2023年5月9日火曜日

バッカラはイタリア版種子島。難破したベネチア共和国の艦長と乗組員の命をつなぎ、キリスト教の断食の教えのお陰で広まった。

ベネチアのオステリアの本、『ピアッティ・エ・チケッティ・ダ・オステリア

を読んでいると、ベネトのオステリアの料理がバッカラとポレンタであふれていることにすぐに気が付きます。
バッカラは、メルルーサを保存のために加工したもので、北大西洋のグリーンランドとノルウェー海、北海、バレンツ海の間に多く棲む魚、メルルーサを、ノルウェーのロフォーテン諸島で保存のために加工したもの。

すごい数が生産されているノルウェーのロフォーテンのストッカフィッソ。


メルルーサを3週間塩漬けにして干したバッカラはスペイン語のbacalaoが語源、ラテン語で棒という意味のbac(c)culusから来ていると考えられている。メルルーサを塩漬けにして天日で干したストッカフィッソはドイツ語のstock fishが語源。
そもそも、両者がとても似ているために、ベネトではバッカラとストッカフィッソが混同されがちだった歴史があり、現在のような、バッカラと言いながら実際に使うのはストッカフィッソという、ややこしい事態になっている。
よそ者にはどう呼ぼうと対して変わりがないようにも思えるが、そもそもバッカラがイタリアに広まったのは、べネチア共和国のピエロ・クイリーニ艦長が難破してロフォーテン諸島のロスト島に流れ着いたのがきっかけ。これが、イタリアの食文化にとっては種子島に鉄砲が伝来したのと同じくらい重要な出来事だった。
艦長と乗組員は、地元の漁師からもらった風と天日で干して木のように硬くなった大量のストッカフィッソで命をつないだ。
そしてイタリアに帰るためにノルウェーを出発する時には、ライ麦パンと60本のストッカフィッソを贈られた。
脂肪が少ないので傷む心配が少なく、味が変わらない。しかも完璧に保存できたので輸送に適していた。食料を腐らせずに輸送することが大問題だった時代の理想的な食糧だった。
この60本のうち何本かがベネチアまで届いた、と考えられている。
そしてその1世紀後のある歴史的出来事がきっかけで、ストッカフィッソはイタリアに広まった。
その出来事とは、15年のトレント公会議。キリスト教のカトリックの総会のようなもので、プロテスタントの宗教改革に対抗するためにカトリックが総意をまとめた会一種の自己改革のための会議。

この会議でキリスト教の断食の規則が定められます。つまり、断食の間に食べてよいものを定めたのです。
肉や動物性脂肪を取ることを禁じたのが断食。
そのためこの日は魚がベースの料理を食べました。
この断食のお陰でイタリア中の魚の消費量が増えたそうです。
こうしてベネトでは数々のバッカラ料理が誕生しました。
ベネトのバッカラは重要な食材になり、バッカラ・マンテカートやバッカラのヴィチェンツァ風が誕生します。中でもバッカラのヴィチェンツァ風は、イタリアで最も普及して人気のあるバッカラ料理になりました。ヴィチェンツァではバッカラはbaccalaとcが2つでストッカフィッソはcが一つのbacalasと呼ぶんだって。
ヴィチェンツァ。

バッカラのヴィチェンツァ風を広めてリチェッタを守るために、1987年にはバッカラ・アッラ・ヴィチェンティーナ信者会が結成されている。
数々のリチェッタを比較研究して正当なものを決めるのも、この会の目的。
シンプルなものほどほんの小さなニュアンスが大きく影響する、と語る彼らは、この料理をおいしく作るポイントは、“忍耐”。と言う。
バッカラを弱火で時間をかけてひたすらコトコト煮る、ファースト・フードの対極にある料理だそうです。


せっかちで江戸っ子気質の自分には戻す時点で無理。それこそオステリアで食べるしかない料理。
バッカラの塩抜き。

戻すには、まず塩を落として流水で洗い、小さく切り分けて皮を取る。皮からは旨みととろみが出るので必要なら残す。
水に漬けて48時間かけて塩抜きしながら戻す。その間、冷蔵庫に入れながらまず2時間ごとに3回水を替え、次に4時間ごとに3回、そして最後は8時間ごとに水を換える。これを家庭でやるというのは無理があるなあ。そもそもイタリアではバッカラは戻して叩いて繊維を切って売っている。
一度戻してしまえば冷凍保存ができる。
戻すだけで疲れたのでリチェッタは次回に。


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イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)
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シチリア出身のシェフがミラノで出した店は、その名もイカの卵。イカの卵はベネチアのチケッティの珍品中の珍品でした。

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