今日も、コトレッタ・アッラ・ミラネーゼにまつわる話。
『ア・ターヴォラ』の記事の解説です。
コトレッタ・アッラ・ミラネーゼの話をする時によく引き合いに出されるのが、ウィンナーシュニッツェル。
ウィンナーシュニッツェル, photo by Januschka
そしてウィンナーシュニッツェルの話が出ると必ず登場するのが、ラデツキー将軍。
たいていは、「オーストリアのラデツキー将軍がミラノでコトレッタを食べて気に入り、ウイーンに伝えた」という話。
実際、この2つの料理にどんな関係があるのか、イタリア人もオーストリア人も、本当のことは知らないわけですが・・・。
で、このラデツキー将軍て、誰?
日本語のwikiにはこう書いてあります。
↓
ja.wikipedia.org
あれ、ウインナーシュニッツェルは「ナポリから持ち帰ったカツレツ」ということになってますねー。
まあそれはともかく、この人物、オーストリア軍の将軍で、音楽の世界では、ヨハン・シュトラウスの『ラデツキー行進曲』でよく知られる人。
日本でも毎年TV中継されているウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで、アンコールに演奏される、あの曲ですねー。
2008年のニューイヤーコンサートでのラデツキー行進曲
この曲、1848年に、ラデツキー将軍を讃えて作られたわけなんですが、なんで讃えたのかと言うと、実は、当時オーストリアが支配していた北イタリアで起こった独立運動を、この将軍が抑え込んだからなんですねー。
1815年のウィーン会議によって、ロンバルディアと旧ヴェネチア共和国の領土は、ロンバルド=ヴェネト王国となり、オーストリア皇帝が王座について、オーストリアの属国となりました。
1831年に、このロンバルド=ヴェネト王国の司令官に任命されたのが、ラデツキー。
1848年には、ロンバルド=ヴェネト王国の副王になっています。
きっと、独立運動鎮圧の働きが評価されたんでしょうねえ。
オーストリアから見れば、歴史に残る名曲が生まれてしまうほどの英雄でも、当時のイタリアからすれば、あくまでも自由を奪う占領軍。
オーストリアの支配からの独立を求める戦いは、かなり激しいものでした。
特に1848年は、ヨーロッパ各地で蜂起が起こってウィーン体制が崩壊へと向かった「1848年革命」の年。
ミラノでも、3月にはオーストリアからの独立が宣言されました。
それを受けてラデツキーの軍はミラノに攻め込むのですが、最初は破れてしまいます。
その勝利に活気づくイタリア軍、そしてヨーロッパ各地で起こる反乱の嵐。
ああオーストリアは、もはやこれまでか~。
と思っていた時、ラデツキーが部隊を補強して再登場し、8月にはミラノを再び取り返してしまいます。
さすがにこりゃあ、母国では英雄となるわけですねー。
ミラノの支配者として君臨していれば、コトレッタ・アッラ・ミラネーゼを食べる機会は、きっとたくさんあったはず。
そしてかなり気にいったようで、そのレシピを事細かに手紙に書き記した・・・。
というのが、よく知られている話。
その手紙、今はどこにあるのかなあ。
結局、ラデツキーは引退後もミラノに留まりました。
そして1858年に、ミラノで亡くなりました。
91歳でした。
翌年の1859年、サルデーニャ王国の首相カブール(後のイタリアの初代首相)が、フランス軍と同盟を結んでオーストリアと戦い、オーストリアはミラノを失います。
そしてその2年後の1861年、統一国家としてのイタリア王国の誕生が宣言されます。
もうすぐ年末、そして新年。
2009年のニューイヤーコンサートでも、きっとラデツキー行進曲が演奏されるんでしょうねえ。
陽気な曲、なんて思って聞いてたけど、当時のミラノの人は、いったいどんな思いでこの曲を聞いたのか・・・。
あー、今度コトレッタ・アッラ・ミラネーゼかウィンナーシュニッツェルを見たら、ラデツキー将軍のことを思い出してしまうかも~。
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関連誌;『ア・ターヴォラ』2006年10月号(クレアパッソで販売中)
“コトレッタ・アッラ・ミラネーゼ”の記事の解説は、「総合解説」'06&'07年10月号、P.12に載っています。
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