イタリア料理ほんやく三昧

2016年8月25日木曜日

ピッツァ・ネラ

イタリアの大きな地震のニュースは、数年おきに伝わってきますが、毎回、瓦礫と化した石の古い建物を見ると、心が痛みます。

今回の地震で被害が大きかった町の一つ、アマトリーチェは、イタリア料理に携わる人なら、イタリアの家庭で一番愛されるパスタソースの発祥の地として、誰もが思い浮かべるはず。
今月の総合解説も、スパゲッティ・アッラ・アマトリチャーナの話題から始めたので、記事で紹介したお勧めレストランは無事か、気になるところです。

さて、今日の話題は、このところ続いたビッツァの話の締めくくり。
黒いピッツァです。




モリーニ・スピガドーロ社はウンブリアの製粉会社。
プロ用や家庭用のカラフルな粉が最近の新製品。
モットーは昔の味の新しい色。



モリーニ・スピガトーロ社のwebページはこちら
ちなみに、パスタのペトリーニ・スピガトーロ社のwebページはこちら

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黒いピッツァのリチェッタを含む“ルーカ・アントヌッチ”の記事の日本語訳は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
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2016年8月22日月曜日

天才ピッツァイオーロたち


『ガンベロ・ロッソ』誌のピッツァイオーリ特集の続きです。

イタリアのピッツァ業界は、絶好調のように見えて、その裏で、若手の人材不足と言う悩みも抱えていたんですね。

今のイタリアのピッツァには、ビッツァの母、ナポリ・ピッツァという一大派閥と、食材と五感を徹底的に追及する天才職人によるアルタ・クチーナという2つの大きな流れがあるそうです。

後者の代表は、フランコ・ペペ、ガブリエレ・ボンチという巨匠たち。

さらに、ガンベロ・ロッソが選んだのは、
でんぷんの加水分解のシステムから水と挽割小麦の生地を発酵させることに成功したベニアミーノ・ビラーリ。




水牛のモッツァレッラのホエイを生地に使ったピエトロ・パリージ。




もう、何の話なんだか、全然ついていけないですねー。

そして、ガンベロ・ロッソ誌の表紙を飾っているのは、ナポリピッツァの伝統と未来を結ぶ若手の旗手、チーロ・サルヴォ。




上の二人の天才たちは、どこまでも遠くに行ってしまっているようですが、ナポリの天才は、もっと身近な人のようで、親しみが持てるなあ。




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“ピッツァ”と“ピッツァィオーロ”の記事の日本語訳は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
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2016年8月18日木曜日

イタリアのピッツァイオーロの現状

今日は2013年にガンベロ・ロッソがピッツェリアのガイド本『ピッツェリエ・ディ・イタリア』を初めて発売したことを受けての『ガンベロ・ロッソ』誌の特集記事から。

ピッツァのガイドブックを出した裏には、どんな思いがあったのかが分かる記事でした。

詳細は「総合解説」をご覧いただくとして、ざっとまとめると、こんな内容です。

Pizzaiolo in azione

「ピッツァはとても人気がある食べ物で、イタリア料理を象徴する食べ物でもある。
古くて庶民的な食べ物で、失業者が増えた不況の時代でも売り上げを伸ばしてきた。

最近の料理人は、マスメディアによってロックスターやアーティストのようなシェフ像に作り上げられている。
いわゆるセレブリティーシェフだ。

最近の調査によると、イタリアではピッツァイオーロは6000人不足しているが、イタリアの若者はかまどの前で働きたがらない。
代わりに働いているのは優秀で熱心なエジプト人だ。

現在、イタリアの飲食業界においてピッツァイオーロには何の権威づけも存在しない。
ホテル学校でも、ピッツァイオーロのための授業はない。
ピッツァはイタリアのシンボルのような料理だというのに。
最近になって、ナポリ・ピッツァイオーリ協会は政府にこの分野の功労者の名簿作りに取り組むように働きかけている。

ピッツァは職人の世界で、歴史と経験によって作られてきた。
ナポリのピッツァという一大派閥は誰もが認めるピッツァの母だ。
そしてもう一つ、優れた職人たちが生み出すピッツァがある。
彼らは小麦粉を選別し、気候と生地の関係を研究し、最適なフィオル・ディ・ラッテを選ぶ目を持ち、基本には忠実でありながら、ピッツァをアルタ・クチーナにまで高めることができる。

トッピングをアルタ・クチーナに高めたのは最近のピッツァの革命だった。
そのパイオニアは、フランコ・ペペとガブリエレ・ボンチという二人の巨匠だ。

前者はナポリ・ピッツァ、後者は切り売りピッツァと、その活躍する舞台は違ったが、小麦畑からテーブルにという姿勢と目覚ましい成果は2つの世界を結びつけた。

ガブリエレ・ボンチ氏はこのブログでも何度か紹介しているので、今回はフランコ・ぺぺさんに注目。
一日中粉や酵母のことを研究して、カゼルタ大学の農学部と共同で地元品種の小麦を再生して、すべて地元産の食材でピッツァを作ったという、いわゆるピッツァオタク。

フランコ・ペペのマルゲリータ
 ↓


長い伝統と偉大な先人たちがいる業界で、革新的なことをするというのは、すごいことですね。

カゼルタのカイアッツォにある彼の店、ペペ・イン・グラニは大変なことに。




世界でナンバーワンのピッツァに選ばれることも。




優秀な職人のピッツァイオーロはまだまだいます。
この話、次回に続きます。


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“ピッツァ”と“ピッツァィオーロ”の記事の日本語訳は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
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2016年8月15日月曜日

シャッカ

先月の「総合解説」のグルメ紀行の1つは、マルサラからシャッカへの旅でした。

カステルヴェラーノのパーネ・ネロ”をこのブログで紹介した時、グラニータとイワシのコラトゥーラが名物の町、シャッカの話をもちらっとしました。

先月号の記事は、マルサラから出発してセリヌンテの神殿を見て、プラネタで昼食を取ってワインを飲んで、カステルヴェトラーノのパンを食べて、シャッカでグラニータを食べる、というかなり完璧なグルメ旅のプランでしたが、今月の「総合解説」には、最後の町、シャッカの有名レストランテのリチェッタを載せています。
そこで、改めてシャッカの紹介です。

シャッカはシチリアの東側にあるアグリジェント県の町。
漁業と観光の町です。
シチリアで一番歴史があるカーニバルと陶器も名物です。



なんてド派手で楽しそうなカーニバル。

シャッカの魚市場。




シャッカの陶器。



乾燥させて一度焼いてから模様を描いてもう一度焼きます。
鮮やかな手書きのデザインが特徴。
こんなデザインの壺に大粒のオリーブ入れたら美味しそう。

肝心のレストランですが、総合解説に載せた店のwebページのアドレスに行ってみてください。
イメージに反する、海の目の前のゴージャスなリストランテで、料理もめちゃくちゃ美味しそうですよ。
ホテルレストランなんですね。

ガンベロ・ロッソのマリネは圧巻だなあ。
リチェッタによると、4人分でエビは800g。
ワインはプラネタ押しのようですね。

下の動画はラ・ヴェッキア・コンツァというシャッカの市場の魚を使った料理を出す店。




シャッカ行きたいなあ。


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シャッカのレストランを紹介した“ペスカート・デル・ジョルノ”の記事は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
グルメガイド、“マルサラからシャッカへの旅”の記事は「総合解説」13/14年6月号に載っています。
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2016年8月12日金曜日

バーカリツアー

今日は新入荷の本、『ラ・クチーナ・ヴェネタ・ディ・マーレ』の話です。


この本は、ニュートンコンプトンという出版社の昔から人気の地方料理シリーズですが、表紙のデザインを一新してモダンになったら、全然別のシリーズのように見えて、みんな気が付いていない、という残念なシリーズなんです。

表紙だけでなく、写真も加わりました。

地方料理をより深く知りたい、という人にはぴったりのシリーズです。

今回入荷したのはヴェネトの魚料理編。

ヴェネトと言えば、まずは、州都ヴェネチア。
世界中の人が憧れる観光地で、ヴェネチア共和国の首都としてアドリア海の女王と呼ばれた水の都。

アドリア海の女王とか、アドリア海の真珠と呼ばれて、ゴンドラが行きかう街で、田舎風の山の幸を食べたいとはあまり思いませんよね。
洗練された、海鮮料理を食べたいなあ。
それに、ヴェネチアにはグラスワイン、オンブラを飲みながらチケーティというつまみを食べるというスタイルのオステリーア、バーカロをはしごする、という、酒飲みで健啖家で、人見知りしない社交的な人にはたまらないシステムがあります。




代表的なチッケッティ、バッカラ・マンテカート。




私のヴェネチア料理のイメージなんて、せいぜいその程度でしたが、この本の料理は、私のそんな期待を裏切らなかったですよ。

まず、前菜は、Antipasti(cichéti)という表記。
ホタテ貝だけで9品あります。
さらに、ホタテ貝のヴェネチア風や、ビーゴリのヴェネチア風など、~のヴェネチア風と言う料理もたくさん収められています。

個人的は、バーカリツアーは大好きなんですが、地元の人で満員の店内で、ワインと料理を注文してカウンターに陣取るというのが、精神的に大変なんですねー。
お客が少ないレストランでのんびりシャコのマリネでも食べてるほうが落ち着けます。

でも、客引きが溢れるヴェネチアのレストランで、空いているからという理由で飛び込んだら、ろくな結果にならないのは目に見えています。
なので、事前の情報収集は必須です。
「総合解説」でも、お勧めバーカロの情報は、あったらなるべく翻訳するようにしています。
最近では、13/14年3月号に載せています。


おまけの動画。
バーカリツアーのショートフィルム。




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2016年8月8日月曜日

カッチュッコ・リヴォルネーゼ

今日はトスカーナを代表する魚のスープ、カッチュッコの話。
『ア・ターヴォラ』誌の記事です。

Charleston Muse Cacciucco 4955

詳しくは、日本語に訳した「総合解説」をご覧いただきたいのですが、イタリア人にとっても、カッチュッコcacciuccoというのは、少々発音しにくい名前なんですね。
よく言われていることですが、Cが5つもあるからです。

5つもあると、1個ぐらい省略してもいいかも、と思いがちで、『サーレ・エ・ペペ』誌によると、実際、トスカーナではcaciuccoカチュッコと呼ぶそうです。
ところが、リヴォルノでは、そう行きません。
Cはきっちり5個です。

それにしても、この料理の語源がトルコ語で小さいという意味のküçük/クチュクだというのは、興味深いですね。

なんで小さいかというと、この料理に使う魚が、売れ残りの小魚の雑魚ばかりだということをからかって、こう呼んだのです。
なぜトルコ語かというと、この料理が誕生した16世紀初めのリヴォルノは、メディチ家の元で栄える活気ある港で、地中海各地から漁船が集まってきていて、なかでも トルコの漁船は数が多かったそうです。

さらに、最初は船の上で作られていた漁師料理が、漁師のおかみさんたちの手によって家庭料理になった後も、漁師ならではの豪快さは失われなかった、という説も、目の付け所が面白いですね。
確かに、魚を赤ワインとトマトで煮る、という発想は、海の男らしい。

さらに、リヴォルノ風カッチュッコは、リヴォルノ人気質とそっくりだそうで、まじめで率直で頑固なんだそうですよ。




リヴォルノ人て、昭和のお父さんみたいなのかなあ。


2000年のリヴォルノの港はこんなに素敵になってます。





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“カッチュッコ”の記事の日本語訳は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
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カッチュッコ・リヴェルネーゼ

今日はトスカーナを代表する魚のスープ、カッチュッコの話。
『ア・ターヴォラ』誌の記事です。

Charleston Muse Cacciucco 4955

詳しくは、日本語に訳した「総合解説」をご覧いただきたいのですが、イタリア人にとっても、カッ
チュッコcacciuccoというのは、少々発音しにくい名前なんですね。
よく言われていることですが、Cが5つもあるからです。

5つもあると、1個ぐらい省略してもいいかも、と思いがちで、『サーレ・エ・ペペ』誌によると、実際、トスカーナではcaciuccoカチュッコと呼ぶそうです。
ところが、リヴォルノでは、そう行きません。
Cはきっちり5個です。

それにしても、この料理の語源がトルコ語で小さいという意味のküçük/クチュクだというのは、興味深いですね。

なんで小さいかというと、この料理に使う魚が、売れ残りの小魚の雑魚ばかりだということをからかって、こう呼んだのです。
なぜトルコ語かというと、この料理が誕生した16世紀初めのリヴォルノは、メディチ家の元で栄える活気ある港で、地中海各地から漁船が集まってきていて、なかでも トルコの漁船は数が多かったそうです。

さらに、最初は船の上で作られていた漁師料理が、漁師のおかみさんたちの手によって家庭料理になった後も、漁師ならではの豪快さは失われなかった、という説も、目の付け所が面白いですね。
確かに、魚を赤ワインとトマトで煮る、という発想は、海の男らしい。

さらに、リヴォルノ風カッチュッコは、リヴォルノ人気質とそっくりだそうで、まじめで率直で頑固なんだそうですよ。




リヴォルノ人て、昭和のお父さんみたいなのかなあ。


2000年のリヴォルノの港はこんなに素敵になってます。





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“カッチュッコ”の記事の日本語訳は、「総合解説」13/14年7月号に載っています。
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