イタリア料理ほんやく三昧: グラニャーノ

2014年12月22日月曜日

グラニャーノ

乾燥パスタの産地といえば、まず一番有名なのは、ナポリ県のラッタリ山地の中にある町、グラニャーノ。





パスタを効率よく乾燥させることを優先させて街並みを作った町。
ちなみに、改築したのはローマ通りとトリヴィオーネ広場、サン・マルコ広場など。
乾燥だけでなく、町の中心も駅の近くに移し、通りを結んで製品を運びやすくするなどの改良が加えられました。

乾麺のパスタ、つまり大量生産するパスタ産業の歴史を考える時、たいてい、その始まりとされるのがグラニャーノ。
乾燥パスタのふるさとと呼ばれるのにふさわしい町。

そもそもは、海に近いところから、湿り気を帯びた空気のおかげで、麺がゆっくり乾燥しました。
そのために、美味しいパスタができたんだそうです。

その海には、大量生産した乾麺を、遠く外国まで運ぶ重要な港がありました。
町を変えるだけでなく、グラニャーノとナポリを結ぶ鉄道の駅もできて、輸出網も完備されました。

さらに、グラニャーノは澄んだ水が豊富な地域で、小麦を挽く水車をたくさん作ることができました。
硬質小麦も上質のものが手に入りました。

今も水車渓谷と呼ばれるグラニャーノの小川。



ある意味、この渓谷がグラニャーノのパスタの本当の発祥地。

16世紀末頃から、グラニャーノにもぼちぼち大手のパスタメーカーが登場してきますが、元々は織物産業が盛んな町でした。
18世末に蚕が病気にやられて絹の生産ができなくなり、徐々にパスタ作りにシフトしていきます。

そういえば、アマルフィのレモンも、絹産業が不振で蚕用の桑の木をレモンに植え替えたことが、普及のきっかけでした。
イタリアのパスタやレモンが一世を風靡した裏には、日本の織物産業の発展があったんですね。

ちなみに、グラニャーノの代名詞ともいえるパスタメーカー、ガロファロは17世紀末の創業。



そして18世紀にグラニャーノのパスタは全盛期を迎えます。
代表的なパスタ、マッケローニの名前は乾麺のパスタの代名詞として世界中に広まります。
パスタの町として栄えたグラニャーノですが、戦争で爆撃を受けて破壊され、戦後は北部のライバル企業に押されて、急速に衰退していきます。

一時はグラニャーノ最大と言われたガロファロも、2014年にスペインの企業が買収しました。

最近は、IGP製品に認定されるなど、企業と料理人両方の強いバックアップのおかげで、復活をとげつつあります。

グラニャーノの歴史がかいま見れるスライドショー。





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“乾燥パスタのふるさと”の記事の日本語訳は「総合解説」2012年8月号に載っています。
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