2020年11月7日土曜日

クレモナのマルビーニはピエモンテとエミリア、両方の影響を受けたパスタ。

ロンバルディアのパスタ、今日はクレモナの詰め物入りパスタ、マルビーニmarbiniです。
クレモナはストラディバリを生んだバイオリンの街としても有名。



パスタの地方料理を集めた本、パスタ・フォルメ・デル・グラノ』によると、マルビーニはピエモンテとエミリア両方の影響を受けたパスタです。



クレモナ料理↓



定番は、“マルビーニ・アイ・トレ・ブローディmarubini ai tre brodi”。
雌鶏、去勢鶏、牛、豚、サラミなどから別々に取ったブロードの、最低3種類を混ぜたブロードでマルビーニをゆでます。
リチェッタからも分かる通り、クリスマスなどの特別な時に作るクレモナの農民のご馳走。
詰め物は牛や子牛肉のブラザート、豚肉、サルシッチャ、サルーミ、パン粉、チーズ、卵。
形は半月、円形、四角形など、家庭によって様々。
パスタは卵がたっぷり入る麺で、ピエモンテの四角いアニョロッティに似ている。
マルビーニ↓
トマトが入らないラグーをピエモンテ風パスタで包んだみたいなパスタ。

おまけの動画。
クレモナと言えばモスタルダ。



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パスタ・フォルメ・デル・グラノ
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2020年11月6日金曜日

マントバに霧の訪れを告げる料理、カボチャのトルテッリ。

きのう、ロンバルディアを代表するシェフとして紹介したエツィオ・サンティンシェフは、イタリアを代表するシェフなので、多くの本で取り上げられています。
パスタの革命を集めたユニークで力作の面白い本、

パスタ・レボリューションは、
この本ならではの独特の視点でサンティン家の料理を紹介しています。

トラットリアとして誕生して、次第にイタリアの一流レストランのシンボルにまでなった3つ星リストランテ、ダル・ペスカトーレ・ア・カンネート・スッローリオの名物料理の一つは、詰め物入り手打ちパスタの“カボチャのトルテッリtortelli di zucca”です。
店になぜパスタ・セッカのメニューがないのかを、エンツォの義理の娘でシェフのナディア・サンティーニはこう語っています。

シンプルでごく普通の材料を使って作るパスタ・セッカは、ありきたりの料理になりやすいのですが、特別な体験を期待して店にやって来るお客さまは、珍しい手に入りにくい食材を使った料理を期待しています。
夕食を家ではなく店で食べたい、と思う人のためにも、パスタ・セッカではなく、パスタ・フレスカを出したいのです。
パスタ・フレスカは店の顔で、シェフの感性も伝わる、と考えています、とナディア。
店ではナディアと姑のブルーナがパスタ・フレスカを造っている。
手でぎりぎりまで薄く伸ばした生地は表面がざらざらで、ソースがからみやすく、小麦粉の種類や卵の配合で詰め物をしても完璧に閉じるパスタになる。
トルテッリやパッパルデッレは素晴らしい技の集大成なのです。

ジョヴァンニ・サンティーニのサンティーニ家のカボチャのトルテッリ。↓
パスタマシン使ってるじゃないかい。

スローフードのオステリアの地方料理の本、


イタリア・イン・クチーナ』で、ナディアは、カボチャのトルテッリは夏が終わって霧が出始める秋への讃歌だと語っています。
マントヴァの真髄が込められた古い料理で、クリスマス・イブには欠かせない1品です。
店のカボャのトルテッリは、10年前に出版された本のリチェッタに、サンティーニ家のアレンジを加えたもの。

マントバ↓



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2020年11月5日木曜日

乾麺のパスタの伝統料理がないロンバルディアのグランシェフ、エツィオ・サンティンシェフのリガトーニ。

パヴィア料理の話をしたので、最後にロンバルディアのパスタの話で締めよう、と軽く感えて、ロンバルディアのパスタが思い浮かばず、心が折れかけました。
とりあえず、ディチェコの本、パスタ・ヴィアッジョ・イン・イタリア
は乾麺の地方料理がテーマの本だったことを思い出して、ロンバルディア州のページを読んでみました。
すると、ロンバルディアのページは、いきなり、difficile(難しい)という言葉で始まっていました。
ロンバルディアの11ある県を、一つの料理で語ることは難しい、と言うのです。
さらに、プリーモ・ピアットの主役の食材は米で、つまりリゾット。エミリア地方に近いマントヴァ以外は、パスタはマイナーな存在だそうです。
エミリア寄りになると、カソンセイcasonsei、マルビーニmarubini、ヴァルテッリーナ寄りだとピッツォッケリpizzoccheriなどがありますが、ロンバルディアを代表するパスタは、歴史的な料理書には登場しません。
でも、この本にはロンバルディアを代表するシェフの乾麺のパスタの料理が載っています。
アンティカ・オステリア・デル・ポンテの3つ星シェフ、エツィオ・サンティンの料理です。


珍しいその料理は“ブレーメの赤玉ねぎとビジェバノのいんげん豆のリガトーニ”Rigatoni al sugo di cipolle rosse di Breme e fagioli borlotti di Vigebano。

パスタはリガトーニ・ナポレターニ。
ナポリのパスタに玉ねぎのソースということは、バリバリナポリ料理、と思わせておいて北の食材いんげん豆も加えるというそのパスタは、どんな料理でしょう。
ブレーメの赤玉ねぎ↓
ブレーメはロンバルディア州、パヴィア県の小さな村。

ロンバルディアのグランシェフのリガトーニはなかなか貴重な料理。
リチェッタを訳してみます。
材料/4人分
リガトーニ・ナポレターニ・・320g
ブレーメの赤玉ねぎ・・400g
さやむきのヴェジェバノのいんげん豆(ボルロッティ)・・200g
熟成させたパンチェッタ・・80g
にんにく・・1かけ
ローズマリー・・小1枝
トマトソース・・大さじ1
バター・・20g
上質のEVオリーブオイル・・大さじ2
砂糖・・小さじ2
塩、粉唐辛子
パルミジャーノ
ブロード・・1カップ

・玉ねぎを薄切りにする。パンチェッタを細く切る。
・軽く塩を加えた湯でいんげん豆を弱火でゆでる。
にんにくを半分に切る。ローズマリーの葉を取って粗く刻む。
・パスタ用の湯が沸騰したら海塩の粗塩を加える。
・銅のソテーパンにオリーブオイル少々、半分に切ったにんにく、パンチェッタを入れて熱し、にんにくを取り除く。
a.玉ねぎを強火で炒めて塩と砂糖を加え、しんなりしたらトマトソース大さじ1をブロード1カップで溶いて加える。ローズマリーのみじん切りの半量、粉唐辛子少々を加えて数分熱し、いんげん豆を加える。必要ならブロードを足しながら玉ねぎが柔らかくなるまで煮て塩味を整える。
・パスタをゆでてaのソース、バター20gの小片、残りの油であえる。おろしたチーズでマンテカーレし、残りのローズマリーを散らしてすぐにサーブする。仕上げにオリーブオイルを回しかける。

最後にバターとチーズでマンテカーレするところは、さすがはロンバルディアのシェフ、
ロンバルディア料理の真髄も忘れていませんねー。


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パスタ・ヴィアッジョ・イン・イタリア
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2020年11月4日水曜日

ミラノで修行して、パヴィアで古代ローマの軍団が2千年前に造った道(ストラーダ・ヌオバ)に店を出したパティシエが考え出した大ヒットケーキ、トルタ・パラディーゾ。

パヴィア料理の話、最後はドルチェです。
パヴィアの有名なドルチェ、トルタ・パラディーゾtorta paradisoです。

天国のケーキというその名前は、貴族の得意客の女性が軽くてデリケートで食べると天国にいるようだとこう名付けた、と言う話が伝わっている。
すぐに人気になり、国外にもその名は伝わり、ロンバルデイアを代表するケーキになった。


1878年に、パヴィア中心部のパヴィア大学の正面のストラーダ・ヌオヴァにエンリコ・ヴィゴーニが出したパスティッチェリーア・ヴィゴーニで売り出したドルチェ。
このパイティッチェリーアは現在もあります。店のwebページはこちら

ストラーダ・ヌオヴァは、古代ローマ帝国の軍団が、2000年前に造った道です。
ストラーダ・ヌオヴァ↓

スローフードのスクオラ・ディ・クチーナの『ドルチ・ダ・フォルノ』のリチェッタは、
材料/
00番の小麦粉・・500g
片栗粉・・250g
ベーキングパウダー・・16g
卵・・4個
グラニュー糖・・300g
レモン・・1/2個
香りのよいリキュール・・大さじ2
バター・・200g、塩

a.バターと砂糖をじっくりホイップする。
・卵黄、レモン汁、リキュール、ベーキングパウダー、片栗粉、小麦粉、a、塩少々を加えてさっくり混ぜる。
・直径25cmの深い型(焼くと膨らむ)にバターを塗って小麦粉をまぶす。
・生地を流し入れ、180℃のオーブンで35分焼く。

※乾いた生地なので同じくロンバルディア産のマスカルポーネクリーム、ジャム、ジャンドゥイアクリーム、チョコレートなどが合う。



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ドルチ・ダ・フォルノ
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2020年11月3日火曜日

リグーリアの海の空気とポー河の平野の空気が混ざり合う場所でのみ作られるパヴィア(オルトレポー・パベーゼ)のサラミ、サラメ・ディ・ヴァルツィ。

パヴィア料理の話、今日のお題はランゴバルド族が伝えたサラミ、サラメ・ディ・ヴァルツィsalame di Varzi。


聞き慣れない名前ですが、ロンバルディアを代表するサラミです。 
イタリア料理と食材の百科辞典、1001スペチャリタ・デッラ・クチーナ・イタリアーナ』によると、

このサラミの産地で、どんぐりが豊富な森が広がるパヴィアのオルトレポー地域の平野に豚の飼育を広めたがランゴバルド族でした。
そもそも、この地域には、パヴィアとジェノバを結ぶ“塩の道via del Sale”が通っていました。
ヴァルツィは塩の道沿いにある中世の姿を残した街。
サラミの産地は、この地域の15のコムーネ限定。つまり、気候条件がかなり限定されているのです。
ジェノバの海の空気がポー河周辺の平野の空気と混ざり合う場所、というのがその条件です。
オルトレポーパヴェーゼと呼ばれるワインの産地としても有名。
ヴァルツィ↓

サラミの特徴は、細長い形、鮮やかな赤色、甘くてマイルドな味、熟成によって生まれる香ばしい香り。

サラミに合うワインはクロアティーナのボナルダ。

合うパンは翌日のミッコーネmiccone。

全然知らない街だと思ったけど、調べるとどんどん面白いものが出てきます。
次回に続きます。

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1001スペチャリタ・デッラ・クチーナ・イタリアーナ
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2020年11月2日月曜日

コロンバの歴史、ロンバルディア版はアルボイーノ王が登場する歴史ドラマ。ヴェローナ版はヴェローナの製菓業の足跡を知る成功物語。

パヴィアのもう1つの歴史的料理、こんども王様が主役です。
その料理はパスクアのコロンバ。


王様はランゴバルドのアルボイーノ王です。
パヴィアはランゴバルドの王国の首都でしたもんね。
でも、コロンバはヴェローナのドルチェじゃなかったっけ。 
こちらのページによると、19世紀末にヴェローナで誕生した、とされています。
そのルーツはエジプトやギリシャの異教徒の甘いパン。
キリスト教の普及に伴って各地の習慣と混ざり合い、
19世後半にイーストが導入され、アーモンドやフルーツのカンディートなど材料もリッチになって、現在のヴェローナのパスクアのコロンバの原型の姿になります。
そして人気が出てどんどん普及し、やがてヴェローナの製菓業のアルティジャナーレ化や工業化を象徴するドルチェになりました。
と、これはヴェローナのコロンバの歴史。
これとは別に、コロンバはロンバルディアのドルチェだという説もあります。

アルボイーノとコロンバの話は有名なので、特に詳しい説明はありませんでした。
原文にあったのは、ただ、「アルボイーノ王をなだめたドルチェ」とだけです(「総合解説」2019年1/2月号P.39)。

パスクアのコロンバについては伝説がいくつか伝わっていますが、パヴィアに関する説は、
こちらのページによると、こんな話です。

アルボイーノ王はゲルマン民族のランゴバルド族の王。
ゲルマン民族は北からやってきてローマ帝国に侵入し、東ローマ帝国崩壊のきっかけとなった民族。
イタリアでは、蛮族barbariと呼ばれています。

netflixのドラマbarbari↓
グラディエーターを始めとして蛮族対ローマの戦いは、ドラマになる。

蛮族という呼び方からして、どんなに野蛮で残虐な民族なんだろう、と想像しちゃう。
パヴィアは東ゴート王国と東ローマ帝国の戦いの舞台になります。
そんな時代の西暦572年、アルボイーノ王に率いられた蛮族のランゴバルド族がパヴィアにやってきます。
パヴィアは街を要塞化してランゴバルドに抵抗します。
アルボイーノに街は包囲されますが、街は3年間耐えしのぎました。
こちらのページによると、
アルボイーノは他のゲルマン民族を虐殺したことや、妻に父親の骸骨で酒を飲ませようとしたなど、残虐な伝説が残されている人物。
最後は結局妻に暗殺されます。

虐殺した民族の王の娘、ロスムンダを妻にし、父親の骸骨で酒を飲ませようとした話はアルボイーノ王の残酷さを証明する話として有名。

そんな彼は、包囲戦の3年間で、伝説的な名馬だった愛馬も倒れ、パヴィアに対して、ボッコボコにしてやるぞこるあ、と、何度も脅しをかけていたそうです。
そんな激おこプンプンのおっかない王様に、パヴィアのある年老いたパン屋が、焼きたての香ばしいコロンバを差し出して、「明日はパスクアですよ。このドルチェが鳩の形をしているのは平和のシンボルだからです。お願いです。街をお救いください」
と話しかけたのです。
すると、愛馬が生き返るという奇跡がおきました。
翌日、彼は街に課した賠償金、宝石、12人の少女を受け取りに来ました。
すると少女の一人が、私の名はコロンバで、私の父は年老いたパン屋です。
残りの11人も王のためのコロンバです。と語りかけました。
これには王の心も溶かされ、少女たちをパヴィアから開放したそうです。
ふう、長い話でした。


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総合解説
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2020年11月1日日曜日

フランス王フランソワ1世はイタリアに攻め込んでイタリアにはまり、ダ・ヴィンチをフランスに呼び、ズッパ・パヴェーゼを宮廷に伝えた。

パヴィア料理の話、前回はパヴィアの背景などについて話しましたが、今日のお題はパヴィアで一番有名な料理、いや世界的に有名なロンバルディア料理、ズッパ・パヴェーゼzuppa alla pavese↓ です。


パンと生卵のスープという、素朴でシンプルなこの料理が、なぜ街のシンボルと思われるほどの名物料理になったかというと、この料理には、とてもステキな歴史があったのです。
しかも登場人物はフランス王。

舞台は1525年のパヴィアの戦い。
イタリアの覇権をめぐるイタリア戦争の最中、スペインの神聖ローマ帝国皇帝のカール5世はミラノを占領して、パヴィアまで南下します。そういえば、パヴィアはミラノの真南30kmの距離。戦う相手はフランス王のフランソワ1世が直接指揮するフランス軍。パヴィアの郊外で両軍がぶつかりました。
戦いはカール5世の勝利、フランソワ1世は捕虜になってしまいます。

捕虜になった隣国の王様のために、農家の女将さんが食事を作るように命じられ、ありあわせの食材で作ったのが、この、固くなったパンに生卵をのせて鶏のブロードとパルミジャーノをかけたスープです。
再現ドラマはこちら
捕虜の身によほど染みたのか、フランソワ1世は、フランスに戻った後、フランスの宮廷にこの料理を伝えたのでした。
フランソワ1世というのはイタリアの芸術に触れてすっかり虜になった人で、イタリア料理にはまる外国人の中でもとびきりのセレブだったのでした。
こんな話を聞いて、イタリア人が自慢しないわけがなく、この料理はパヴィアの誇りとなったのでした。ズッパ・アッラ・パヴェーゼZuppa alla pavese

・好みのパンをスライスし、器に合わせて切る。
・バターでこんがり焼き、器に入れる。
・その上に生卵を崩さないように割り入れ、沸騰したブロード・ディ・カルネを直接黄身にかけないで脇に注ぎ入れる。
・パンを加え、おろしたグラナ・パダーノをたっぷりかける。
・サーブする5分前に作る。

地方料理のおすすめ本、イタリア・イン・クチーナ


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イタリア・イン・クチーナ
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中央ヨーロッパと北西ヨーロッパの影響を受けた地中海の地方、フリウリ・ヴェネチア-ジューリア。

今日のトラットリアは、フリウリ・ヴェネチア-ジューリアの店です。 フリウリ・ヴェネチア-ジューリアは、地中海にありながら、中央ヨーロッパと北西ヨーロッパの影響を色濃く受けた、個性的な地方。 アフリカやアラブの影響が強い南イタリアではまったく感じない異国情緒があり、とてもドラマチッ...