イタリア料理ほんやく三昧: アントニオ・アルジョラス

2010年3月9日火曜日

アントニオ・アルジョラス

今日はワインの話。

『V&S』の解説です。

ワインの話というか、正確には人の話。

トゥッリーガで知られるサルデーニャのワインメーカー、アルジョラス(イタリア語の発音だとアルジョーラス、英語なまりに発音するとアルジオラス)。
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『V&S』の記事は、その創設者のアントニオ・アルジョラス氏の歩んだ人生を紹介しています。

記事が書かれたのは2008年。
この時彼は、なんと101歳でした!

1906年12月26日生まれ。
イタリアワイン界の長老中の長老ですよ。
その1年前の100歳の時には自伝を出版しています。
当時はまだまだ元気で、その姿を写した写真は度々メディアに登場していました。

そのアントニオさんが、昨年の6月に亡くなりました。
102歳でした。

記事は生前に書かれていますが、亡くなった後に読むと、トゥッリーガの王様と呼ばれた人物の一生は、やはりありきたりではない、壮絶なものだったのだと感じます。


下の動画はアルジョラスのPV。
0:43に登場するのがアントニオさん。






アントニオの母親は、彼が6歳の時に亡くなりました。
そしてその1年後、わずか7歳で彼は働き始めます。
その後の95年間、ずっと働き通しました。

「これまでの人生、いつも働いていた」
晩年の彼の言葉です。
イタリア人は働かないという固定概念は、彼には全く当てはまらなかったようです。


父親は商売を始めては失敗の繰り返しで、結局、父親の借金は全てアントニオが背負ったそうです。
働いて稼いだ金が、父親の借金の返済で消えていく日々・・・。
少しでも時間が空けば、郵便配達のアルバイトをする猛烈ぶり。
それでも、「父親のおかげで自分は飢えることがなかったから、今は父を許している」とアントニオは言っています。

彼はとにかく働くことが好きでした。
アルジョラス創設後も滅多に家にはいなかったようで、奥様のボナルダさんはそのことをいつも嘆いていました。

そして彼のモットーは、「常に買え。決して売るな!」

1970年代、サルデーニャのぶどう畑が外部の資本に次々に買い取られていった時、彼はこのモットーを守り通します。
外部資本のカンティーナが畑のぶどうをインターナショナルな品種に切り替えても、アルジョラスはサルデーニャの品種にこだわりました。

その後はジャコモ・タキス氏との出会いなどを経て、アルジョラスはサルデーニャを代表するワイナリーへと成長していく訳です。

後継者にも恵まれました。
双子でも性格は全く違う息子たち、フランコとジュゼッペ、そして5人の孫たち。

孫娘のヴァレンティーナから見ると、おじいちゃんは健康志向が強くて節度があり、美味しい地元料理に目がない双子の息子たちとは正反対。

働き続けた102年でアントニオ・アルジョラス氏が残したものは、素晴らしいワインとカンティーナ、家族たち、世界中からの賞賛、そしてワインに関わる多くの人たちの尊敬の念。


アルジョラスには、「アントニオ・アルジョラス」という赤ワインもあります。
カンノナウに少量のマルヴァジーア・ネラを加えたワインです。
きっとこのワインを飲む人はみんな、ご長寿だったアルジョラスの創業者のことを思い浮かべるんだろうなあ。



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関連誌:『V&S』2008年5月号
「アントニオ・アルジョラス」の日本語解説は、「総合解説」'07&'08年5月号、P.38に載っています。

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