イタリア料理ほんやく三昧: サン・マルツァーノ、その3

2010年9月21日火曜日

サン・マルツァーノ、その3

サン・マルツァーノの話、その3

一時は消えかかったトマト、サン・マルツァーノ。
それを復活させるきっかけになったのは、なんと日本人なんだそうです。

『ガンベロ・ロッソ』によると、30年以上前のある日、トマト業界のコンサルタントに、日本から、サン・マルツァーノのホールトマトが欲しいという打診がありました。
当時すでに、オリジナルのサン・マルツァーノは栽培されなくなっていました。
けれど、日本側がサン・マルツァーノに相応の金額を支払う姿勢を示すと、カンパーニアのトマト業界は動きだします。

農家の中には、オリジナルのサン・マルツァーノの種を保管しているところがありました。
チリオリサーチセンターには、サン・マルツァーノの生殖質が保管されていました。
これらの手がかりから、サン・マルツァーノ復活の研究がスタートしたのです。

でも、失われたサン・マルツァーノを復活させるのには、時間がかかりました。
さらに、このトマトは、特定の環境に適した品種でした。
つまり、ヴェズヴィオ山のふもとの、ミネラルと有機物を豊富に含んだ土壌と、海に近い塩気を含んだ温暖な気候が必要だったのです。

長い時をかけて試行錯誤が繰り返され、サン・マルツァーノの唯一のDOP製品、サン・マルツァーノ・ディ・アグロ・サルネーゼ・ノチェリーノの管理組合が出来たのは、1999年のことでした。


日本でなく、アメリカあたりが声をかけてもよさそうなものですが、考えてみれば、アメリカは当時は世界一のトマトの生産国。
イタリアとはライバル関係にある訳で、そのあたりに、食品輸入国の日本が、この役割を果たした理由があるのかもしれません。


ところで、サン・マルツァーノ・ディ・アグロ・サルネーゼ・ノチェリーノDOPは、ホールトマトのみです。
生や、カットトマトや、パッサータは、DOPではないのです。
それはどうしてでしょう。

管理組合のサイトには、こう書かれています。

「サン・マルツァーノは、楕円形の、固く実の締まったトマトです。
加工過程で崩れない唯一のトマト、言いかえれば、丸ごとの形を保っているトマトで、言うなれば、缶の中でも生きているのです。
だからこそ、サン・マルツァーノはホールトマトの中でも最高の品質を保つことができるのです」

なるほど、サン・マルツァーノは、生ではなく、カットトマトでもなく、皮むきホールトマトとなって初めて、本領が発揮される訳なんですね。


トマトは、遠く新大陸からヨーロッパに伝わって、イタリアでは、17世紀初めに、パルマ大公のエステ家が、無償で農民に種を配ったことによって、まずその周辺に広まったのだそうです。

サン・マルツァーノという品種が認知されたのは、1902年のこと。
フィアスコーネ、フィアスケッラ、レ・ウンベルトという3種類のトマトを交配させて作られました。
そして20世紀初めには、サン・マルツァーノ村周辺で広く栽培されるようになります。

戦後、ウイルスによって激減。
さらに新種の台頭による消滅の危機。
それが、東の果ての国からの注文をきっかけに、数十年かけて復活。

その歴史は、長いようで意外と短いんですね。


現在、世界一のトマトの生産国は中国なんだそうです。
2005年にイタリアに輸入された中国産のトマトピューレは10万トンというから、驚きますねえ。
これを、イタリア産ピューレとミックスして溶かし、パッサータとして出荷するのだそうです。
イタリアで、トマトのパッサータに、原産州と原産国の表示義務ができたのは2006年のこと。
やはり加工品は、原産地の表示があるかないかが、品質保証のポイントになりますねえ。



おまけの動画です。
1996年のチリオのCM。







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関連誌;『ガンベロ・ロッソ』2008年8月号
「サン・マルツァーノ」の記事の解説は、「総合解説」'07&'08年8月号に載っています。

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