2023年4月28日金曜日

ホロホロ鳥のポレンタ添えは、実はベネトの食文化が隠された料理だった。

今日の料理は“ホロホロ鳥のイン・テーチャ、ポレンタ添え”です。
リチェッタはP.12。
ホロホロ鳥のセコンド・ピアット。
本には、ベネトのおばあちゃんの故郷の料理というヒントがありました。
teciaというのはおそらくtegameのこと。
フライパンやスキレットで調理する、ということでしょう。

じゃがいものイン・テーチャ、別名じゃがいものトリエステ風。

ジャーマンポテトみたいですが、フライパンで完結する料理。
次はホロホロ鳥。
イタリア語ではファラオーナfaraonaです。
ファラオなんて、仰々しい名前がついてますが、別名もあります。
gallina faraonaガッリ―ナ・ファラオーナです。ファラオの鶏てこと。
日本の農家でホロホロ鳥を飼ってるところは想像できませんが、ヨーロッパでは、古代ギリシャ人や古代ローマ人によって伝えられ、家畜化された鶏の最初の品種で、ヨーロッパには、ポルトガル人がギニア湾から持ち帰ったとされる、やたらインターナショナルな鳥で、最近になって需要が増えて、大量生産されるようになってきたらしいです。

ポー河添いの農家で生まれ育ったシェフの美しいイラストが楽しい本、ブルーノ・バルビエリ/ビア・エミリア

によると、当時の農家の納屋には、うさぎ、鶏、七面鳥、ホロホロ鳥、ガチョウ、鴨、雌鶏などが飼われていたそうですが、王様は雄鶏でした。

朝は鶏舎から家畜が出ていくことから始まる。山羊もいますねー。

ベネトはガッリ―ナ・パドバ―ナのような特殊な鶏でも有名。ホロホロ鳥もベネトには名物料理があります。

ガッリ―ナ・パドバ―ナ。

でも、鶏は餌を探してちゃんとした柵のない鶏舎中をつつきまわるので、2羽ぐらいしか飼えなかったそうです。でも、この地方の農家の子供たちは家畜と育ちました。この本を書いたシェフは、家畜の世話はおばあちゃんが中心で、孫の彼はその手伝いをしていたとあります。
こちらの農家では、雉や去勢鶏も飼ってます。


家禽の定番は、鶏、うさぎ、ガチョウ、ホロホロ鳥、アヒル、七面鳥あたり。
ホロホロ鳥の料理は、家禽肉のリチェッタを調べるとわかってきます。
さらにベネト料理にはベネチアの貴族料理の系統も流れているので、ジビエなど野鳥の料理もあります。野鳥は貴族料理ですが、庶民はこっそり猟をしていました。
野鳥の中でも人気だったのがウズラです。小型なので肉を寝かせる必要がなく、臭みも少ない野鳥でした。ちなみにホロホロ鳥は低温の場所で2日間は熟成が必要だそうです。
とイタリア料理の百科事典『グランデ・エンチクロペディア

にはありました。ホロホロ鳥の下ごしらえは鶏と同じ。味は雉に似ているそうです。若いものほど料理には適しているので、育ち具合を見極める目が必要。
ベネトはホロホロ鳥の料理が多く、中にはベネトの地方料理として定着しているものもある。
今回の料理(ホロホロ鳥のイン・テーチャ)の付け合わせはポレンタですが、ベネトには独自のポレンタ文化もあります。
なので、この1品からベネト料理の色々な面が見えてくる面白い料理なのでした。

次回はリチェッタです。

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イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)
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2023年4月27日木曜日

ミラノに嫁いだおばあちゃんがベネト訛りと一緒に故郷から持ってきた料理とか、美味しい匂いがするとノンナが来たと分かるケーキとか、涙・・・。

今月のCIRのリチェッタのテーマは、“おばあちゃんの料理”でした。
ショートパスタの盛衰を見るうちに、思いがけず、おばあちゃんの料理の現代の食生活の中で果たす役割も実感しました。
家庭で料理に時間をついやす、というかつては主婦が担っていた役割が、完全におばあちゃんの仕事にになり、家庭のぬくもりがおばあちゃんの料理を通して孫たちに伝わっていたのでした。
道端でノンナがオレッキエッテを作る様子はプーリアの観光名物。

今回の記事では、孫がおばあちゃんの料理の思い出も語っています。特に印象に残ったのは、
『ビチェンツァからミラノに嫁いだ祖母がベネトなまりと一緒に故郷から持ってきたものの一つがこの料理だった』というホロホロ鳥のイン・テーチャ(P.12)。
そして『祖母は40歳でアルゼンチンに渡った。孫の家に来ると明け方までイタリアや料理のことを話してくれ、朝の3時に朝食を作ってくれた』というエピソードのきのことチーズのストルーデル(P.10)。
祖母と孫の愛情いっぱいの関係が伝わってきます。
オシャレな食材は使わないし分量も大雑把だけど、ノンナの料理は機械じゃできない、人間にしかできない料理。
プリーモの3品め、“ミネストローネ・グラティナ―ト”(P.6)はおばあちゃん考案の孫たちに好評の料理。
ミネストローネやズッパはおばあちゃんの料理の定番。
この料理はそんなド定番のミネストローネに大胆なアレンジ、というか孫が好きそうなアレンジを加えた1品。
そのアレンジは、グラティナーレ。ミネストローネにベシャメルをかけて焼く、という、おばあちゃんが自分のためには絶対にしないアレンジ。
ノンナの料理のお薦め本は、
ノンナが一人で切り盛りしている田舎のオステリアのような料理が100点収録された本。

マンマ・ミーア

は、おばあちゃんというよりは、姑さんが嫁に料理を教えてくれる感が満載のあったかくて楽しい本。“ズッパ”の章の料理には金言のような小さなアドバイス付き。

ミネストローネと言えばノンナの料理。

野菜はおばあちゃんが孫にたっぷり食べさせたい食材。野菜の下ごしらえはちょっと面倒だけど、孫と一緒に昔話をしながら作るのはおばあちゃんも楽しいよね。


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2023年4月26日水曜日

ショートパスタの世界では、機械にしかできないパスタと人間にしかできないパスタが生き残りをかけてぶつかり合ってた。

さて、ショートパスタです。
工場で大量生産しにくいパスタ。
逆に器用な指先と編み棒が1本あれば、どんな形でも思いのまま。
一方ショートパスタはダイスを通して生地を押し出すトラフィラトゥーラtrafiraturaで造られるロングパスタを、回転するカッターで短く切って作ります。それまではロングパスタを折る製法だったショートパスタが、この技術によって変わりました。
トゥベッティtubetti、ディタリーニditalini、グラミーニャgramigna、ペンネpenneあたりが代表的。

ショートパスタの製造過程。

ファルファッレ。長方形に切った平らな生地の中央をつまむ。平らな生地を作るまでは職人の伝統の技。

ルマーケ。このあたりからわからなくなってくる。


コンキリオーニ。大きな貝という意味。機械と職人の技を組み合わせて作るショートパスタ。オレッキエッテの仲間。


現代になると、ソースをからめる、という目的のためにオリジナルの新しい形のショートパスタが生まれました。

ラディアトーリradiatori、ラジエーター。こうなると、人間の手の入る余地ないです。もちろん伝統もない。

クレステ・ディ・ガッロ、とさかという意味。これは機械では絶対にできないパスタ。キャラパスタできそう。


形にこだわったパスタはソースの具材との組み合わせが難しい。でも、今月のCIRのシナトラのファルファッレ(リチェッタはP.6)のようなクリーム系パスタは、具材の形を選ばない。

これは空飛ぶ円盤。

これはベスビオだって。もちろんカンパーニアのあの火山。


造り手は、上質パスタのメーカー、レ・ジェンメ・デル・ベスビオ。伝統的なグラニャーノの製法でパスタを作っている若くてとんがった会社。
彼らの財産は新しい形のパスタを生み出すブロンズのダイス。

伝統への敬意と若い発想が今後のイタリアのパスタのキーワードかも。



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2023年4月25日火曜日

量産型の時代の次にアルティジャナーレの時代が来る。さらにパスティフィーチョ・リストランテは現代のイタリア地方料理のショートパスタが生き延びた場所。

(CIR)の今月のリチェッタから、シナトラのファルファッレというパスタの話の続きです。
ファルファッレは、形に特化したショートパスタなので、調べれば調べるほどこのリチェッタは貴重ということが分かってきました。
このリチェッタは、生クリームとパルミジャーノのソースに、サフランで黄色を強調した、なかなか優れものです。
ファルファッレの麺をサフランで黄色くするのは手打ちパスタの基本のテクニック。
ちなみに、パスタの色は、ダイスがブロンズかテフロンか、乾燥時間が長いか短いかで濃い黄色か白と、はっきり違いが出ます。

白いパスタは量産型の証です。
パスタの大量生産は、価格を下げるために、小麦の風味や栄養価を犠牲にしてきました。
不景気な時代にはそれが必要だったのですが、やがて作り手は、こだわりのパスタを求める少数の消費者のためのパスタを作るようになります。
少量でも最高品質のものが求められる時代になりました。価格が高くなることは避けられませんでしたが、小さな市場のためのアルティジャナーレなパスタは、世界の市場を相手にするようになり、生き残っていきました。

さらに新しい時代は、主婦が家庭で料理をする時間が減りました。
おばあちゃんが家庭でパスタを手打ちしていた時代が変わったのです。
その影響を被ったのは、オレッキエッテ、カバテッリ、ブジアーテなどの編み棒パスタを始めとする無数の地方料理のパスタです。
こうしたパスタは職人がパスタを手打ちする手打ちパスタ専門店を生み出しました。

パスタは大量生産の乾麺と職人が手打ちするアルティジャナーレに分かれるようになります。
手打ちパスタ店では、パスタの詰め物や惣菜も売るようになりました。
地方料理を教えてくれるおばあちゃんがいない日本では、地方料理のショートパスタは、ほぼ消滅しました。現代の日本でその役割を担っているのは、イタリア料理のシェフたちです。

ラベンナのパスティフィーチョ・リストランテ・プロディーノ。

ファルファッレは代表的なショートパスタ。普段はあまり注目することもなかったパスタですが、このパスタから様々なことが見えてきました。

サンレモのリストランテ&パスティフィーチョ・トラフィラ・パスタラボ。

パスタは、乾麺と生麺にはっきり分かれます。歴史も製造過程も作り手も違います。

乾麺のパスタのスタートはダイスを通すトラフィラトゥーラtrafilatura。

生麺の基本はパスタ・リッシャpasta liscia。


ショートパスタの観点からパスタを見ることあまりなかったなあ。
次回に続きます。


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2023年4月24日月曜日

昔のショートパスタはロングパスタを折って作った。パスタの製造技術が進むと、様々な形のパスタができるようになり、主婦ではなく、天才工業デザイナーが新しい形のパスタを作るようになった。

今日はCIR3月号の今月のリチェッタ、ノンナの料理から、ブリーモの2品めです。
フランクシナトラ風ファルファッレ(リチェッタはP.6)。
ヒントは、客をもてなすのが好きだった姑が、シナトラの映画を観た後に造ったパスタ、ということだけ。
実は、ご近所に韓流俳優にはまっているおばあちゃまの知り合いがいて、この状況がすごくよくわかります。
でも、フランク・シナトラって、1915年生まれの第二次大戦前の人だから、さすがに今どきの人は知らないだろうなあ。
下のPVは1960年代のポップアルバムチャート1位になったアルバムから。

俳優としては映画『地上より永遠に』で1553年のアカデミー助演男優賞もとっていて、まさに20世紀のアメリカを代表するエンターテイナー。
かなりのプレイボーイとして知られ、マフィアやケネディ家との関係など、アメリカが輝いていた時代の伝説的エンターテイナー。
彼は父親がイタリア系アメリカ人、でも、彼がファルファッレのレシピを残したなんて話は、どこにもないので、たぶん、シナトラファンのおばあちゃんのまったくのオリジナル。
そもそも、ショートパスタのファルファッレは、地方料理の分野で登場することがまったくない、サラダや冷製パスタ向きのパスタ。
それを今月のリチェッタでは生クリーム、パルミジャーノ、サフランのソースでちゃちゃっと1品にしている。
ビーツ入りの赤いファルファッレ。
グラニャーノのメーカーの中には、ファルファッラを大きくしたファルファローネを造り出したメーカーも。


ファルファッレのリチェッタを調べる時は、ショートパスタのことを知らないと。
そもそももっとも初期のショートパスタはロングパスタを折ったもの。さらにはショートパスタ用ダイスが造られるようになり、様々な形のショートパスタが工場で造られるようになりました。
ファルファッレのルーツは、北イタリアの伝統の麺棒でのばすパスタ。
なので造り手次第で様々なバリエーションが生まれました。

今、かなり悩んでも大量生産する方法が全然分からないのが、パスタ・アットルチリアータpasta attorcigliataと呼ばれるねじるパスタ。結局手で作るのかな・・・。


次回はショートパスタの話。


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2023年4月22日土曜日

今日の料理はほうれん草の料理。フィレンツェからフランスに伝わって国際的な料理になった、ということは、例のあの人がからんでますね。。

今月のCIRのリチェッタ、プリーモの1品目は“チーメ・ディ・ラパのニューディ”です(リチェッタはP.5)。
今日のお題は、ニューディgnudiです。あ、この言葉は人前で検索しないように電車の中とか、要注意。念の為。
この料理はトスカーナ料理です。そこでおなじみのトスカーナ料理の傑作本、『トスカーナ・ディ・ルフィーノ

を見てみると、こんなことが書いてありました。
ニューディgnudiはヌードnudiという意味の方言。つまり何も着ていない、ということ。ゆでたほうれん草・リコッタ・卵がベースのフィレンツェの料理。

ニューディ。


つまりパスタで包まれていないラビオリで、主に夏に作られる。材料はゆでたほうれん草、卵黄、ナツメグ、パルミジャーノ、こしょう。これらを小麦粉をまぶしながら丸めてさっとゆで、セージバターとおろしたチーズをかけてサーブする。
これまでチコーリアとかプンタレッレとか、日本には馴染みがないけどイタリアのグランシェフたちは大好きな野菜の話が続いてましたが、ようやくおなじみの野菜が主役の料理です。
カルロ・クラッコシェフの地方料理の本、『カルロ・クラッコの地方料理

には、トスカーナ料理の章に、ほうれん草のフィレンツェ風が載っています。
そしてこんな解説が書いてありました。
“ほうれん草のフィレンツェ風Gli spinaci alla fiorentina”は外国でも知られているインターナショナル料理で、カテリーナ・デ・メディチのおかげで広まりまった。

彼女はフィレンツェの伝統料理をフランスの宮廷でメジャーにする、という強い考えを持って、フランス王との結婚の際に、フィレンツェの料理人たちを同行させた。
これは裏を返せば、フィレンツェの洗練された料理に慣れたカテリーナが、フランスの宮廷料理が口に合うか、不安だったということ。
イタリア人にありがちな故郷の料理への絶対的な信頼とそれ以外の料理への不信感を彼女も抱いていたのでしょう。言い換えれば、典型的なイタリアのお姫様だったわけで・・・。
結婚したのは14歳の時だって。
イタリアが受けた外国からの侵略や食文化への強大な影響はよく聞くけど、イタリアがフランス、さらには世界の宮廷料理に影響を与えた、という事実は、イタリア人にとってはさぞ痛快だったのでしょう。イタリア料理史上の彼女の名声は、伝説級になりました。

カテリーナ・デ・メディチとフランス料理。

ほうれん草のフィレンツェ風は、ほうれん草をチーズと炒めてベシャメルをかけ、牛肉などに添えた料理。ベシャメルはフランスの宮廷で考えだされたものですが、カテリーナはその百年も前にフランスの宮廷に同様のものを伝えていたそうです。つまりフランスの宮廷料理のルーツにカテリーナは大きな影響を与えた、と研究者は堂々と、胸を張って語っています。

ほうれん草のフィレンツェ風。

クラッコの地方料理から、“ほうれん草のフィレンツェ風spinaci alla fiorentina”のリチェッタを訳してみます。

材料/4人分
ほうれん草・・400g
ペコリーノ・フレスコ(ピエンツァタイプ)・・40g

バター・・60g
にんにく・・1かけ
牛乳・・大さじ2〜3
コロンナータのラルド・・4枚
ビネガー、ナツメグ、塩

・小鍋に牛乳とおろしたペコリーノを入れ、湯煎にかけて溶かし、ベシャメルや軽いフォンドゥータ状にする。
・ほうれん草の葉をバター35gと皮付きにんにくでしんなり炒めてすぐに火から下ろし、ナツメグを加える。
・ほうれん草の茎を6〜7cmに切って塩ゆでし、氷で色止めして冷まして水気を切る。
・フライパンでバター25gで炒め、塩をして火から下ろす。
・4つに束ねてラルドで巻く。
・皿に炒めたほうれん草を敷き、軽く熱したペコリーノのフォンドゥータで覆う。ラルドで巻いたほうれん草と卵のポシェを添えてフォンドゥータ少々をかけてサーブする。

ほうれん草は夏より冬に葉が厚く、おいしくなる野菜。ほうれん草の茎の使い方は日本人のシェフから教わったと語っています。束ねた茎をフライパンで炒めて生魚で巻いたり、スライスしたローストビーフに添えてもよい。何も捨てないこと。

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2023年4月21日金曜日

プーリア料理は食材にあまり手は加えず、自然な味と香りを引き出す。大地との結びつきが強い料理だ。そのエッセンスはオリーブオイル。

バーニャ・カウダの話からずいぶんそれてしまいましたが、そもそも今月のリチェッタは、ノンナの料理の話でした。
プリーモ・ピアット1品目は、チーメ・ディ・ラパのニューディです。
リチェッタのエピソードによると、おばあちゃんから教わった数少ない料理の一つなのだそうです。
私は田舎が遠くて、おばあちゃんとは滅多に合ったことなかったし、ましてや料理を教わる機会なんてなかったけど、おばあちゃんから教わったこの料理の、味と香りが忘れられないなんて、いいなあ。

チーメ・ディ・ラパの料理ということは、プーリアのあばあゃんかな。
チーメ・ディ・ラパはプンタレッレと同じ、その名を聞いただけでプーリア料理が、さらにはプーリアの代表的料理、オレッキエッテが思い浮かぶ野菜です。
でもニューディはトスカーナ料理。

チーメ・ディ・ラパのオレッキエッテはプーリア料理の代名詞。


この地方のエッセンスが詰まったような料理です。
海に囲まれ、オリーブ畑が広がるプーリアは、それ自体が巨大な農場とも言われる農作物の宝庫。ヨーロッパの動物の1/3、植物の1/2が存在している生物多様性の地。大都会や世界的に人気のリゾート地とは違う、農業物理学を活かした農業生態系を守る地。人間と自然の共存が感じられる地方。

小難しいことは文献がなくてよくわからないけど、プーリア料理の特徴は、野菜をたっぷり使うこと。ヘルシーでシンプルな、大地としっかり結びついた料理。食材の新鮮さが重要で、あまり手は加えず、自然な味と香りを引き出す。


プーリアのオリーブオイル。

チーメ・ディ・ラパ。和名は茎ブロッコリー、かな・・・。自信ない。

ナポリのフリアリエッリに似てる。というか、同じもの?

ニューディは詰め物入りパスタの詰め物だけバージョン。トスカーナ料理で、本家ではほうれん草を使います。詳しくは次回に。


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2023年4月19日水曜日

チコーリアはラツィオを始めとする中央イタリアで大人気の野菜。パンとの相性も良い。ちなみに種まきは下弦の月、収穫は上弦の月の期間が適しているそうです。

春のほろにが野菜、肝臓に効くチコーリアの話、続けます。
芽を食べるチコーリアの代表格、プンタレッレ。

カタローニャチコリの芽です。ローマの名物野菜として知られています。
カタローニャの下処理。
大きな塊の外側の葉を外すと出てくる芽の塊。
これを土台から外して薄く切って氷水に45分ぐらいさらして苦さを消すとともにカールさせたものがプンタレッレ。

ローマのプンタレッレの定番ソースは、アンチョビ、にんにく、オリーブオイル、ビネガーをミキサーにかけた塩味を整えたもの。
イタリア料理の三種の神器、アンチョビ、にんにく、オリーブオイルが入っていて、バーニャカウダにそっくりですねー。つまりプンタレッレはバーニャカウダで食べるのにぴったりの野菜、ということです。
それにしても剥がした大量の葉っぱはどうなるのか、気になるところです。
ローマ料理のお薦め本、『クチーナ・ディ・ローマ・エ・ラツィオ

によると、チコーリア、とうかチコーリア・セルバティカは、ローマやラツィオで最も愛されていてもっとも料理に使われている野菜だそうです。
あのほろ苦さが肉の伝統料理のコントルノとしてよく合うし、オリーブオイルでにんにくと一緒にリパッサ―タにするのが人気だそうです。
私はプーリアで初めて食べましたが、その日以来、毎日食べ続けるくらいドはまりしました。

本からリチェッタを訳してみます。
チコーリア・リパッサータcicoria ripassata

材料/4人分
チコーリア・・1㎏
EVオリーブオイル・・大さじ6
にんにく・・2かけ
塩、唐辛子(好みで)

・チコーリアの傷んだ葉や硬い葉を取り除き、水で繰り返し洗って汚れを落とす。
・たっぷりの湯で塩ゆでして水気を切り、2枚の皿にはさんでよく絞る。
・さらに潰したにんにくと一緒にフライパンでリパッサーレし、塩と刻み唐辛子を散らす。

ゆでてからさらにソッフリットにするので《リ》パッサ―レ、という訳ですね。
この苦みが完全に消えてくたっとなった具合が美味しいんですよ。

この本をお持ちなら、リチェッタの次のページを1ページめくってみてください。
驚きの姿に盛り付けられたチコーリア・リパッサータが2品、あります。
左はマグカップにぎゅうぎゅうに詰めて中央にフォークをぶっ刺したもの。右はテニスボールやおにぎりのようにやや大きめに丸めた、チコーリア・ボール。すごいインパクトです。
どんなに大量のチコーリアでもリパッサータにすれば全然食べられることが証明されましたねー。
最初はこのチコーリアボールはなんだ、と絵もいましたが、下の動画を見て解決です。ゆでたチコーリアを丸めて皿にのせて水気を切り、それをソッフリットに入れてにんにくと唐辛子風味の油を吸わせていたんですね。
ここでローマ風のチコーリア・リパッサータの食べ方を紹介。ローマと言えは、ピッツァ・ビアンカ。カットピッツァです。ピッツァやフォカッチャの間にチコーリア・リパッサータをたっぷりさんでいただきます。これはヘルシー。ピッツァやフォカッチャに合う、ということはブルスケッタにも合いますね、きっと。


チコーリア・リパッサータの具のピッツァ。

チコーリアを栽培するのはとても簡単。ベランダのプランターでも育つ。あまり世話をする必要もなく、日当たりの良い場所を好んで暑さにも寒さにも強い。
ちなみに種まきは月が欠けていく下弦の月の時期、収穫は月が満ちていく上弦の月の期間が適しているそうです。

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2023年4月18日火曜日

ミラノ人が1513年のノバーラの戦いで敵のフランス人を精一杯侮辱した言葉が“チコーリア”。ストレスで溜まった肝臓の老廃物を出すためにチコリ茶を飲んでいたからだって。

今日のお題はチコーリアです。
(CIR2021年3月号P.17~)を参照ください。
この記事は、旬の食材を酸っぱいagroと苦いamaroに分けて紹介する記事。
酸っぱいの代表はレモンで、苦いの代表がチコーリアでした。
レモンはアマルフィの名物としても知られる地中海をイメージする果実。

アマルフィのレモン。

チコーリアは、ベルギーチコリという名でも知られ、オランダから半世紀前にイタリアに伝わり、すぐに広まった野菜。
というか、野原に自生しているので、イタリアではもっとも馴染み深いサラダ菜の一種。
チコーリアは高さが1mにもなり、どこにでも生えました。しかも美しい赤い青い花が咲くので簡単に見つけられました。

野草のチコーリア。

チコーリアの語源はアラビア語かギリシャ語かわかっておらず、歴史は短いし、なぞが多い植物。
チコーリアを食べる習慣が広まったのは12世紀以降。この頃から栽培も行われるようになって、ラディッキオやエンダイブなど多くの品種が誕生します。
ベルギーチコリは光を当てずに栽培するので葉緑素のないほろ苦いチコリになる。
チコーリアには結球するものとしないものがあり、根を食べるもの、芽を食べるもの、葉を食べるものがあります。葉の色は赤、緑、ミックス。チコリは軟白栽培して白くしたものがあります。


ウィットルーフチコリ(ベルギーチコリ)。

古代ローマ人は、おそらく花の形からチコリのことを豚の鼻と呼んだ。チコリの茎や根に含まれる成分を食べると、雌豚の乳の出がよくなるので、豚はチコーリアが好物だと信じられていた。
チコーリアの新鮮な葉は喉の渇きを癒し、湿疹やできものを抑える作用がある、とか、煮た根には解毒作用があって、大麦と一緒に炒って粉にするとコーヒーの代用品になった。コーヒーと同じように美味しくて、体に悪い影響はない。チコーリアのゆで汁を食事の前に飲めば食欲を増進させ、肝臓の中毒や慢性の便秘、糖尿病にも効いた。とその薬効はかなり知れ渡っていたようです。
そのため、ノヴァーラの戦い、という1513年の歴史的な戦いにまで登場してきます。この戦いはミラノとスイスの同盟軍がフランスを撃退した戦いですが、ミラノの新聞記者は、フランス人はストレスで肝臓が悪くなり、老廃物を体から出す効果があると信じられていたチコリ茶を飲んでいる、と敵を侮辱しました。そのため、戦勝記念のパレードに、剣の先にチコリを絞りつけて“ズコーリア”と叫びながら行進したそうです。それ以来、チコーリアは敗者を意味するようになりました。

ノバーラの戦いの再現。


精一杯敵を馬鹿にする言葉がチコリって、そんな時代の戦争だったんだなあ。

チコリ茶。



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2023年4月17日月曜日

バーニャカウダはゆっくり加熱し、沸騰はさせない。昔はソース入りのテラコッタの鍋を炭火で温めた。

今日のノンナの料理は、バーニャ・カウダです(リチェッタはCIR3月号P.4)。
イタリア料理を代表するソースですが、このソースはどこの地方のものでしょうか。
ヒントは料理の最後にあります。
この記事は、イタリアの老舗月間料理雑誌『クチーナ・イタリアーナ』誌の編集部員たちのおばあちゃんの料理にまつわる思い出と料理を集めたもの。
バーニャ・カウダには
「トリノ人と結婚した祖母が厳格なリチェッタで作っていた料理。軽くて孫たちには大人気だった。」
とあります。短いこの一文の中には、深~い情報が詰まっています。
まずはトリノの人と結婚した、とあります。トリノはもちろんピエモンテの州都です。
つまりこの文章は、トリノ=ピエモンテと読み解きます。
そしてピエモンテを代表する名物料理が、バーニャカウダです。

トリノ。

この動画からも感じられるトリノの高級感は、何なのでしょうか。
この街はサボイア家の宮殿がある街として世界遺産になっています。
サボイア家はヨーロッパの名門貴族の一族。その本拠地がピエモンテ。
イタリアは様々な外国の影響と支配を受けてきた国。食文化的にはアラブのシチリアやスペインのナポリなどが有名ですが、ピエモンテはフランスです。
フランスから見ればピエモンテは小さな隣国でしたが、その影響は絶大でした。
ピエモンテ人のバーニャ・カウダに対する敬意も、おばあちゃんが夫一族の厳格なリチェッタを守り次いでいたことからも理解できます。ただし、この料理はれっきとした農民料理なので、フランス貴族の血は一滴も受け継いでないとは思いますが。

バーニャカウダ。

バーニャカウダは中世後期に生まれたと考えられている料理。ピエモンテのカンティーナでは新ワインの樽を開ける時や、畑でその年の作業が終わった時など大事な出来事があるときに作るお祝い料理で、若いワインを飲みながらわいわいと賑やかに、たっぷり時間をかけて夕食をとるときの料理でした。
このリチェッタで気になったのが、野菜のラインナップです。
この料理は寒い時期の料理ですから、当然季節の旬の野菜を使うことになります。
リチェッタには、カリフラワー、プンタレッレ、ラディッキオ・タルディーボ、フィノッキオとあります。
本家のピエモンテでは、この料理にぴったりと考えられている野菜はカルド・ゴッボです。
カルドン、またはカルド・ゴッボ。

ニッツァ・モンフェッラートの名物野菜ですが、他に、厳しい寒さの中で最初の霜を被ったシャキシャキの生野菜を組み合わせます。
代表的なのは、サボイキャベツ、ピーマン、セロリ、かぶ、ポロネギなど。
ですが、どう考えても北の野菜が中心。それが、リチェッタでは、ローマ名物のプンタレッレやベネト名物のラディッキオ・タルディーボと、南から北までイタリアの名物冬野菜を豪華に集めてカリフラワーやフィノッキオと一緒に出しています。これはかなり面白い料理になります。
プンタレッレ。

ラディッキオ・タルディーボ・ディ・トレビーゾ。

実は今月号のリチェッタには“チコーリア”の記事があります(P.17)。チコーリアのほろ苦さは春の到来を告げるもの。この時期は霜を被った野菜よりもほろ苦さがあるチコリたちのほうが旬。そしてチコリたちもバーニャカウダにぴったりの野菜でした。
バーニャカウダは農民料理でも、お祝いごとの時に出す贅沢な料理です。この料理は、海のないピエモンテでアンチョビをたっぷり使っています。さらにオリーブも育たない地方なのに、とても貴重で高価なオリーブオイルを使います。
そしてテラコッタの卓上鍋を炭火の小さな火で温めていただきます。バーニャカウダはゆっくり加熱し、沸騰させない、というのが原則。
野菜を食べ終わったら残ったソースに卵を1個入れてスクランブルエッグにしてもよいですが、トリュフをすりおろして加えれば、超贅沢な1品に。

バーニャカウダのベースはアンチョビ、にんにく、オリーブオイル。これをとろ火で煮溶かす。

アンチョビ、にんにく、オリーブオイルはイタリアのソースの三種の神器。
野菜にも肉にも、パンにも合います。

バーニャカウダと同じくピエモンテのフランス系名物ソース、サルサ・トンナータ。
オイル漬けツナとマヨネーズがベースで冷やしてサーブします。

次回はチコーリアの話。


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イタリアの料理月刊誌の日本語解説『(CIRクチーナ・イタリアーナ・レジョナーレ)
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