イタリア料理ほんやく三昧: 4月 2014

2014年4月28日月曜日

「ペーイオ温泉」

今日はイタリア便りでーす。



な、なんと、カンパリソーダの懸賞でsmart box宿泊券が当たりました!

smart boxという体験型カタログギフトは、こちらでは比較的メジャーなプレゼント方法。
大型スーパーマーケットなどでも販売されています。
というわけで、カタログの中から宿泊したいホテルを選び、初めてトレンティーノ・アルト・アディジェ州に足を踏み入れました。

トレンティーノ・アルト・アディジェ州はスイスとオーストリアに接していて、現在はイタリアですが、第一次世界大戦までは、オーストリアハプスブルグ家の領土であったところです。
自宅から車で半日程度の距離で、なおかつ温泉があることに魅かれて決めたPEJO(ペーイオ)村、3月の下旬でもしっかり雪が残っていました。
ここにはスキー場もあって、日本みたいにスキーの後に温泉、なんて楽しみ方もできそうです。




張り切って温泉に来たのはいいけれど、心配な事が1つ。
ドイツなどゲルマン系の温泉は、水着不可のところが多いんですよね。
しかも男女混浴のオールヌード!!なんてところもあったりして、ここは場所的にゲルマンに近いから・・・。
覚悟を決めて乗り込みました。



が、水着でしたよー。
スイムキャップも必ず着用するように言われ、その場で購入しました。 今回初めて知ったのですが、クナイプ療法元祖のドイツなどと同様、イタリアでもお医者さんの処方箋があれば、温泉治療には健康保険がきくそうです。
施設内の診療エリアには、バスローブを着て診察を待つ人の姿もありました。
もしかして、イタリア医療って案外捨てたものでもないのかも?
日本人の感覚からすると温泉というよりSPAでしたが、ジャグジーやサウナやプールに浸かってそんなことを考えていたら、数か月前に更新した健康保険証が未だに届いてないことを思い出しました。
トホホ、前言撤回です。
で、これは飲泉エリア。



村のレストランやミニスーパーマーケットでは、ここのお水が売られていました。



さて、ごはんです。
満足に下調べもせずバタバタと出発したのですが、図書館で借りてきた雑誌によるとMortandela della val di Non、ノン渓谷のモルタンデラっていうサラミがおいしいのだとか。
wikiによると、腸に詰めないタイプのサラミで、有名なボローニャのモルタデッラとは全くの別物。
昔は舌やレバー、コッパなどの余った豚肉をモルタイオですり潰して作っていたことからこの名がついたそうですが、現在は、パンチェッタとかモモなどで作るのが主流なのだそうです。
山間部のこのあたりは、val di ○○、つまり○○渓谷と呼ばれる地域が多く、行政も渓谷ごとに行われているとのこと。
雑誌掲載のおいしいものリストも、渓谷ごとになっていました。
で、前菜はノン渓谷のモルタンデラのなんとかってのいうのを選択。
スイスのラクレットみたいなじゃがいも料理にモルタンデラが添えられていて、じゃがいもの中にもモルタンデラが挟んでありました。



プリモは初めて食べました、カネデルリ。ドイツ語風に言うとクネーデル。



何を食べてもおいしいのですけど、なぜだか、いつもより全然量が食べれないんです。
セコンドは鹿肉って決めていたのに、プリモを平らげるのでもう精一杯。
なんで?ランチも抜いて臨んだ夕食なのに!!
おやつには温泉近くでジェラート食べたけど・・・。
隣のテーブルでお食事をしていたご夫婦は、昼間アグリツーリズモに行ったそうなのですが、前菜からデザートまで、それはもう、チーズや生クリームがたっぷり使われていて、胃もたれして帰ってきたと話していました。
あー、きっとそれだ。 おいしいけど、めちゃくちゃ重いんです。
ここのシェフいわく、『うちの料理は現代風にアレンジしているからね。昔はもっとこってりしていたんだよ』 えー、そうなの?私、気付くの遅かったかも。
カネデルリを食べきると、もう胃が重くてはちきれそうだったのですが、どうしても食べたかったストゥルーデル(ドイツ語風ではシュトゥルーデル)はすごく小さいのを下さいってお願いし、半泣きになりながら気合いで平らげました。



長く厳しいアルプスの冬を乗り越えるには、これだけのカロリーが必要なのだと心から実感しました。
ホテルのお部屋から小さく見えたおじさん、雪かき頑張ってー。



と言うわけで、再び懸賞生活がんばりまーす。


へえ~、スマートボックスって初めて聞きました。
詳しくはこちらのページに説明が。
体験ギフトだって。
すごい雪ですねー。
べーイオは、標高1173mだそうで。
あっちもこっちもバカンスで、いいなあ。



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2014年4月24日木曜日

サクリパンティーナ

そういえば、イタリアの地方料理で、ジェノワーズ生地のお菓子って、見かけないな~。

サクリパンティーナはジェノヴァのケーキですが、生地はパン・ディ・スパーニャです。








サクリパンティーナは、スポンジ生地とクリームを重ねる、いわゆるレイヤーケーキ。
形もクリームも段数も、バリエーションは無数にあります。

サクリパンティーナというインパクトのある名前には、文学的な由来があります。
『カルロ・クラッコの地方料理』では、“イタリア・パスティッチェーレ界の頂点、イジニオ・マッサーリから聞いた話”として、こう説明しています。

スライスしたパン・ディ・スパーニャで作るサクリパンティーナだか、その名前は文学がルーツだ。
騎士道叙事詩『狂えるオルランド』の登場人部で、サラセン人の兵士サクリパンテにちなむ。
伝統的に、がっちりした体系で自惚れ屋の男のことを、サクリパンテと呼ぶ習慣があった。
このケーキにもこの特徴が当てはまったというわけだ。

狂えるオルランド』は(wiki)、ルネサンスの大傑作ベストセラーファンタジーなので、このドルチェを最初に作った人がこの作品の大ファンだったとしてもなんの不思議もないですねー。
検索してみたら、サクリパンテという名前は、どうやら21世紀のオタクのみなさんには、FFに出てくる武器の名前としてお馴染みな様子。
ゲーム作る人たちって、昔のファンタジーにも、造形深いよねー。

とにかく、サンリパンティーナという変わった名前のおかげで、サラセン人の兵士、サクリパンテが語源というのにはあまり異論はなさそう。

ところで、シブーストがジェノワーズの名付け親(仮)という話は前回しましたが、こちらのサイトにシブーストがスポンジ生地を作りだしたときのエピソードが載っていました。

それによると、1800年、ハンガリー皇帝軍が、ジェノヴァの近くでフランス軍を包囲していた時のことです。
ジェノヴァはフランスに支配されていたという話、覚えてますか?
包囲された町は食料不足に苦しんでいました。
そんな時、港の商店では米の粉に小麦粉を混ぜてパンを作っていました。
それを見たシブーストが、あとで小麦粉と片栗粉を混ぜてスポンジ生地を作ることを思いつき、それにジェノヴァの名前をつけた、というのです。

おーっと、ジェノヴァのパスティッチェーレがスペイン王のために作った説はどこ行ったー。

もうどうでもいいや、って気になってきました。

サクリパンティーナですが、ジェノヴァでは、ジョヴァンニ・ブレーティという人が考え出したといわれています。

ブレーティは今もあって、サクリパンテはお店の名物です。
店のwebページによると(こちら)、考え出したのは1851年。
レシピの特許も取ったそうです。
名前はやはり『狂えるオルランド』から。
でも、この店のサクリパンティーナは一般的なサクリパンティーナとは似ても似つかないもの。
どうなってるんだー。




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2014年4月21日月曜日

スポンジ生地

現在、スポンジ生地の迷宮を探索中です。

パータ・ジェノワーズは、共立てスポンジ生地のフランス語で、ジェノヴァの人が作ったことにちなんでジェノワーズ生地という名前がつきました。
Lejla Mancusi Sorrentino著『La Dolce Italiana』によると、この命名をしたのは、シブーストなんだそうです。
フランス料理に詳しくないので、何とも言えませんが、そうなんですか?

イタリア語で、共立てスポンジ生地はpan di spagna。
でも、フランス語だとパータ・ジェノヴェーゼpâte génoise、この言葉のイタリア語はpasta genoveseなので、ここでちょっと混乱が。

pan di spangaとpasta genoveseは、同じものなのか、違うのか。

素人は、どっちでもいいや~と思いがちですが、イタリアのwiki先生によると、アングロサクソン系はパータ・ジェノヴェーゼが一般的で、イタリアではパン・ディ・スパーニャが一般的なんだそうです。

上のストロベリーケーキはパン・ディ・スパーニャ、下はレモン・ジェノワーズケーキ。






パン・ディ・スパーニャ(上)とパータ・ジェノワーズ(下)。
 ↓






混ぜる時に熱するのがジェノワーズ、熱しないのがスパーニャ。

ちなみに、別立てのスポンジ生地は、イタリア語ではパスタ・ビスコットと言います。

そういえば、きのうはパスクアでした。

ジェノヴァには、パスクアの名物、トルタ・パスクアリーナと言うのがありました。
トルタだけど、ケーキじゃありません。
野菜のパイ。




次こそは、サクリパンティーナの話です。
多分。


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2014年4月17日木曜日

パン・ディ・スパーニャとパータ・ジェノワーズ

わーん、赤い月も月食も忘れてて見れなかったー。
残念。
でも、その前日は満月だったとか。
ということは、今は下弦の月の時期ですよね。
どうも天体のことはさっぱり自信がないんですが、たぶんそうですよね。
ということは、前回のお題で取り上げたラディッキオなど、家庭菜園で栽培しようと思っているなら、種蒔きの時期ですよー。
ちなみに、ラディッキオは一年中いつでも種蒔きできます。

さて、話は変わって、今回のお題は、スポンジ生地です。

イタリア語でスポンジ生地はPan di Spagna。
パン・ディ・スパーニャ、スペインのパン、です。




しかも、フランス語だと、pâte à génoise。
パータ・ジェノワーズ、ジェノヴァの生地。


ジェノヴァ名物のスポンジ生地のケーキと言えば、サクリパンティーナ。
 ↓



と言うわけで、スポンジ生地になぜスペインやジェノヴァの名前がついているのか、サクリパンティーナから探ってみました。

カルロ・クラッコの地方料理』では、リグーリアのドルチェとして、サクリパンティーナを取り上げています。
クラッコシェフの説明によると、
パン・ディ・スパーニャは、スペイン王に捧げるためにジェノヴァ人のクオーコ・パスティッチェーレによって考え出されたもの。
スペインの宮廷にジェノヴァ大使と同行した彼が、王の誕生日に特別なケーキを作るように依頼されて考え出したもの。
さらに、彼に敬意を表してジェノヴァの生地、と呼ばれるようになりました。

イタリア人にしてみれば、世界中でジェノヴェーゼと呼ばれている生地なのに、なぜイタリアではそう呼ばれないのか、不思議、というか不満、という声もあります。
確かにごもっとも。
なんでパスタ・ジェノヴェーゼじゃなくて、スペインのパンなんでしょうか。

ぶっちゃけ、当時(18世紀半ば)の力関係が影響していたのでは、と私は睨んでます。
世界初のスポンジ生地のケーキをプレゼントされたのは、スペインのフェルディナンド6世。
スペインは没落期に入っていたとはいえ、その直前までは黄金の世紀と呼ばれる輝かしい繁栄期。
イタリアの小さな共和国ジェノヴァは、フランスの支配からスペインによって解放され、貿易と金融業でスペインと共に発展して、スペイン経済に大きく依存していました。
スペインの没落はジェノヴァの没落をも意味します。
スペイン王へのお祝いのケーキにも、「ジェノヴァをよろしくお願いします」という強い思いが込められていたんでしょうねー。

ちなみに、スポンジ生地は、サヴォイアルディからアイデアを得て作られた、とイタリアのwikiには書いてあります(こちら)。
でも、そこで登場するのがサクリパンティーナです。
これはスポンジ生地のケーキなので、もしこちらのほうがスポンジ生地より先にあったなら、サヴォィアルディ説は怪しくなります。


ジェノヴァのリストランテ・ダ・アンドレアのサクリパンティーナ
 ↓




サクリパンティーナも伝説に満ちたドルチェのようです。
その話は次回に。


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2014年4月14日月曜日

ラディッキオ・ディ・トレヴィーゾの発明者は

前回のブログで、バッカラのヴィチェンツァ風を取り上げました。
ヴィチェンツァは、パッラーディオの街、と呼ばれて世界遺産なんですねえ。
パッラーディオは天才建築家で、素晴らしい作品がたくさんありますよねー。

ヴィッラ・ロトンダ。
 ↓



ヴィッラ・ネグリ
 ↓



パラッツォ・キエリカーティ
 ↓



サン・パオロ橋の上から
 ↓



いや~、ヴィチェンツァって美しい街ですねえ。

ヴェネトにはこんなリッチでクールでゴージャスな街がたくさんあります。


ヴェネチア
 ↓



パドヴァ
 ↓


ヴェローナ
 ↓



水の街、トレヴィーゾ。
 ↓ 



ヴェネトの街はどこも美しいですねー。
実は、初めてこの街に足を踏み入れた時は、ラディッキオ・ロッソ・ディ・トレヴィーゾを食べたい、という思い以外は、やたらお金持ちそうな高級感漂う町だなあ、なんて程度の感想しか抱きませんでした。
もったいない。
ところが、先日、ラディッキオの記事を訳していて、突然知りました。
なんと、ラディッキオ・ディ・トレヴィーゾを作りだしたのは、ヴァン・デン・ボーレという造園師だというのです。
彼はトレヴィーゾ郊外の邸宅に英国式庭園を造るために呼ばれてやってきたベルギー人でした。



ふーん、なるほどお。
造園師が品種改良したから、あんなきれいな花みたいな野菜になったのかあ、夢のある話だなあ、なんて感じですっかり納得しかけたんですが、念のため、どんな庭園を造ったのか調べてみたら、出るは出るは、ラディッキオ誕生にまつわるアンチ・ヴァン・デン・ボーレ説。
結局分ったのは、ラディッキオ・ディ・トレヴィーゾ誕生の真相は謎、ということでした。
ガツカリ。

1860~70年代の話なので、日本なら坂本竜馬が活躍していた時代。
ベルギー人の造園師が作りだした花のような赤い野菜、という夢のある話が広まるのも、無理はないか。

ところがティツィアーノが16世紀に描いた絵に、ラディッキオ・ディ・トレヴィーゾが描かれているんだって。
これが反論の最大の根拠。

この絵の左下。

うーん、ラディッキオかなあ。
さらに、ラディッキオに使用される軟白栽培の技術が文書に残されているのは、1860年頃のこと。
とにかく、ますます迷宮の奥深くに入りこんで、抜け出せなくなりました。

ふう。
ラディッキオとゴルゴンゾーラのピッツァで気分転換。
 ↓





古代ローマのパスタの絵と中世のラディッキオ・ロッソの絵は、発見したら世界的大発見ですよ、こりゃ。



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2014年4月10日木曜日

ヴィチェンツァのバカラ、カラブリアのストッコ

今年の復活祭は4月20日です。
日本では、ネズミの国の影響で、イースターという名前が定着しそうですね。

そこで、今日はバッカラ料理の話。
なんでかというと、バッカラは四旬節、つまり復活祭前の、肉食を断つ期間の定番食材なんですねー。
イタリアでもっともお馴染みのバッカラ料理って、なんだと思いますか?
答えは、マンテカートかと思ったけど、ヴィチェンツァ風だって。

ちょっと意外。
うーんこの料理、聞いたことあるけど、姿が思い出せない。

こんな料理
 ↓



バッカラ・マンテーカト。
 ↓



ヴィチェンツァ風を作る時は、絶対かき混ぜてはいけません。
想像はつきますが、かき混ぜるとマンテカートになっちゃうんでしょうねー。

作り方はこちら

バッカラは、ノルウェーから船で輸入されたので、ジェノヴァ、ヴェネチア、ナポリといった港町にまず広まりました。
ヴィチェンツァは、パッラーディオの建築で有名な、ヴェネト州の世界遺産の町。
ヴェネチアとトレントを結ぶ、交通の要所です。
ヴィチェンツァ風バッカラの話は、以前取り上げたことがありました
こちら
でも、例によってすっかり忘れてる。

そうそう、cが1つのバカラでしたね。
つまり、
塩漬けしていない干ダラ、ストッカフィッソの料理です。

ストッカフィッソの中でもノルウェーのロフォーテン諸島で作られる大型のラーニョと呼ばれるものが最上と言われています。
イタリアのストッカフィッソの地方料理は、たいていラーニョを使います。
この市場では、35ユーロ。
 ↓



ノルウェー産のストッカフィッソが、なぜか名物になっている町があります。
しかもカラブリアに。
マンモラという町です。
なんで産地でもないのに干ダラが名物になりえるのかというと、戻す職人の技術や地元の水が特別らしいです。

マンモラのレストランのメニュー。
ここでは、ストッカフィッソのことをストッコと呼びます。
 ↓




ストッコのラビオリ、ストッコのインボルティーニ。ストッコのポルペッテ、ストッコのキノコ風味、マンモラ風ストッコ、なすのストッコ詰め。
どんだけ干ダラが好きなんでしょうね。

カラブリアって、ほんとに奥が深いわー。




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関連雑誌;『ア・ターヴォラ』2012年2月号、“バッカラのヴィチェンツァ風”の解説は「総合解説」2012年2月号に載っています。

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2014年4月7日月曜日

バーリとジェノヴァのフォカッチャの店

今日は、フォカッチャ・バレーゼで有名な店の紹介。
まずは何と言とっても一番の大御所、フィオーレ。
店の4代目で、信仰心の厚さでバーリの人たちから尊敬され、フォカッチャ・バレーゼの王様と呼ばれていた ミンモことドメニコ・フィオーレ氏が2011年8月に74歳で亡くなった時は、ニュースになりました。

そういえば、先日は、ティラミス発祥の店として知られるトレヴィーゾのレ・ベッケリーエ(webページ)が閉店したというびっくりニュースを聞いて(grazie mi○○先生)、一度食べておきたかったあ、と思ったものですが、もう後の祭り。
フォカッチャ・バレーゼの王様のもっとも伝統的と言われるフォカッチャも、食べておきたかったなあ。
現在は、5代目のトーニ氏が切り盛りしているそうで、フォカッチャの味は、観光客からの評価は相変わらず高いようです。

フォカッチャ・バレーゼ管理組合の会員の店のリストはこちらのページ

ガンベロ・ロッソのガイドブック『ストリート・フード』に載っている店は、Conticchi, Panifico Santa Fara, El Focaccairo。
どの店も、紹介できるほどの情報がな~い。

そうそう、フォカッチャと言えばジェノヴァのフォカッチャも有名です。
バーリとジェノヴァは姉妹都市だそうで。
2つのフォカッチャはどう違うのか、バレーゼの時と同じ、ジャッロ・ザッフェラーノの動画で比べてみましょうか。





じゃがいももトマトもないですね。
小麦粉はマニトバ粉。
基本的に、伝統的なものほど味がシンプルです。
これはバーリのフォカッチャよりかなりシンプルで、これだけでオリジナルはこちら、という強い根拠になりますねえ。

大きな違いは、ジェノヴァのフォカッチャはパンに近くて、バーリのフォカッチャはピッツァに近い、という点。

ちなみに、こちらのページはジェノヴァ人が選んだジェノヴァのフォカッチャの店、ベスト10が紹介されています。
1位になったのは、Cecconiという店。
ところがなんと、このサイトで1位になったことでお客が殺到して、お昼前に売り切れちゃう事態になつちゃったんだそうです。
じゃあ2位や3位の店に行けばいいかも。



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関連雑誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2012年2月号、“バーリ”のグルメガイドの記事は、「総合解説」2012年2月号に載っています。

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2014年4月3日木曜日

フォカッチャ・バレーゼ


今日はバーリのフォカッチャの話。

フォカッチャ・バレーゼ
 ↓
Focaccia barese Buon Ferragosto!
Focaccia barese Buon Ferragosto! / ci_polla



バーリのフォカッチャって、IGPに認定されている食品なんですね。
IGPとは、Identificazione Geografica Protettaの略。
詳しい説明はイタリア貿易振興会のこちらのページをどうぞ。
元々は農民や猟師さんの食べ物だったとか。
今は学生が学校に持っていくスナックとか、サッカー観戦のお供として大人気。

2010年には管理組合(webページ)までできていたんです。
管理組合誕生を伝える動画
 ↓




バーリのフォカッチャの事前知識が全然なくても、バーリでフォカチャを偶然食べて、すごく美味しくてすっかりお気に入りになった、という人は、案外多いのではないでしょうか。

丸い形をしているので、別名、ルオータ(車輪という意味)と呼ばれるんだそうです。
生地の厚さなどのバリエーションは様々。
あえてナポリのピッツァとの違いを探すなら、モツッァレッラがのっていないことと、生地にじゃがいもを加える点でしょうか。

管理組合では、リチェッタも公表しています。
原文はこちら

フォカッチャ・バレーゼFocacccia barese
材料/6人分
 00タイプ小麦粉・・250g
 セモリナ粉のリマチナート・・250g
 EVオリーブオイル・・大さじ8
 サワードウ・・1塊
 砂糖
 じゃがいも
 ぬるま湯・・300ml
   チェリートマト
 オリーブの塩水漬け
 オレガノ
・2種類の小麦粉をふるって混ぜる。油大さじ6、ぬるま湯100mlで溶いたサワードウ、塩、砂糖、じゃがいもを加える。
・残りのぬるま湯を少しずつ加えながらこねて柔らかい生地にする。
・約30cm角の天板に油大さじ1を塗り、生地を入れる。表面に残りの油を塗りながら生地を押して型一杯に広げる。
・半分に切ったトマト、オリーブをのせてオレガノと塩を散らし、270度のオーブンで25~30分焼く。
・厚い生地にする時は、ゆでて潰したじゃがいも2個を加える。


ジェッロ・ザッフェラーノの動画から、管理組合の会員で、南イタリアガストロノミア・ストリカ・アカデミー会員のサンドロ・ロマーノ氏が作るフォカッチャ・バレーゼ
 ↓




こちらでは、小麦粉は0タイプですね。
確かに、バリエーションはかなり様々なようです。




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関連雑誌;『ラ・クチーナ・イタリアーナ』2012年2月号、“バーリ”のグルメガイドの記事は、「総合解説」2012年2月号に載っています。

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