史上初のアメリカ大陸出身の法王。貧しい人々のための教会を常に考えていた人。
彼が教皇に選ばれた時は、アメリカ人という印象が強かったけど、彼はブエノスアイレスでイタリア系移民の子として生まれました。両親はピエモンテからの移民。全然知らなかった。移民の3世や4世によって、南米には多くのピエモンテ料理が伝わりました。
フランシスコ教皇は、若い時にピエモンテからの移民たちのソサエティーで晩餐をとった時の事をこう語っている。彼らは平日には細かく切ったポレンタだけを食べ、休日にはバーニャ・カウダを食べた。バーニャ・カウダはピエモンテでは脱穀や収穫が終わった特別な時に、たっぷりの赤ワインと一緒に大勢で食べる料理だった。アルゼンチンでは日曜日の夕食の料理になった。ピエモンテ料理は、アルゼンチン風のアレンジを加えてアニョロッティやミラノ風ステーキにかけるソースでもあった。
教皇のバーニャ・カウダ。教皇がニューヨークを訪れた時、ニューヨークにもこの料理を広めました。
===================================================
記事の内容は以前の(CIR)や販売している書籍から引用しています。
動画は日本語の字幕付きでご覧ください。
この話は(CIR)2023年11月号の記事《世界に伝わったイタリア料理》の解説です。“パパ・フランチェスコのバーニャ・カウダ”の日本語のリチェッタと写真はP.20。
===================================================
===================================================
クレアパッソのブログは下記の3種類あります。
■ブログ『イタリア料理ほんやくざんまい』
■ブログ『イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)』昔の「総合解説」はシステムの変更のため販売を終了しました。現在は(CIR)に名前を変更しました。
==================================================
0 件のコメント:
コメントを投稿