2019年8月7日水曜日

ナポリ料理が地方料理からイタリアを代表する料理になったのはある意味フランス料理に似ていたから

新着本のご案内です。

ルチアーノ・ピーニャターロ著『リチェッテ・ディ・ナポリ』です。


ルチアーノ・ピーニャターロさんはナポリの“イル・マッティーノ”という新聞の記者。
ヴェロネッリ賞を受賞したこともある有能なジャーナリストで、ナポリ、及び南伊の食とワインに造詣が深く、レストランやワインの格付け本の編集にも携わっています。
現代のナポリ料理を語るには、ぴったりの人。

“Napoli e cibo”と題されたこの本の前書きは、ジャーナリストらしい、こんな話で始まります。
「地方料理の集合体のイタリア料理は、ナポリ無しでは存在しない。
ナポリの食は、トスカーナの言葉、ピエモンテの政治統一、ミラノの経済のようなものだ」
その後の文章には、かつてはパリに次いで世界最大の都市だったナポリ、という言葉が度々登場します。
「大都市のナポリにはバリエーション豊かな食文化が花開き、貧しい庶民のために食べてすぐお腹が一杯になるパスタや、モンズーが作るフランスからの豪華でバロックな料理が生まれた。
ナポリのモンズー料理は、肉の代わりにマカロニと野菜を駆使した。
味の専門家の職人が作る肉体労働者のためのストリートフードも広まった。
家庭料理が家庭から外に出るとガストロノミー(美食学)が生まれる。
美食学は特定の分野に秀でた料理人のグループを生み出し、リチェッタを集める評論家を生んだ。
田舎で親から子へと口伝で伝えられていたリチェッタを、集めて文書にする必要が生まれたのだ。
ナポリ料理は、フランス料理と同じく、優秀な料理なのだった」

地方が発展して労働者階級が生まれると、地方の家庭料理が大都市の料理になります。
家庭の母親から専門知識を持った料理人へと食文化の担い手が変わり、ガストロノミーが誕生します。
なるほどです。
しかも、貴族料理が存在したナポリ。
両シチリア王国の支配者、ブルボン家の貴族料理を担ったのが、その料理人たち、モンズーです。
ナポリ料理とフランス料理の類似性を、これほどズバリと指摘されると、今までなんでそう考えなかったのか、逆に不思議になりますねー。
余談ですが、ブルボン朝が成立した時の財力は、カテリーナ・デ・メディチがイタリアから持ってきたメディチ家の財産に支えられていたそうです。
因果はめぐりますねー。

前書きはまだ続くのですが、面白いですよー。
ほとんどのリチェッタは、提供元のレストランのシェフの名前つき。
リチェッタはとてもシンプルで読みやすいです。
約650品収録と、とても分厚い本ですが、写真は一切ありません。

ナポリ料理の本をチェックする時はトマトソースのパスタのリチェッタを見るのですが、
ナポリといえばピエンノロのトマトのスパゲッティ。
この本で紹介しているのはピエンノロ2010の受賞者のリチェッタだそうです。
さらに、昔と今の2種類のリチェッタをのせています。
どこが違うかというと、パスタのゆで方。
昔のやり方でゆでている人の中には現代風のやり方には異論もあるだろう、と書いてありますねー。
これも参考になりました。
ガラ系からスマホに切り替えられない昭和世代、て感じでしょうか。
パスタのゆで方も、昭和世代はそろそろついていけなくなるかも。
現代の"passive"(受動的)なゆで方。

さらに詳細に

専門知識を追求する職人の集団が美食学を担い、親から子へと口伝で受け継がれた家庭料理でないイタリア料理が生まれるのでした。




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