イタリア料理ほんやく三昧: ジェラート物語

2010年10月7日木曜日

ジェラート物語

ジェラートの話の続きです。
『ヴィエ・デル・グスト』の記事の解説です。


古代ローマの、雪に蜂蜜や果汁を加えた原始的なソルベットは、中世には、液体を氷と硝酸カリウムで冷やして凍らせるソルベットへと進化しました。
なんでも、氷と硝酸カリウムを混ぜると、-25度まで冷えるのだそうです。

さらに、液体の入った容器を氷にあてながら回転させることによって、肌理の細かい氷の粒ができるようになりました。

そしてルネッサンスの頃、クリームを凍らせて作るジェラートの原形が登場します。
その考案者として名前がよく引き合いに出されるのが、ベルナルド・ブオンタレンティです。

彼は、16世紀にフィレンツェの宮廷で活躍した画家、作家、建築家で、典型的なルネサンスの才人でした。
リヴォルノの都市計画も手掛けています。

そんな天才が、なぜか料理の世界では、ジェラートの考案者として知られています。
おそらく、言い伝えが言い伝えを生んで、一種の都市伝説になってしまったのでしょうねえ。

彼はメディチ家のために様々な仕事をしましたが、その中には、スペインからやってきた客人の一団をもてなすための、余興の演出というものまでありました。
ブオンタレンティは、庭園やアルノ川で芝居を催し、花火を上げ、ベルガモットと柑橘果汁入りのクリームを、自らが発明した設備で凍らせてふるまったのだそうです。
当時の記録が残っているのは、凍らせる設備の方なのですが、なぜかジェラートの方が伝説に・・・。

ちなみに、その設備は、フィレンツェの街の壁の内側に、冬の間に降った雪を保存するという画期的なもので、現在でも、Via delle ghiacciaieという名前の通りとして残っています。


もう一人、ジェラートの歴史の話に必ず登場するのが、フランチェスコ・プロコピオ・デ・コルテッリという人物。
1651年にシチリアに生まれた彼は、パリで最古のカフェ、「ル・プロコープ」の創業者で、「ジェラートの父」と呼ばれる人です。

彼は、現在のジェラートとジェラテリーアの直接のルーツとなるものを考案したと言われています。
1686年にル・プロコープがオープンすると、ジェラートは一躍大人気になりました。
ルイ14世にもお墨付きをもらったことでさらに有名になり、ヨーロッパ中にジェラートの評判が広まります。


それ以降、ヨーロッパ、アメリカ、そして日本へと、ジェラートとジェラテリーアは拡大していったのでした。


下の動画は、「ジェラート物語1」。
ジェラートにまつわるドキュメンタリーです。

イタリアで最も古いジェラテリーア、ブルストロン(ヴィチェンツァ)の5代目(!)は、
「1960年代まで、40歳以上の大人はジェラートなんて買わなかった」
と言っています。
フィレンツェで一番有名なジェラテリーア、ヴィヴォリでは、祖父と父親から技を受け継いだシルヴァーナさんが、祖父のリチェッタのスペチャリタ、マルサラのザバイオーネのジェラートを作っています。
ヴェネトの山の中にあるゾルドという村は、ジェラート売りの故郷と言われています。
毎年2月になると、大勢の人がジェラートの行商に出て行きました。
外国に行く人もいたそうです。
そして帰って来るのは10月でした。
移民となって、牧畜の盛んな国でジェラテリーアを始める人もいました。
イギリス人映画監督、故アンソニー・ミンゲラ(代表作は『イングリッシュ・ペイシェント』)は、イタリア人とスコットランド人のハーフで、父親はジェラテリーアを営んでいました。








『ジェラート物語』はまだ先があります。
それは次回に。



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関連誌;『ヴィエ・デル・グスト』2008年8月号
「ジェラート」の記事の解説は、「総合解説」'07&'08年8月号に載っています。

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