2008年12月8日月曜日

ナポリのじゃがいものガットー

今日はナポリ料理の話。
『サーレ&ペペ』の記事の解説です。

今回取り上げるナポリ料理は、じゃがいものガットー gattò di patate 。

これ、ガトー gateau じゃないですから。
あくまでも、ガットーですから。

こんな料理です。
kucinare.it
ricettedicucinamoderna.blogspot.com
gennarino.org


ゆでて潰したじゃがいもに、バター、牛乳、おろしチーズ、卵、生ハムの小角切り、プレッツェーモロなどを加えて濃いピューレにし、間にプローヴォラやモッツァレッラをはさみながら型に詰めて、パン粉を散らして焼いたじゃがいものケーキです。
とても家庭的な一品で、イタリアのあちこちのブログで自慢のガットーが紹介されています。


ガットーって、なんだか微妙になまってるなあと前々から思っていたのですが、『サーレ&ペペ』の記事を読んで、なるほど、そうだったのか!と納得しましたよー。
どうやらこの名前、広めたのはイッポリート・カヴァルカンティのようですね。

イッポリート・カヴァルカンティ Ippolito Cavalcanti 。
この人は、1787年ナポリ生まれの文人、かつ料理研究家で、ブオンビチーノ公という称号の貴族でした。
探してみたら、ブオンビチーノという名前の村がカラプリアにありました。
この村の領主だったのかどうかは知りませんが、ブオンビチーノ家は、ナポリにやってくる前はフィレンツェとカラブリアに領地を持つ一族だったそうです。

イッポリート・カヴァルカンティは、ナポリ料理の本としてはとても権威のある歴史的な本、『クチーナ・テオリコ・プラティコ(理論的、実践的料理)』(1837年初版)の著者として有名で、イタリア料理の歴史の中では重要な人物。

この本は19世紀のナポリ料理をシンプルな言葉で解説した本で、貴族向けのイタリア語の章と、平民向けのナポリ方言の章とで構成されています。
方言で書くというのは当時としては珍しいことでした。
彼は普段から、「貴族の義務」というものを大切に思っていた人だったそうで、貴族の間に広まっているおいしい料理を庶民にも伝えたい、という純粋な使命感からこの本を書いたのかもしれません。

中世からイタリアが統一されるまでの間、ナポリでは主にフランス人とスペイン人の王が交互に誕生しては消えていく状態を繰り返していました。
そして19世紀前半当時、貴族の間で流行していた料理というのがフランス風の料理です。
カヴァルカンティは、普段は標準イタリア語でさえ話さず、ましてやフランス語などほとんど理解しない庶民に、フランス風の料理を分かりやすく紹介しようとしたわけです。
そこで考えだしたのが、フランス語の発音をイタリア語にあてはめたオリジナルのネーミング。


この単語をイタリア語風にすると、どうなると思いますか?

charlotte
gratin
céleri
gateau

カヴァルカンティが考えた言葉は、

チャルロッタ
グラッテ
セッレーリ
ガットー


ずいぶん愛情あふれる経緯で生まれたネーミングだったんですねえ。
そう思って見てみると、「じゃがいものガットー」って、なまってるところが味があっていいかも・・・。
ナポリ料理の店で、“ gattò di patate ”というメニューを、ガトーじゃなくてガットーと読む人がいたら、きっとなかなかの通ですよん。



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関連誌;『サーレ&ペペ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
“じゃがいものガットー”の記事の日本語解説は、「総合解説」'06&'07年10月号、P.5に載っています。


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2008年12月5日金曜日

レ・カランドレ

パドヴァの話、その5。
『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。

今日は、パドヴァから8㎞離れたルバーノという町にあるミシュランの三ツ星レストランの話です。

その店は、レ・カランドレ Le Calandre 。
hpはこちら。
calandre.com
東京にも支店があります。

ちなみに、2009年版ミシュラン・イタリアの3つ星店は、イル・ソッリーゾ、ダル・ペスカトーレ、エノテーカ・ピンキオッリ、ラ・ペルゴラ、そしてこのレ・カランドレの5軒。


Filetto impanato ma non cucinato

分厚い生の牛肉のカルパッチョに揚げたパン粉をまぶしたレ・カランドレの一品。
サルサは卵とビーツの汁がベースでスパイス入り
photo by Renée S.


レ・カランドレのシェフは、マッシミリアーノ・アライモ氏。
彼の話をする時は、その年齢が必ず話題に上ります。
とにかく若い!

今から7年前の2001年、マッシミリアーノ氏が『ア・ターヴォラ』に登場した時には、こんな風に紹介されていました。

・・・・・・

レ・カランドレのシェフ、マッシミリアーノ・アライモ氏、通商マックスは、26歳の若さにしてミシュランで2つ星が与えられているイタリアでただ一人のシェフだ。
しかも一つ目の星がついた時も新記録で、その時はわずか18歳だった。

アライモ家は4代に渡って飲食業を営んできた。
マックスの兄のラッファエーレ(2001年当時33歳)もレ・カランドレでサービスを担当し、店を繁盛させる原動力となった母親のリタ・キメットは、現在はパスティッチェリーアを受け持っている。
さらにマックスの婚約者はスー・シェフの妹で、ソムリエはアライモ兄弟の従妹と結婚することになっている。

リタの父親のヴィットリオはビアホールを経営していた。
そこでカメリエーレとして働いていたのが、リタの夫となったエルミニオ・アライモだ。
ヴィットリオは1960年代にアウロラというホテル・レストランを始めた。
子供たちも店を手伝っていたが、やがて長男のジョヴァンニが独立してリストランテを開き、エルミニオもその店に移る。
67年にはエルミニオがジョヴァンニから店を引き継ぎ、彼は81年まで店の経営を続けた。
この店はミシュランでは星が一つついていた。

リタの兄弟たちは次々と独立し、ヴィットリオが始めたアウロラには、リタの兄が一人だけ残っていた。
ある日、リタとエルミニオはその兄から、一人ではこれ以上続けられないので店を手放したい、と打ち明けられる。
二人は思いとどまるように説得し、リタが料理人としてアウロラで働くことになった。
それが1979年のこと。
2年後、兄はアウロラの経営から手を引き、エルミニオはそれまでやっていた店をやめて、リタと一緒にアウロアを引き継いだ。

この店がやがて、リストランテ・レ・カランドレとなる。
レ・カランドレとは、南イタリアに生息する茶色い羽根のヒバリの一種だが、あまり深い意味はないようだ。
経営コンサルタントから店名候補を5つあげてもらって、その中から一番響きのよいこの名前を選んだ、とリタは言う。

リタの直観的な感性は、息子のアライモにも受け継がれている。
彼のことをモーツァルトのようだと言った人がいるが、頭の中で鳴っている音をそのまま楽譜にしてしまうモーツァルトのように、彼も素材の香りをかいだ時に、出来上がる料理の味をイメージすることができるのだ。

彼はこう語る。
「たとえば牛肉なら、生肉を味見するだけでは足りません。
産地がどこで、どんな香草を食べて育ったかを知る必要があります。
そしてそれと同じ香草を料理に使うんです。
私は何年もずっとこうやってきました。
牛も子牛も、地元ヴェネトで有機飼料で育てられたものを使っています。
卸業者も信頼できる人で、彼の息子は一時ここで働いていたこともありました。
料理の成功は食材の質次第と信じていますが、最高のものに決まりはありません。
日本人のシェフが店に勉強にやってくると、ビックリすることがあります。
私たちなら捨ててしまうコウイカのくちばしやヒラメのひれを、しょうゆとしょうがに漬けて、片栗粉をつけて揚げたりするんです。
勉強になりますよ・・・」

マックスは小学生の頃から料理人になりたいと思っていた。
料理人以外の職業は考えられなかった。
パドヴァのホテル学校に通い、15歳でトレンティーノ地方のレストランに見習いとして入り、18歳の夏には初めてフランスの三ツ星店で修行した。
22歳の時にJeunes Restaurateurs d'Europe(ヨーロッパの若手オーナーシェフの団体)に加入を申請して、24歳からだと断られたというエピソードもある。

レ・カランドレに隣接するパスティッチェリーア、イル・カランドリーノは、リタの王国だ。
店では朝の7時から夜中まで、天然酵母を使った無添加のドルチェを焼いている。
さらに、ブラッセリー、ワインバー、ジェラテリーアを兼ねたバール・リストランテ、イル・カランドリーノもある。
ここで販売しているジェラートもリタの作ったもの。
ランチタイムにはレ・カランドレの軽食を味わうこともできる。
道の反対側には、ア・ヴィットリオという高級食材店がある。
ヴィットリオの店なら、“ダ・ヴィットリオ”だが、祖父のヴィットリオは95年に他界したため、彼にささげるという意味の“ア・ヴィットリオ”にしたのだという。

・・・・・


三ツ星になったのは、この記事の2年後のこと。
記事でも言っていますが、彼の感性と表現力は本当に素晴らしい!
ただ、残念ながら私は彼の料理を食べたことがないので、味のことはなんとも言えませんが。
店のhpを見る限りでは、ア・ヴィットリオはイン・グレディエンティという名前に変わったようですね。


彼はこんな人。





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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
レ・カランドレの話もちらっと出てくる“グルメ紀行~パドヴァ”の日本語解説は、「総合解説」'06&'07年10月号、P.2に載っています。


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2008年12月3日水曜日

ガッリーナ・パドヴァーナとガッリーナ・ポルヴェラーラ

パドヴァの話、その4。
『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。

今日は鶏の話。
記事でも紹介していますが、パドヴァには、ガッリーナ・パドヴァーナ gallina padovana と、ガッリーナ・ポルヴェラーラ gallina polverara という、数の少ない貴重な品種の鶏がいます。

ガッリーナ・パドヴァーナは、なんといってもその姿が超個性的。
一度見たら目が釘付けになります。

全身がもこもこのタイプ
頭がふさふさのタイプ
連獅子タイプ
白黒タイプ
鷹の羽タイプ

ここまでゴージャスな姿だと、食べる気にならないですねえ。
実際、観賞用としても飼育されているようです。
優しくて人懐こい性格なんだそうですよ。
飼う時は、羽根のお手入れなどもこまめに必要。
それでも敢えて食べてしまう人もいるわけで・・・。
肉は脂肪が少なく、かなりデリケートな味なんだとか。
雉やホロホロ鳥に似ているそうです。

昔からイタリアで飼育されている品種ですが、原産地は不明で、14世紀にポーランドからパドヴァに伝わったとか、オランダ産だとか、最初からイタリアにいたとか、諸説あります。
19世紀ごろから数が減り始め、一時は絶滅寸前まで行きました。
現在は厳しい規定の下で飼育されていて、一羽につき最低4㎡の広さが必要。


そしてこちらはガッリーナ・ポルヴェラーラ。

黒いタイプ
白いタイプ

なかなか精悍な姿をしています。
ポルヴェラーラはパドヴァのやや東にある町。
この鶏も原産地については色々説がありますが、ポーランドから伝わったガッリーナ・パドヴァーナの元祖を地元の半野生の鶏と掛け合わせたもの、という説が有力です。

実際、この鶏は野生の血を濃く残していて、飼う時は放し飼い。
木の枝で寝るのだとか。
肉はデリケートな味。


ガッリーナ・パドヴァーナもポルヴェラーラも、代表的な料理は、ガッリーナ・アッラ・カネヴラ。
丸鶏を袋や豚の膀胱に入れて、直接湯に触れないようにしてゆでる一品です。
デリケートな味の鶏にはぴったりの調理方法ですね。

ポルヴェラーラ市のガッリーナ・ポルヴェラーラのサイトで紹介されているリチェッタをどうぞ。
原文と写真はこちら

ガッリーナ・アッラ・カネヴラ/LA GALLINA ALLA CANEVRA

 鶏・・1羽(2.5kg)
 オリーブオイル・・50cc
 にんにく・・1片
 こしょう
 好みのスパイス
 にんじん・・1本
 玉ねぎ・・小1個
 セロリ・・1本
 レモンのくし切り・・1片

・全部の材料を鶏に詰める。
・鶏をオーブン用の袋に入れる。竹の細長い小片も入れ、蒸気穴になるように竹をはみ出せて袋の口を閉じる。
・湯に入れて約4時間ゆでる。
・ホースラディッシュとサルサ・ヴェルデを添える。



ガッリーナ・パドヴァーナもガッリーナ・ポルヴェラーラも数が少ない鶏なので、パドヴァに行ったら要チェックですね。


次はパドヴァ近郊の三ツ星レストランの話です。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
“グルメ紀行~パドヴァ”の日本語解説は、「総合解説」'06&'07年10月号、P.2に載っています。


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2008年12月1日月曜日

パドヴァのカフェ・ペドロッキとスプリッツ

パドヴァの話、その3。
『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。

パドヴァの有名なカフェというと、老舗のペドロッキ。
店のhpはこちら


PADUA (12)
カフェには見えない外観, photo by Mario


I leoni del Caffé Pedrocchi
ライオンまでいます, photo by Fabiana Vernero


Caffè Pedrocchi
店内, photo by Matteo Riondato


PADUA (14)
グランドピアノも, photo by Mario


店は1831年に建てられたもので、ネオクラッシコ(新古典)様式。
こちらのページで見たい場所をクリックすると、店内の写真を見ることができます。

ゴージャスなインテリアと共に有名なのが、カフェ・ペドロッキというコーヒー。
コーヒーの上に冷たいミントクリームを浮かべてココアパウダーを散らしたもの。


Caffé Pedrocchi
カフェ・ペドロッキ, photo by Mike Scoltock


様々な種類がある店の飲み物の写真はこちら


そしてもう一つ有名なのが、ザバイオーネ。
これ、“ザバイオーネ・スタンダール”という名前です。
店の飲み物の写真の中にもありますが、外見はごく普通のザバイオーネ。
これがどうして有名かと言うと、フランスの作家スタンダールが、ペドロッキのザバイオーネを絶賛した、という話が世間に広まっているからなんですねー。

噂にはかなり尾ひれがついて、彼の代表作『パルムの僧院』の中に、ペドロッキのザバイオーネが出てくる、なんて話にまでなっているようです。
実際に『パルムの僧院』を読んでペドロッキのザバイオーネがどんな風に出てくるか探そうとする人のためにアドバイスしておきますが、ペドロッキのザバイオーネの話は確かに出てきますが、本文の中ではありませんよ~。
出てくるのは、小説の前の序文の中ですから。
しかも、別に絶賛はしていません。
「パドヴァでお世話になった人が、ペドロッキのザバイオーネをご馳走してくれた」程度の内容です。

でもまあ、パドヴァのペドロッキに行ったら、カフェ・ペドロッキとザバイオーネ・スタンダールは要チェックですね。


カフェと言えば、パドヴァに限らず、ヴェネト地方には、スプリッツ spritz というポピュラーな食前酒がありますよね。
辛口白ワインやスプマンテ、炭酸水やガス入りミネラルウオーター、アルコール飲料という組み合わせのこの食前酒、バリエーションは地方によって様々。
wikiにはワイン40%、炭酸水30%、アルコール飲料30%が一般的、と書いてあります。
アルコール飲料は、カンパリ、アペロー(アペロール)など。
これにレモンやオレンジの輪切り、オリーブ、氷などを加えます。


アペロー・スプリッツの作り方(スプマンテバージョン)




カンパリ・スプリッツの作り方(白ワインバージョン)





Spritz, the Venetian aperitif
オーソドックスなヴェネチア風スプリッツ, photo by Filippo


Spritz Campari& Aperlo con Oliva
カンパリ入りとアペロー入り, photo by Ona Riisgaard


spritz e crostini
スプリッツとクロスティーニ, Stefania


local delicacies
ムール貝と生ハムとスプリッツ, photo by elina


Lunch at Florian
ヴェネチアのカフェ・フローリアンのスプリッツ, photo by Adriaan Bloem


アペロー・スプリッツのCM




あー、一杯やりたくなってきたなあ。
パドヴァの話、次回に続く~。


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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
“グルメ紀行~パドヴァ”の記事は、「総合解説」'06&'07年10月号、P.2に載っています。


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2008年11月28日金曜日

パドヴァ、クープ・ド・モンド優勝パスティッチエーレの店

パドヴァの話、その2。
『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の記事の解説です。

記事で紹介している店の一つが、1997年のクープ・ド・モンド・ド・ラ・パティスリー(イタリア語ではコッパ・デル・モンド・ディ・パスティッチェリーア)で、イタリアが過去に一度だけ優勝した時のイタリアチームのメンバー、ルイジ・ピアゼットさんの店、パスティッチェリーア・ビアゼット Pasticceria Biasetto 。

ルイジさんはベルギー生まれのイタリア人。


ルイジさんが兄弟と一緒に店を紹介している動画。
ちょっと長いです。




彼は、Accademia dei Maestri Pasticcieriの2006/2007年最優秀パスティッチエーレにも選ばれています。
こちらはそれを伝えているサイト。
一番下にケーキのリチェッタもあります。


この動画では、彼がフォカッチャ・ヴェネチアーナというパスクアのドルチェを作っています。





クープ・ド・モンド優勝時のチームメンバーは、他に、チョコレートのマエストロ、ルーカ(ルカ)・マンノーリ氏(店のhpはこちら。トスカーナのプラートにあります)と、クリスチャン・ベドゥスキ氏(店のhpはこちら。コルティーナ・ダンペッツォにあります)の二人。

優勝したケーキは、トルタ・セッテ・ヴェーリ Torta Sette Veli 。
ムースやクレーマを何層も重ねたゴージャスなチョコレートケーキです。

こんなケーキ
 ↓
www.gennarino.org

このケーキ、現在は、チームメンバー3人が、それぞれの店で販売しているようです。
なんとマンノーリさんのトルタ・セッテ・ヴェーリは、日本でも売ってたんですねえ。

トルタ・セッテ・ヴェーリは、イタリアの様々なパスティッチェリーアで作っていて、リチェッタも人それぞれ。
パレルモのパスティッチェリーア・カッペッロ(店のhpはこちら)のトルタ・セッテ・ヴェーリが一番おいしい、という人もいます。
とにかくイタリア人には人気で、これを誕生日のプレゼントにする人も多いようです。
日本でも、作って売っている店があるようですね。


どこの店のものかは不明ですが、トルタ・セッテ・ヴェーリのリチェッタをどうぞ。
かなりシンプルなバージョンです。
原文はこちら→magenta.iobloggo.com


■チョコレートスポンジ生地;
 卵黄・・270g
 卵白・・330g
 砂糖・・300g
 小麦粉・・150g
 ビターココアパウダー・・150g
 バター・・100g

・卵白と砂糖100gを泡立てる。
・卵黄と残りの砂糖を泡立て、小麦粉、ココアパウダー、溶かしたバターを加える。さらに卵白を加えてさっくり混ぜる。
・丸い型3個に入れ、180℃のオーブンで20分焼く。

■チョコレートのクレーマ;
 生クリーム・・1200g
 ビターチョコレート・・230g
 砂糖・・135g
 牛乳・・135g
 ゼラチン・・10g
・ゼラチンを水でふやかす。
・生クリームを60℃に熱し、牛乳と砂糖を加える。火から下ろしてチョコレートとゼラチンを加える。
・これをミキサーにかけ、冷蔵庫で24時間休ませてからホイップする。

■ヘーゼルナッツのクレーマ;
 生クリーム・・600g
 卵黄・・140g
 ヘーゼルナッツペースト・・125g
 砂糖・・100g
 ゼラチン・・5g
・生クリームを沸騰させる。
・卵黄とヘーゼルナッツペーストをホイップし、生クリームを加えて手早く冷ます。さらにホイップし、ゼラチンを加えて冷蔵庫で休ませる。

■グラッサ;
 生クリーム・・225cc
 エキストラビターチョコレート・・225g
 グルコース・・60g
 塩・・少々
・生クリームとグルコースを沸騰させ、チョコレートを加える。

■この他に、ココア入りのヘーゼルナッツのクレーマとシリアル(コーヘンフレーク、大麦、あられ米)を用意する。

■仕上げ;
・スポンジ生地と同じサイズのセルクルをラップで覆う。
・チョコレートのクレーマ、スポンジ生地、ヘーゼルナッツのクレーマ、スポンジ生地、チョコレートのクレーマの順で詰める。
・スポンジ生地にココア入りヘーゼルナッツのクレーマを塗ってシリアルを散らす。シリアルの面を下にしてセルクルに詰める。
・裏返してセルクルを抜き、グラッサでコーティングする。周囲をチョコレートで飾る。




こちらのサイト(www.cookaround.com)ではこんなリチェッタ。


■ビターチョコレート入りのチョコレートスポンジ生地
■ジャンボコーン入りプラリネ
(ホワイトチョコレート、ミルクチョコレート、バター、プラリネマッセ、ジャンボコーン)
■プラリネ入りヘーゼルナッツのバヴァレーゼ
■チョコレートムース
■グラッサ(水、生クリーム、砂糖、ココア、板ゼラチン)
を作り、
・スポンジ生地、プラリネ、バヴァレーゼの順で重ねて冷凍庫で固める。
・スポンジ生地2枚にに溶かしたビターチョコレートを塗ってバヴァレーゼの上にのせ、さらにパヴァレーゼ、溶かしたチョコレートの順で重ねて冷凍庫で固める。
・表面をムースで覆う。
・さらにグラッサで覆う。
・チョコレートで飾る。



  
パドヴァの話、まだ続きます。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
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2008年11月27日木曜日

今月の配本は今日発送です

クレアパッソで定期購読いただいている皆様、今月は大変遅くなってしまってごめんなさーい!
今日、発送しますです。
で、そっちにかかりきりなので、ブログは今日はお休み。
明日、更新しまーす。

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2008年11月25日火曜日

パドヴァ

今日は『ラ・クチーナ・イタリアーナ』の、クレアパッソでもうすぐ配本の号から、パドヴァの話。

パドヴァはヴェネト州の町。

この町で有名なのは、まず、ガリレオやダンテも教鞭を取ったことがある古い大学。


Università, Padova
パドヴァ大学の一角, photo by Sebastià Giralt


そしてジョットの傑作のフレスコ画で覆われたスクロヴェーニ礼拝堂。

Kiss of Judas * Giotto di Bondone
ジョットのフレスコ画『ユダの接吻』, photo by Carla Hufstedler


かなり地味ですが、世界遺産のパドヴァ大学の植物園。

At the botanical garden
大学付属としては世界最古の植物園, photo by Pierangelo Rosati



パドヴァを紹介する動画がありました。
こんなことを話してます。

パドヴァは運河の町。
中世には、この運河を通じてヴェネチア共和国と行き来し、町が栄えた。
聖アントニオ聖堂も有名。
聖アントニオにお祈りすると、なくしたものが見つかるご利益があると言われている。
パドヴァ大学は、ダンテ、ペトラルカ、コペルニクス、ガリレオが学んだ所。
そして近代医学誕生の地。
6階構造のヨーロッパで最初の解剖教室も残っている。
ガリレオは数学と物理だけでなく、この教室で解剖も教えた。
パドヴァはヴェネチア共和国がバックについていたので、ローマ教会からの支配を受けなかった。
そのため、大学の学者たちも自由な思想を持つことが可能だった。
1545年には、薬草の栽培のために植物園も造られた。






ジョットのフレスコ画とスクロヴェーニ礼拝堂




パドヴァの話、次回はカフェやレストランを取り上げます。



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関連誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2006年10月号(クレアパッソで11/26日配本)
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(CIR)2024年1月号発売しました。

 (CIR)2024年1月号発売しました。 (CIR/クチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)の2024年版1月号、発売しました。 1月号の販売と同時に2024年版の定期購読の申し込みの受付も開始しました。2023年の定期購読をご利用の方、1年間ご利用ありがとうございました。定期購...