
ディ・ルッソ氏
 ↓
 




記事の中でも紹介されているガエータ料理、ティエッラは、ガエータで一番有名な郷土料理。
いろんな具を詰めるトルタ・サラータで、別名、ガエータのピッツァ。
 ↓
 
 



この料理は、漁師や農夫の奥さんが、早朝に海や畑に出かけるご亭主のために作った料理が元で、冷めても美味しくて日持ちして、ナイフやフォークがいらない、という特徴があります。
今で言うストリートフードですね。

ナポリ王で両シチリア王の、フェルディナンド4世の好物だったことでも知られています。
彼は、膨大な権力を握っている割には庶民派で憎めないボケ体質で、生地の中に魚と野菜が詰まったこのトルタを食べて、「プリーモとセコンドとテルツォやあ~」という迷コメントを残したことが、都市伝説となって伝わっています。
出典はこちらのページ

ちなみに彼は、奥さんから当時大流行していたヴェルミチェッリを手づかみで食べるのは下品だと言われて、フォークを使う習慣を広めるきっかけになった人物ですね。
それまでは、フォークの歯は2~3本だったんですねー。
確かに、これじゃスパゲッティは食べにくい。
だから、手づかみで食べていたんですね。
意外と最近ですねえ、フォークの歯が4本になったのは。

ティエッラのリチェッタは次回に。


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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2011年7月号、グルメ紀行“ガエータ”の記事は、「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月18日月曜日

ガエータ

きょうはオリーブにゆかりの街、ガエータの話。
『ラ・クーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。

イタリア料理の世界では、ガエータと言えばオリーブですが、実は、ここは漁師町です。
しかも、記事によると、ガエータに昔からあるオリーブの樹は1本しかないんだって。

ガエータのオリーブのレモンタイムとオレンジ風味
紫色で、主に塩水漬けにします。
  ↓
Olive di Gaeta al timo limone e arancia


いいサスペンスドラマが撮れそうでんなあ。

Gaeta Sea Storm

Gaeta Sea Storm

Gaeta di notte



ナポリから80㎞、ローマから120㎞の、海に突き出した半島の上の都市、という戦略的ポイントと、守りが硬い地形のせいで、歴史上、あちこちから狙われました。
現在も軍港で、アメリカ軍がいます。
この地理的条件のおかげで、この町の歴史は、ちょっと複雑です。

ローマの力が強い時は、その七光りで栄えました。
ローマが没落すると、度々侵略を受けたせいで、町はますます守りを硬くして要塞化していきます。
一時は海洋共和国として自治も手にしましたが、結局はナポリも支配するシチリア王の支配下に落ち着きます。
この時代、国は栄えて、名物だったオリーブは広く輸出され、ガエータのオリーブの名前が各地に知れ渡りました。
ところが、ローマで教皇の力が増すと、教会とシチリア王国のはざまで、あっちについたり、こっちについたりと、胃が痛くなるような日々が始まります。

1734年、ガエータはブルボン家のナポリ王国のカルロ3世に攻め込まれて陥落します。
1848年には、イタリア統一運動下の政情不安から、教皇がブルボン家に助けを求めてローマから逃げてきます。
ガエータは、ブルボン家の最後の砦になっていました。
1861年11月、今度は、シチリア王国の最後の王様、ブルボン家のフランチェスコ2世がガエータに逃げてきます。
イタリア統一のまさにクライマックスです。
サルデーニャ軍とガリバルディ軍に追い詰められて、シチリア王国は必死の抵抗を試みました。
歴史上、“ガエータの包囲”と呼ばれるものです。
籠城戦ですね。
籠城は1861年2月まで続きました。
降伏と同時に、両シチリア王国は消滅です。
ガエータは、一つの王国の終焉の地となったのでした。

2011年2月15日に行われたガエータ包囲の再現。
  ↓



この包囲戦のことは詳細に伝わっているようです。
籠城中の1860年のクリスマス、ガエータには雪が降りました。
寒い冬だったんです。
この冬を生き延びるために、ガエータのオリーブの樹は、全部切り倒されたんだそうです。
ところが、ガエータ包囲の後、オリーブは収穫するまでに何年もかかるので、もっとすぐに利益の出る木に植え替えられてしまいました。


ガエータのオリーブの話は、以前、取り上げたことがあります。
こちらです。

そもそも、ガエータのオリーブは、イトラーナ・オリーブと呼ばれているように、ガエータの隣のイートリで栽培されています。

で、記事によると、ガエータで、ただ1本だけ生き残ったオリーブの樹があるというじゃないですか。
ちょっとうさんくさいけど、次回はその話。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2011年7月号、“ガエータ”の記事は「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月14日木曜日

愛の村、ヴィーコ・デル・ガルガーノ

今日はバレンタインデーの話。
『ヴィエ・デル・グスト』の記事、“ガルガーノ”の解説です。

プーリアのガルガーノには、毎年、2月14日になると盛り上がる場所があります。
フォッジャ県のヴィーコ・デル・ガルガーノVico del Garganoという所です。
実はこの町、イタリアでもっとも美しい集落と言われていて、さらに別名、愛の村paese dell'amoreなんだって。
しかも、“キスの小路vicolo del bacio”という幅50㎝に満たない路地があって、ヴァレンタインデーには恋人たちのメッカになるんですって。
いや~、書いているだけで恥ずかしくなりますねえ。
さすがはイタリアですねえ。

まあ、要はですね、この村の守護聖人が、聖ヴァレンティーノなんですよ。
で、この聖人、実は、柑橘果実の守護聖人でもあるんだそうです。
この聖人に祝福されたオレンジを食べてその果汁を飲むと、願いがかなうんだって。
チョコ縛りはないけど、柑橘果実縛りかあ。


2011年のヴィーコ・デル・ガルガーノの2月14日。
祭壇や町中がレモンやオレンジで飾られてますねえ。
 ↓


キスの小道は0:30あたりに出てきます。
 ↓


この地方の名物の一つは、レモン。
フェンミネッロ・デル・ガルガーノ・IGPという品種。
そしてこのレモンから作ったお酒はリモンチーノ。
リモンチェッロはカンバーニア以外ではリモンチーノと呼ばれているんですね。

2011.10.18 - Amman


ヴィーコ・デル・ガルガーノの名物パン。
 ↓
こちらの動画

カルタ・ダ・ムジカと原理は同じで、膨らませて中を空洞にして半分に切るタイプ。
パンはプーリア料理の基本中の基本。
美味しいに違いない!
行く機会があったら、食べとかないとね。




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関連誌;『ヴィエ・デル・グスト』2011年7月号、“ガルガーノ”の記事は「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月7日木曜日

2代目が頑張ってるレストラン

今日は『ア・ターヴォラ』の記事から、2軒のレストランのご紹介。
まずはボローニャ県サッソ・マルコーニのリストランテ・マルコーニ。
シェフは2代目のアウローラ・マッズッケッリさん。
 ↓



店のwebページはこちら
伝統とは変えるものと考える注目の革新派シェフです。
ボローニャ県にありながら、魚料理が売り。
ちなみに、総合解説で紹介している“コウイカのニョッキ”に使われるヴェネトの潟特産の小コウイカの“ゾトリ”ですが、
こんなイカです(写真の左半分。右半分は“スピッロ”という小ヤリイカ)。

なんと、シェフのPVまでありました。
こちら


次は、お馴染み、ドン・アルフォンソ。
こちらはお孫さんまで紹介するようになったんですねえ。
未来の3世代目、アルフォンソちゃんもチラッと登場するTV番組はこちら
52分の長編。
移民だった祖父が故郷に戻ったことから始まるレストランも、今や一種の複合企業。イアッカリーノ一族の、まさに、王朝の歴史。

厨房の様子。
若者たちが大勢頑張ってますなあ。







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関連誌;『ア・ターヴォラ』2011年7月号、“ドン・アルフォンソ”と“マルコーニ”のリチェッタを含む記事の解説は、「総合解説」2011年7月号に載っています。

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2013年2月4日月曜日

なすの名前の由来

なすの話ですが、イタリア語でなすは?
そう、メランザーネですね。
melanzane。
なんでも、原産地であるインドのサンスクリットの言葉、vatignanaが語源で、これがアラビア語のbadnjanになり、アラブから地中海世界に伝わって、スペインではalberengenaになり、フランスではaubergineになり、イタリアではmelanzaneになったのでした。


イタリアに伝わったのは日本よりずっと後。
イタリア語のmelanzaneは、mela insana「狂ったりんご」という言葉に発音が近く、生のなすに含まれるソラニンによる軽い苦みがあることなどから、伝わった当初は大衆からは常に不信感を抱かれました。

ちなみに、なすはなす科なす属の植物ですが、学名はSolanaceae solanumで、どんだけソラニンが怖かったんですかねえ。
同じ属の他の植物、トマトやじゃがいもにもソラニンはあります。

そうそう、英語でなすは?
eggplantエッグプラント。
卵の樹?

Eggplants-9902


なるほど、こう見えていたのか。
 ↓
EGGPLANT ?


なすは一品だけで調理しても美味しいし、組み合わせる相手を選ばず、どんな食材とも相性が良い万能野菜ですよね。

今日のなす料理は、『パルミジャーナ・イン・ビアンコ』。
パルミジャーナは定番なす料理の一つ。

パルミジャーナと言う名前でも、パルマ料理ではありません。
しかも、パルミジャーノ・レッジャーノを使っているからこう呼ばれるわけでもない。
料理名や発祥地についてはあいまいなことしかわかっていない不思議な料理ですが、今では赤いトマトソースの色と、揚げて中はトロリ、外は芳ばしいなす、モッツァレッラなどのフレッシュで濃厚なチーズ、新鮮なバジリコ、の組み合わせが、典型的な地中海料理のイメージとなって広まっています。
 ↓
Parmigiana di melanzane




イン・ビアンコは、白いパルミジャーノという意味。
トマトソースが入りません。
それだけでもかなり印象が変わります。
こんな料理

赤いパルミジャーナより簡単にできますが、見栄えの派手さは今ひとつ。
表面にいかに美しくこんがりと美味しそうな焼き色を付けるかが、この料理のポイントかも。

パルミジャーナは、バリエーションがとても豊富。
なす以外の野菜でも、作ることができるし、ベシャメルを使う、ハムを入れるなど、作る人のアイデア次第で色々な料理に発展しますね。
 

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関連雑誌;『ガンベロ・ロッソ』2011年7月号、“パルミジャーナ・ビアンコ”のリチェッタを含む“なすの新家庭料理”の記事は、「総合解説」2011年7月号に載っています。

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生ハムの一番美味しい部位はガンベレットこと端っこ。

生ハムやパルミジャーノを、パルマの食文化の観点で見ると・・・。 食の都パルマのシェフが語るパルマの食文化 これはアルタ・クチーナとしてのパルマ料理ですね。 もう少し庶民的な、パルマの日曜日の家庭のプランゾの場合、スタートは、クラテッロ、パルマの生ハム、コッパ、ストロルギーノなどの...