イタリア料理ほんやく三昧: グラナ・パダーノのルーツ

2010年4月8日木曜日

グラナ・パダーノのルーツ

今日はグラナ・パダーノの話。
『ヴィエ・デル・グスト』の記事の解説です。

同じイタリア産ハードチーズでも、知名度的にはパルミジャーノ・レッジャーノには負けるグラナ・パダーノ。
でも、輸出額はパルミジャーノの2倍近くあります。

面白いことに、グラナ・パダーノのEU向けの輸出額はパルミジャーノの3倍に上るのですが(2006年の輸出額はグラナ・バターノ21,300万ユーロ、パルミジャーノ7,300万ユーロ)、それ以外の国への輸出は、逆にパルミジャーノのほうが2倍近く多くなっています(グラナ・パダーノ3,000万ユーロ、パルミジャーノ5,600万ユーロ)。
(データ;Qualivita)

パルミジャーノは“パルメザン”などの類似品も大量に出回っていますが、グラナ・パダーノの類似品というのは聞いたことがないですよねえ。
言いかえれば、物は大量に出回っていても、名前がそれほど一般的でない、ということでしょうか。



ブラジルはサンパウロの中央市場で売られているグラナ・パダーノ, photo by de Paula FJ



パルミジャーノ・レッジャーノ, photo by DiKol



グラナ・パダーノのルーツは、1135年にキアラヴァッレの修道院で、余った牛乳の保存方法として考え出されたチーズ、というのが定説です。
当時、ポー河流域が開拓されて牧畜が盛んになり、牛乳が豊富にあったのがその背景。
キアラヴァッレの修道院は、ミラノの郊外にあります。
hpはこちら

こちらの動画は、キアラヴァッレの修道院のすぐ近くを移動する羊の群れ。
ミラノ近郊でもこんな光景を見ることができるんですねえ。
ロバやヤギもいます。


それにしても、余った牛乳を保存するために修道士が考え出したチーズ、という話、どこかで聞いたことありませんか。
そう、パルミジャーノ・レッジャーノのルーツも、これにとてもよく似ています。

パルミジャーノの管理組合のHPによると、パルミジャーノは12世紀頃、パルマの修道院とレッジョ・エミーリアの修道院で誕生したとされています。
この地方は水が豊かで牧草地帯も広く、牛乳がたっぷりあったのがその背景、という話まで一緒。
どうやらこの2つのチーズ、ルーツは同じなんじゃないかと思うのが自然な流れ。
でも、パルミジャーノ管理組合のチーズの歴史を紹介するページには、グラナ・パダーノという文字は一度も出てきませんねえ。


グラナ・パダーノの産地は、東はヴェネチアやトレヴィーゾ、西はトリノやクーネオ、北はトレントやソンドリオ、南はボローニャやリミニという、北イタリアの33の県にまたがる広大な地域。
一方、パルミジャーノ・レッジャーノの産地は、上記の県以外のパルマ、レッジョ・エミーリア、モデナ、ボローニャ、マントヴァの5つの県。
ボローニャとマントヴァはグラナ・パダーノとパルミジャーノ・レッジャーノの両方を造っていますが、ボローニャの場合はレーノ川の右岸はグラナ、左岸はパルミジャーノ、マントヴァはポー河の左岸がグラナ、右岸がパルミジャーノと、きっちりとすみ分けられています。

よく似たチーズでありながら、産地は厳格に別。
永遠のライバル、といったところでしょうか。

グラナ・パダーノは直径35~45㎝、高さは18~25㎝、重さは24~40㎏。
パルミジャーノの重さは33~40㎏。

熟成は、グラナ・パダーノの場合は
・グラナ・パダーノDOP(9~16ヶ月)
・グラナ・パダーノDOP“オルトレ16メージ”(16~20ヶ月)
・グラナ・パダーノDOP“リゼルヴァ”(20ヶ月~)
の3種類。
側面に押された焼印を見れば、どのタイプか分かるようになっています。

ちなみにパルミジャーノは、18ヶ月以上、22ヶ月以上、30ヶ月以上、という区切りをつけています。

グラナ・パダーノがどの県で造られたかは、側面の四つ葉のクローバーマークの中のイニシャルで分かります。

これはMNだからマントヴァですね。
その下の数字は製造所の登録番号。

クローバーマークの右下には、製造年と月が記されています。



グラナ・パダーノの歴史を詳しく解説した動画をどうぞ。
内容は・・・
グラナ・パダーノは、1134年に建てられたキアラヴァッレの修道院で誕生したチーズ。
最初は“カゼウス・ヴェートゥス(カーチョ・ヴェッキオ)”と呼ばれていたが、後に、その生地の特徴から、ラテン語で「粒」という意味の“グラーナ”と呼ばれるようになる。
誕生のきっかけは偶然だった。
いつものように牛乳にレンネットを加えて柔らかいフレッシュチーズを造っていた時に、なぜかこれを再び温めてしまった。
チーズのホエイを切ると硬くなり、それまでのチーズより何日も日持ちがした。
これなら余った牛乳を無駄なく使うことができる。
すぐにこのチーズはロンバルディアやその近隣に知れ渡った。
その製法は修道院の間で何世紀もの間門外不出とされ、やがて修道士の指導のもとでグラナを造る専門の農民が誕生した。
そして北イタリア中に広まっていく。
パルミジャーノもその一つ。
12世紀になると、修道院だけでなく北イタリア中の市場でも売られるようになっていた。







これによると、グラナ・パダーノは余った牛乳を有効利用するために考え出されたと言うより、偶然出来たチーズが、たまたま余った牛乳を有効利用できるものだった、ということになりますね。
それに、パルミジャーノは元々はグラナ・パダーノの一種だった、と言う訳ですね。


グラナ・パダーノの話、次回に続きます。



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関連誌;『ヴィエ・デル・グスト』2008年5月号
「グラナ・パダーノDOP」の解説は「総合解説」'07&'08年5月号に載っています。

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