『ラ・ピオーラ』という本があります。副題は「ピエモンテのオステリアのヒーロー」とあります。作者はジャーナリストで作家のペッペ・ヴァルベルガという人。いったい、どんな本なのか、とりあえず読んでみました。ちらっと見る限り、リチェッタや写真、イラストの類はまったくなく、料理書ではありません。ピエモンテの食文化を記録するエッセイのようなもののようです。
この言葉はどこから来たのか。oにアクセント記号が付いたこの言葉は、イタリア語では見ない言葉ですが、イタリア人やピエモンテ人には簡単に発音できる言葉です。ピエモンテ語の辞書によると、ピオーラとは現在も使われている昔ながらの木こりの道具だそうです。今ならチェーンソーといったところでしょうか。
別の説では、ピオーラとはトリノで広く使われているオステリアのおかみさんを意味する言葉だそうです。そしてオステリアのおかみさんは、たいていは友達なんだそうです。
どうやら語源はフランス語のようで、15世紀のパリでは気取らない庶民的な、安い値段でたっぷり飲んだり食べたりできるオステリアのことをpiauleと呼んでいたそうです。これはデュマの小説で三銃士のダルタニャンやアトス、ポルトス、アラミスたちが集った美味しいワインと料理で知られる店のようなものだそうです。
フランスはヨーロッパ最大のワイン消費国で、piauleはビストロの前身だったと考えられます。
三銃士の舞台のパリ。
かつてトリノはリトルパリと呼ばれていました。パリの文化はすぐに伝わり、ピオーラはピエモンテ中に広まりました。いくつかの店ではピオーラに“樽の蛇口”という意味も加わりました。要は、ピオーラはヴィーノ・スフーゾを出す、安くておいしいピエモンテの典型的なオステリアのことなのです。
とはいってもピノキオをだます狐や猫の存在に、イタリア人は敏感です。偽物には厳しく、三銃士の強い絆にもみられるように、ピオーラの中には一種の社会が出来上がっていました。ピオーラは大衆文化のメルティングポットで、ワインの中には真実があり、人と知り合うには最適の場所でした。
三銃士とピノキオには、どちらにもオステリアが登場し、後世に大きな影響を与えています。
確か、ガンベロ・ロッソもピノキオに登場したオステリアの名前じゃなかったっけ。
映画『ほんとうのピノッキオ』予告編
かつてはピエモンテ中にあったピオーラは、経営者の高齢化やライセンス取得の難しさなどでどんどん減っていきました。70年代の好景気も悪影響だったと言われ、流行を追うあまり、老舗が伝えていた精神が消えていきました。数十年の沈黙の後、ピオーラを復活させようという動きが実を結びだしました。再び客がやってくるようになり、今晩は、あのおかみさんがいるピオーラで夕食を食べよう、と人々が再び口にするようになりました。
トリノ↓
本の『ピオーラ』の内容はどんどん深くなっていきます。
今日はこの辺で。
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